第251話 腹を割って語った後の夜(リヒト視点)

 あいつの言葉に嘘はない。

 本心で語る内容に……ミロノの言葉に激しい動揺を覚える。


「心と言葉が殆ど一致する馬鹿正直な奴なんて……」


 俺は無意識にそう呟いてしまった。





『本ばかり相手で寂しくないですか? 友達と一緒に遊んでいますか?』


 不意に、父上の言葉を思い出した。

 あれはいつ頃だったか。


『リヒト。私の監視が届かないところで辛い目に遭わせてしまい申し訳ない』


『いいえ』


 否定すると、父上がしゃがんで俺をのぞき見る。優しい眼差しだ。

 俺が鬱陶しそうに視線を外すと、父上は困った様に苦笑を浮かべる。


 俺が物心ついたのは二歳前後。

 喋るのも、言葉を覚えるのも、アニマドゥクスを使うも、二歳半には出来ていた。

 大人のような喋り方や考え方をする俺を、大人達は異常者とみなした。

 知能を得て活用するの早する、あれは化け物だ。と騒ぎ立てられ恐れられた。

 サトリは心が読めない相手を異常に警戒する習性がある。

 本能的に危険と判断し村ぐるみで俺を排除するべく動いている事を、父上は知っていた。


 俺が無害だとどんなに説明しても全く聞き入れない老年配達。

 様々な人生経験を積んで人格が形成された『頼れる大人』は、綺羅流れに属してアニマドゥクスを伝承。若い世代を導く立場だ。

 そいつらが俺を排除しようとしたから、そいつを信じ敬う奴らも倣って俺を爪弾きにした。


『ここで勉強をしているので問題ありません』


 村人たちの信頼を得ることを諦め、人を避けて歴史や資料館や図書館に籠り、本や文献を読み漁って日々を過ごす。

 父上も母上も俺が一人っきりなのを心配していた。

 それで近況報告も兼ねて、一か月に一度、しっかり会話をする。


『勉強、ですか』


『はい。勉強です』


『少し話をしましょう。一週間、どんなことがありました?」


 父上の質問には正確に答える。

 爺達と婆達の嫌がらせを事細かに伝える。

 いつ・誰が・なにをしてきたか。

 それを難しい表情で聞き、頷く父上。

 それは違う、と話を中断することなく、俺が話し終わるまでずっと黙っていた。

 話が終わると呆れたように微笑を浮かべた。


『自分が一番偉いと思う人が行う嫌がらせですね。弱者や若年が自分より秀でていると、息をするように出る杭を打ちますから』


 それだけじゃない気がする。

 それだけで『気持ち悪いとか、早く死ねとか、アニマドゥクスの力を悪用するとか、敵に回らぬうちに殺してしまわねば』……なんて言わないだろう。

 彼らの言葉には嫌悪感だけではない、敵意と殺意があるのだから。


 とはいえ、それを父上に質問しても誤魔化されるので、聞くことはしない。


『困ったことに君はまだ幼い。いいように扱えると舐められてしまうんですよ。でもリヒトの方が上手だから大変面白い』


『それを聞くと大人たちがまた怒ります』


『そうですね。彼らは臆病ですから』


『臆病?』


『君がリヒトにならなければ、こんなことにはならなかったんです。下手に頭がいいと余計な事を考え、不必要な先手を打ちたくなるものです』


『名前……?』


『安心しなさい、その名はお守りです』


『よくわかりません』


『知る時が来ますから、それまでお楽しみに、ということで』


 父上が頭を撫でてくれたので、嬉しくて顔がにやけた。

 そのまま抱き上げて俺の顔を覗きこんだ。


『サトリの力。アニマドゥクスの力。君にとってこれは要らない能力かもしれませんが。『在る』ということはリヒトに必要な能力ということです。受け入れていくしかないのですよ』


『受け入れています。俺は化け物です』


『はっはっは。五歳でその物の言い方は大変に優れています。ですがあえて訂正しておきます。リヒトは化け物じゃない、僕と妻の間にできた大切な子供です』


『いいえ化け物です』


 父上は俺の目を覗き込んだ。

 俺の目は冷め切っていて子供らしくなかっただろう。

 父上は首を左右に振って微笑を浮かべる。


『リヒトは化け物ではない。君は賢くて優しい子。可愛い我が子のリヒト=ルーフジールです』


 なんだか嬉しくて、照れてしまってプイッとそっぽを向く。


<シルフィードよ。受け止めろ>


 父上の腕を振り払って飛び降りる。

 風を使い地面にゆっくり着地すると父上が拍手した。

 嬉しさを押し殺して、俺はぷいっとそっぽを向く。


『皆が化け物だって言うならそれでもいいです。あいつらなんか気にしないです』


『良くないでしょう?』


『良いんです。俺は孤独に生きます』


『達観するのが早すぎます。同い年の子をみてみなさい! やっと赤子が抜けた程度ですよ?』


『同い年と遊んだことが殆どないのでわかりません』


 同世代の子供たちは俺が理不尽な目に遭っているとうすうす感じ取り始めていた。

 子供たちもサトリで、強い力を持つ者は大人の思考を読むことができるからだ。

 そのため、大人達は俺を孤立させようと躍起になった。

 俺と遊んだ子供に罰を与えたり、誹謗中傷を植え付けることにより、俺の印象が悪くなるように仕向けていた。

 その姿を何度か目撃したことで、なんだか一緒に遊ぶのが面倒になり、俺は次同世代の子供たちも避けるようになった。


『うううん。とにかくですね! 人生はまだまだ長いんですよリヒト。君を分かってくれる人がいます。大勢でなくてもいいのです。一人でも二人でも、心の底から友と呼べる人物。そして添い遂げたいと思える相手にいつかきっと巡り合えます。絶対に!』


 父親の本心を、俺は鼻で笑った。


『そんなの期待するだけ無駄です』


 蔑まれ嫌われて村の中で一生孤独に生きていく。

 そこに希望はない。


 そう思っていたのだが……。






「あーーーーくっそ」


 俺は頭を乱暴に掻いた。


「これ絶対、父上と母上の策略だ。だから俺に真っすぐヴィバイドフ村へ行けって言ったんだ。こいつは俺と対等の相手になると……わかっていたんだ」


 ミロノは喜怒哀楽の感情が強く、真っ直ぐで裏表がない性格だ。

 俺に対する警戒心や疑心が徐々に信頼へと変わる心情が明確に伝わってくる。


 だからこそ、裏切られた時に傷つく反動が嫌で、あまり慣れ合わないように注意していた。

 しかし時間を共にすることで少しずつその気持ちが緩んでいくのが自分でも分かった。


 俺を受け入れる人間なんていない。

 そう希望を持たないよう戒めるために、あいつが嘘をついていると断言したかった。

 だから何度か問いただして、心もしっかり読んだのだが……嘘をついていない。


 あの瞬間、初めて心を許せる奴に出会っていたと気づいてしまったんだ。

 俺は手で顔を覆った。顔から火が出たように熱く感じる。


「拒絶されなくてほっとした自分にむかつく……」


 言葉にすると無性に腹立たしかった。

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