第5話 絵画モデル ジャンクロード
ファンという存在は誠実であり、献身的でなくてはならない。
それは例え一目も会えなくても、彼女がそこに居ると判っているなら当然応援に向かうものである。そこに一切の疑問はない。何故ならば彼は愛しのニオルちゃんと心で繋がっているからであり、彼女が少しでも心細いと感じてはならないからである。
もしここで「心が繋がっているならわざわざ行く必要ないよね?」という正しい事を指摘しても鼻で笑われるだけである。或いは哀れみの目を以て強く長い教えを諭されるかも知れない。こういう時に何を言っても無駄なのである。
ジャンクロードは幸福だった。昨日に引き続き、今日もまたニオルちゃんと同じ空間に居ることができるのだ。しかし気になる事を思い出して彼の眉間には皺が寄った。
そう、今日の絵画はなんと水着画なのだ。あのニオルちゃんが水着姿で画家と一緒に部屋にいるのである。恐ろしい事である。万が一の事態を想定して当然警棒は持ってきているが、果たしてニオルちゃんを守りきる事ができるだろうか。
そして今ジャンクロードが居るこのロビーにも問題があった。どこの馬の骨とも知れない軽薄な暇人どもが大挙して押し寄せてきているのだ。彼らの内の何人かは、いや何十人かは昨日も見かけたような気がしたが、ジャンクロードは彼らを嫌っていた。
──相手の気持ちも考えずに一方的な恋慕など──
全く無礼を通り越して非常識さに呆れてしまう。ニオルちゃんはアイドルであり決して恋人ではない。それを勝手な妄想と独占欲を膨らませてこんな所までやってくるなんて。一体彼らの親御さんはどういう教育をなされたのか。
まあそれは良い。決して違うが傍から見れば自分だって彼らと同族だろう。しぶしぶではあるがそれは認めてもいい。決して違うが。しかしもうひとつ、大きな、非常に大きな問題があるのだ。それは今回の絵画ができあがった後の事である。
なんと今回の絵画はオークションに出されるのだ。その情報だけで各オークション会場は大変な事になっていた。問い合わせの群衆は凄まじい勢いで各オークション会場を巡り、さらに情報が錯綜した。正に情報戦である。
そしてジャンクロードは伝手を使い、かなり早い段階でそのオークション会場を突き止めていた。そして彼は運が良かった。彼はたったの4000ガレヌでその参加券を手に入れる事ができたが、翌日の
勿論裕福な彼は必要であれば2万ガレヌくらい何とでもなるが、問題は参加する事ではなく落札する事である。例え僅かな金でも決して無駄使いはできないのだ。今回の落札予想額は半端な金額ではない。気を引き締めなくてはならない。
ぐぅ、と腹がなった。そう言えば今朝は抜いていたな。いや昨夜も食べなかったし、よく考えたら昨日の昼も食べていなかった。時計を見るともう1時を過ぎていた。
そう、ジャンクロードは今この瞬間まで全く自覚がなかったが、彼は丸一日以上全く何も食べていないのである。まいったな。さすがに腹が減った。
しかし彼はごく当然の「腹が減ったから食事する」という行為をすっぱりと諦めた。それは勿論、来たるオークション時までに少しでも無駄な出費を抑えるためである。
「なんかあそこの人大丈夫なのかな?」
受付嬢は同僚に小声で言った。なんかやたら背の高くて眼鏡で髪の毛の長いげっそりと痩せた男が、しかし姿勢正しく座っているのだが、どうもそこから腹の音のような音が何度も聞こえてくるのだ。結構離れているのに。
「トイレでも我慢してるんじゃない?」
もう一人のほう受付嬢は興味なさそうにそう言った。彼女の仕事は受付であり、助けを求めている訳でもないキモチワルイ男なんて構いたくないのであった。
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