第4話 絵画モデル ニオルリージャ
「ニオルちゃんちょっとスレンダー過ぎよねえ」
マクベス・ロストーニは彼女の水着姿を見ながらそう言った。
「だってあたしハーフエルフだもん」
実はちょっと鼻高々でそう言った。昔はその生い立ちに随分と悩まされたが、開き直ってしまえば有利な事だらけだ。ライバルであるヒューマンのアイドルはすぐにおばさんになるし、やたら気位の高い純エルフは絶対にこんな仕事はしないし。
「いくら絵画でもイメージは大事よ」
そういってロストーニはおもむろに彼女の水着の胸元に綿を入れて締め上げた。
「ちょ!ちょっと痛いってば!」
ニオルリージャとロストーニは随分と長い付き合いである。彼が師匠の弟子として小間使いの時代からの知り合いだ。そしてその当時から彼が同性愛者である事は知っている。今更胸を見られてどうとは言わないが痛いのは痛い。
ロストーニは思いっきりニオルリージャの胸を触って形を整えているが、それは彼にとってはリンゴの位置を調整しているのと同じ事だ。というかこのリンゴはいつまで経っても大きくならないわねえホントに。
そうしてようやく満足か、あるいは妥協点だかに到達すると、ようやくロストーニはキャンバスの前に座って絵を書き始めた。彼に絵を描いてもらう事は多いが、今回の水着絵画は今日が初日なのだ。
「最近はどうなの?彼氏でもできた?」
ロストーニは長い付き合いのアイドルの私生活などを知りたい訳ではない。単に緊張感を和らげるために聞いてくるだけだ。
「彼氏なんてできる訳ないじゃん」
ニオルリージャは正直にそう言った。それは様々な意味で諦めている事でもある。
ハーフエルフはヒューマンより長命でエルフより短命である。つまり寿命という点で彼女と恋仲になるのは難しい。ニオルリージャの感性ではヒューマンのオトコなんて会う度にジジイになるし、逆方向に同じ理由でエルフのオトコも難しい。そしてエルフのオトコはアイドルとなんて絶対に交際などしない。
エルフの感性はヒューマンとはやや違う。例えば裸を見ても見られても、それを恥ずかしいともいやらしいとも思わない。しかしエルフにとっては「見せる」という行為が非常に恥ずかしくいやらしいモノと感じる。
従って見せて見られてナンボのアイドルなんてエルフのオトコには絶対無理である。この羞恥心はヒューマンには理解し辛い。娼婦のそれとも違う。やっては行けない事を平気でやってしまう事への羞恥であり、異常者を見る目に近い。
そのためニオルリージャにはエルフのファンなど一人も存在しない。それどころか彼女の存在を知るエルフからは「エロババア」などと陰口を叩かれているのだ。
しかし、そういう事情が彼女がアイドルに進んだ理由でもあった。つまり彼女は何をどう頑張ってもエルフの中では生活できないし恋人なんかできない。しかし開き直ってアイドルの道に進めばヒューマンのライバルたちはすぐ年を取って消えていくし、ファンたちからすれば彼女の処女性を信じる事ができるのだ。
「あらそうなの?前にちょっと噂になった人は?」
ロストーニはそう言ったが、それこそがその質問に興味がない傍証である。つまり何も考えていないから適当な事が口から出てきているだけだ。
「一緒にごはんに行っただけで彼氏にされちゃたまんないよ」
ニオルリージャはつまらなさそうにそう言った。もっともそれを誘ってくれたほうは随分と期待をしていたが。まあごはんご馳走様でした。
「あらまあそれじゃ本当に食事だけ?つれないわねえ」
ロストーニは呆れたようにそう言った。
「ちゃんと先に言ったもん」
あたしはハーフエルフだから付き合うとかそういうのはムリと言ったそうだ。
「そういうところはエルフよねえ…」
ロストーニはどうでも良さそうなりに残念そうな溜息をついた。そういうのはお愛想とか建前っていうのよ。ニオルちゃん。
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