2-11ヂヒギ村の惨劇:赤色を纏う亡霊

第252話 毒霧の森を進む①

 チュンチュン


 日の出を告げる鳥のさえずりが聞こえ、あたしの意識がゆっくり浮上する。

 うっすら瞼を押し上げると、薄赤の雲がまばらに浮かび空が輝いていた。

 眩しくて一度目を閉じ、もう一度あける。

 夜が明け始めた空が視界に広がった。


 あたしは数秒固まる。


「ええ!? 朝!?」


 驚いて寝袋から飛び上がった瞬間、全身に激痛が走る。


「うおおお」


 うめき声をあげつつ、両手で自分の体を抱きしめながら座った状態で丸まって固まる。

 痛みに耐えた後、ゆっくりと体を動かして寝袋から這い出る。寝袋の傍にしゃがみ込み、あたしは辺りをきょろきょろ見まわした。


 木々の隙間から朝日が斜めに差し込んでいる。それは天使の梯子のようであり、森の中を幻想的に輝かせていた。


 さて。どうみても朝だ。

 少しひんやりとしているが、清々しい気持ちの良い朝だ。


 あたしは首をひねる。

 昨晩は疲れてそのまま寝て……見張りの交代に起きた記憶がない。


「朝まで……ずっと寝てた? マジか?」


 起こされればすぐに起きれたはずだ。

 声をかけられても起きられなかったのか?

 嘘だろ……。回復薬も飲んでいるのに、この程度の怪我で弱るなんて信じられない。


「なんたる失態。どこに敵がいてもおかしくない森の中だというのにっ」


 己の未熟さを痛感し、右手でドンと地面を叩く。


「日の出から騒がしい。元気あり余ってるのか?」


 冷静な声が横から聞こえた。

 うっわ。居たことに気づかなかった。


 感覚すら鈍っている。そう痛感しながら、あたしは油の切れた歯車のように、ギ、ギ、ギ、と焚き火に顔を向ける。


「そうでないなら大人しくしとけ」


 リヒトが呆れを含ませながら付け加える。彼は丸太に座って火の番をしていた。

 細い枝を何本かを足すと焚き火の勢いが増す。火は金網に乗せてある片手鍋を炙っていた。

 ぐつぐつと泡立つ気泡が音をたてながら、小刻みに鍋を揺らしていた。


「これは大問題だ」


 あたしは勢いをつけ立ち上がった。足に力が入ったのでふらつかない。


「見張りの交代してないよな!? あたし完全に寝入ってたよな!?」


 リヒトが頷く。


 うわぁぁぁやっぱりいいいいい!


「決まり事破ってすまない!」


 思いっきり頭を下げると、リヒトが一瞬だけ目を丸くした。しかしすぐに視線をそらして、呆れたように頭を振った。


「モノノフの思考は理解できない」


 え? マジで?

 里では『怪我をしても見張りの交代は行う』って常識なんだか。

 おっと。ちょっと立ちくらみがしてきた。


 あたしは座ってあぐらをかき、ふぅ。と小さく息をはく。


「一応、お前に声はかけた。寝入って起きなかったがな」


 うあ。とあたしは表情を引きつらせた。

 最悪だ。と呻いて額に手を添える。

 あ、包帯が少し湿っている。飯が済んだら取り替えよう。


「そ、うか。負担かけてしまったか……」


「負担といえば負担だが……」


 リヒトは少し考える素振りをみせる。


「毒霧を避けて妖獣がほぼ逃げている。ある意味安全だ。そんな気を張る必要はない」


「そうだとしても、あんたが寝れないだろう。あたしの傷を突っつけば良かったのに」


「俺をなんだと思ってる」


「鬼畜」


「行いが非人道的だといいたいようだな。なら、そうさせて貰う」


 淡々と言い切ってから鍋の取っ手を持ちあげ、沸騰した湯をコップに注ぐ。ふんわりと薬湯の匂いが鼻孔に届いた。


「そうさせて貰うって?」


 あたしが聞き返すと、リヒトはヒヤッとするような視線を向けた。若干怒っているようだ。


 珍しい。この程度の軽口、いつもなら無反応なんだが。ああー。寝不足でイライラしているんだな。早く寝かせてやらないと。


 リヒトが新しい水をいれて、心持ち乱暴に鍋を金網に置く。苛立ちを全面に押し出してきた。


「無理に起こさなかった理由を教えてやる。お前に毒霧の魔王を一人で倒してもらうためだ。だから体力回復させたほうがいいと判断した。わかったか」


「それって、あんたが寝ている間にあたし一人でカタをつけろっていうことか?」


「そうだ」


 リヒトはコップのお茶をゆっくりと飲み始める。

 あたしは怒りマークをつけながら引きつった笑みを浮かべた。


「やっぱ鬼畜じゃないかああああ! 一晩で傷が癒えるわけないじゃないか、この鬼畜鬼冷血小僧!」


 しかし、あいつの言葉の意味は理解できる。

 いつかの湖の時と同じだ。戦える舞台を作るため、リヒトが攻撃が出来ない状況になると言いたいのだろう。だからあたし一人で戰う事になる。


「くくく」


 リヒトが声を殺して笑った。

 あたしの思考を読んだな。ギロっと睨むと、リヒトは「半分正解」と答えた。


「毒霧は魔王の傍にも発生しているはずだ。視界も遮られる可能性があるから風で飛ばす。だから俺は補助メインだ。そのためお前が攻撃の中心になる」


「はいはい承諾した。最初からそう言ってくれ。瞬間的にイラッとする」


 あたしは攻撃しか出来ないから反対はしない。サポートしてくれるなら助かる。


「で。ここで不安要素がある。お前の怪我だ」

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