第2話 コンサート後 ニオルリージャ

「あ”あ”あ”づがれだああああああ」

ニオルリージャは楽屋でそう言いいながら行儀悪く椅子に座り込み、砂糖抜きのレモンジュースをごくごくと喉を鳴らしながら一息で飲み干した。うえ酸っぱ。


「はいはいお疲れ様」

マネージャのローズが適当な労いの声をかけた。


「ローズぅ、もうちょっと甘いのないのぉ?」

ニオルリージャはさっそく文句を言った。それほど甘党という訳ではないが、いくらなんでもレモン汁に水を入れただけなんて味気がなさすぎる。


「あんた自分でこの前ケーキ食べる時にそう言ったでしょうが」

ローズは呆れた顔でこの前に約束を言った。


「だって取材だったんだししょうがないじゃん!」

ニオルリージャも負けずに言い返したが、半分は本当だが半分は言い訳である。その取材はスイーツの紹介だったのだが、要するに雑誌に体験記事が掲載されるだけである。身も蓋もない事を言えば、そもそも行かなくてもいいし食べなくてもいいのだ。


「食べる必要なんてないし、食べるにしても一口で充分でしょ」

ローズは呆れたままそう言った。まあその店のケーキは確かに美味しく、実はローズもお土産にいくつか買っていったのだが。


「ちぇー、疲れた時くらい甘いもの食べたいのに」

ニオルリージャも段々と興奮も収まってきて言葉も冷静になってきた。


「太るわよ」

ローズは情け容赦ない事を言った。


「太んないもん!」

ニオルリージャは再び大声でそう言い返した。が、ちょっと気にはしている。


エルフとヒューマンでは「太る」という基準が違う。例えばヒューマンがぱっと見で「あれ太った?」というレベルであればエルフなら人前に出れない水準である。と言うよりその前段階で既に危機的状況である。そもそもエルフは太り辛いのだ。


しかしニオルリージャはハーフエルフなので純エルフに比べると太りやすい。そしてその嗜好はかなりヒューマン寄りで、つまり肉とかスイーツとかが大好きである。


そして実は彼女にとっての「太った」というのは周囲からは殆ど分からない。しかし当の本人はしっかりそれを認識する。ここでハーフエルフという悲しい存在特有の感性の板挟みが発生するのだ。


つまり、エルフの部分は「自分が太った」というものにひどく羞恥を覚えるのだが、それは他人が見ても殆ど分からない。そしてヒューマンの部分では「バレなきゃいいじゃん」という悪魔の囁きが聞こえるのである。


「大体にして明日は絵画モデルでしょうが」

ローズは痛いところを突いてきた。くう、そうだった。


「まあ絵描きさんは楽かもだけどね。顔を白い絵の具で塗りつぶせばいいんだから」

つまり顔がテカテカなアイドル画で良ければ止めないわよ、と言ったのだ。


「…終わったら食い尽くしてやる…」

何に対するものだか不明だがニオルリージャは口から恨みの呪詛を発した。

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