第250話 腹を割って語り合う夜⑩

「はあ? どうでもいい!?」


 意外性が高い返答だったのか、それとも軽率な答えで肩透かしを食らったのか、リヒトはショック受けたように目を見開いて、瞬きを繰り返した。

 こんなに表情豊かな姿は初めてだと、少し眠気が覚める。


「もっとよく考える内容だろう!? どうでもいいとか返答するなんて。そうか、理解できないから関係ないという意味か? 所詮は他人事か……」


 怒りを通り越して狼狽して今度は捻くれた位置に落ち着こうとしている。

 どんな生活おくればこんな疑心暗鬼の塊できるのか。悪意だらけの世界で生きてきたんだなぁと、同情を禁じえない。

 あたしはゆっくり首を左右に振る。


「気にしないって意味だ。言い方悪かった」


「気にしない……」


 リヒトは静かになったが、混乱はまだ続いているようだ。目が落ち着きなく動き動揺を現していた。

 これほど冷静さ失うなんて初めてみたな。


「特に気にしない。いつも通り接するだけだ」


 リヒトから疑うような視線が飛んでくる。超面倒くさいこいつ。

 沢山傷ついた過去を持っているんだなと、嫌がおうにも推測させられるが面倒くさい。

 今すぐ切り上げて寝たいが、途中でぶち切ると逆ギレしてトドメ刺されそうだ。あいつの望む答えは分からないが、正直な気持ちを無下にしないだろう。多分。


 あたしは真っ直ぐリヒトをみた。でもあいつは視線を逸らす。


「会話の節々で思ったけど、あんたはさ、好き好んで人の心を覗く奴じゃないだろ? 寧ろ極力聴かないように努力してんだろ?」


「……ああ、そうだ」


 リヒトは小さく頷く。


「あんたさぁ。そのサトリの能力。どちらかっていうと要らないんだな」


 無言だ。無言は肯定でもある。


「やっぱりそうか」


 あたしが呟くと、リヒトは焚き火へと顔を向ける。火に照らされたリヒトの横顔は苦渋に満ちていた。また刺々しい圧が出てくる。

 落ち着こうとしているのか、お茶を注いで飲んでいるが、その動作もやや粗々しい。


 あたしは呆れたように肩をすくめる。


「怒らなくていいだろ。あたしだって自分の特異体質がなくなれば楽だろうなって思っているんだ。結構大変なんだぞ。バレたら今回みたいに薬の入れ物扱いされる……本音を言えば、人は恐ろしい。これでも怯えることもあるんだぞ」


 やべぇ。眠い。あくびがでる。

 本音を言っているが、ここであくびをすれば適当なこと言ってると思われる。我慢だ。


「でもさぁ。あたしの特質として『在る』んだ。望んでいなくても存在している。ならば受け入れて有効活用するしかないだろう? きっと意味があるんだよ。あたし助けるためにこの体質ができたんだ」


簡潔に言おうとしたけど、頭が働かない。

浮かんだ言葉が全部口から出てる気がするけど、繕うことも面倒だ。


「他人がそれを非難したり、利用したとしても跳ね除ければいい。堂々と生きていけばいいし……」


 意識がブチブチ切れ出した。

 あたしはチラッリヒトを確認する。相変わらず焚き火の炎を見つめている。あたし一人で語っているみたいで滑稽だな。


 うつらうつらしながら最後の締めくくりを考えていると、リヒトは横においてある枯れ枝をペキリと折って火にくべた。パチっと木が跳ねると、ため息を吐いてあたしに視線を向ける。


「結局は何が言いたい?」


 冷たい一言だ。あたしはジト目で睨む。


「……分かれよ」


「わかんねぇよ」


 イラッとして一瞬目が冴えた。でもまた眠気がきて瞼が徐々に落ちてくる。あたしは両手で顔を覆った。苛立ちがピークだ。


「何がいいたいかだって? あんたがサトリであろうとなかろうと知ったことか! 何も変わんねーよ。あたしはいつも通りあんたと接するだけだ。面倒くせぇ。拗れ鬼畜小僧め。信じられないなら信じるな。心読みたければ気にせず読めばいいだろう誰にも分からないし気づかれないし、自分から罠踏みにくんなよアホか!」


「……」


 リヒトは押し黙って、ただ火を眺めていた。人形よりも幾分マシになった瞳があたしへ向けられる。


「おまえみたいな奴、どう対処していいか……全然分んねぇよ」


「知るか。自分で勝手に考えろ。もう限界だ寝かせろ話しかけるな、おやすみ!」


 あたしは瞼は完全に閉じながら寝袋に滑り込んだ。直後、視界も感覚も意識も全部泥の中に埋まった。耳だけは周りを探りたいのだが、今夜は大分感度が悪い。


「心と言葉が殆ど一致する馬鹿正直な奴なんて……」

 

 最後にリヒトの声を拾った。


 付き合いきれんわ! 

 そう強く思った直後、あたしの意識は完全に眠りの中に沈んだ。

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