第3話 コンサート後 ジャンクロード

ジャンクロードは恍惚の表情で帰宅の道についていた。今、彼の頭は何も考えていない。ただステージの光の中で歌い踊るニオルちゃんの姿が繰り返されているだけだ。


──ああ、ニオルちゃん──


やっと自主的に何かを考えたと思ったらこの程度の事しかない。これが果たして帝都大学の経済学部に進んだ秀才の思考なのか?と問えば、まあ多少はお目溢ししてやろうじゃないか、という回答しか出てこない。


ジャンクロードはつい去年まで、というよりこの春先まで唯の真面目な学生だった。真面目というより堅物であり、堅物というより世間知らずであった。商家の次男である彼は両親の期待通りの優秀な子供であり学生であり、それ故に少々周りからも心配される程の真面目一直線な青年だった。


──早いうちに多少は遊ばせたほうがいい──


それが彼の両親と親族の共通認識だった。彼の祖父が正に懸念通りの人物で、子供達があらかた片付くと一気に女遊びに傾倒したのである。それはそれは物凄い勢いで。ジャンクロードの父が必死に止めたが効果はなかった。


しかし短期間で濃縮された我が世の春を満喫すると、祖父は幸福に満たされたまま他界したため、家の商売が傾くまでには至らなかった。しかしお手つきさん方への支払いやら財産分与やらはかなり痛く重く、それ故に親戚達は祖父の再来と目される秀才を特に警戒していたのである。


そして親戚たちは、アイドルの追っかけという些か意外な彼の遊びに、ちょっと内心でずっこけながらも、まあ、まあ。まあ…そんなにお金もかからんし…という、承認というよりも否認しきれないという形で容認しているのであった。


アイドルの追っかけになるというのは、段々と興味が強くなっていく者と、いきなりそのアイドルがツボに入ってしまう者が居るが、ジャンクロードは後者のタイプだった。それまで女の子なんて婚約相手としか考えてこなかったジャンクロードは、生まれて始めて本気で女の子に恋い焦がれたのである。


生まれてから殆ど変わる事のなかった彼の部屋は一週間で大幅な様変わりを見せた。会場で売ってるグッズなんか可愛いもので、写し絵なんて結構な高額なのにそれをいくつも購入した。仲の良い遊び好きの兄すら、こんな物を高値で買うくらいなら娼館にでも行ってこいと言ったが聞こえすらしなかった。


恍惚の表情のまま家に帰ると、中年のメイドが出てきていろいろと世話を焼いてくれる。内心ではやれやれお坊ちゃまも悪い病に罹ったものだ。と思っているが、彼女は別に乳母でもないのでそれ以上は心配などしなかった。


「お食事はいかがなさいますか?」

メイドはそう聞いたが大体こういう時の回答は決まっていた。


「ああ、今日はいいよ」

今、ジャンクロードの頭の中はニオルちゃんとの邂逅中であり、つまり妄想デート中に食事など食べている場合ではないのである。


メイドはハイと応えて一応部屋まで誘うとそこで一礼した。ジャンクロードが部屋に入るとほぼ同時に気持ち悪い呻き声だか何だかが聞こえてきた。あれが息子じゃなくて良かった。面倒より何より気持ち悪くてしょうがない。

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