第249話 腹を割って語り合う夜⑨

「あんたがさっきから不機嫌だったのは、あたしが殺しにかかってくると思って全力で警戒してたってことか?」


「……っ!」


 図星だったようだ。バツが悪そうに押し黙る。

 リヒトのことだ。すぐに攻撃に転じられるよう密かに攻撃の準備してたはずだ。


「ははは。残念、期待外れだったな」


 あたしは控えめに笑う。本当は腹を抱えて笑いたいが傷が痛いのでこれで精一杯だ。


「……」


 リヒトが失態に気づいて右手で口を押さえる。視線を泳がせたが、どう言っても今更取り繕うことはできないと思い直し、ぷいっとそっぽを向いて座り直した。

 両腕を組みながら、吐き捨てるように己の正当性を口にする。


「大体の人間の反応がそうなんだよ。お前は違うって保証はなかったからな」


「はははは……」


 あたしは軽く笑いながら、またしてもデジャヴに襲われていた。

 ルイスも同じ事を言って泣き叫んでいたなぁ。類は友を呼ぶとはまさにこのこと。

 そんなふうに思い出していると、リヒトが烈火のごとく吠えた。


「同類にすんな! あんなに女々しくねぇし、一線は越えてねぇ!」


 この場合の一線は『嬉々として殺してない』っていう意味だろう。

 同族嫌悪という言葉が頭に浮かぶ。

 カチンときたのか、額に血管を浮かせてリヒトがまた吠えた。


「あのクソガキと同じ扱いするな! 俺はあんな志の低いやつじゃない!」


「落ち着けよ」


 あたしは両手の平をリヒトに向けた。敵意なしアピールだ。大分興奮しているので少し落ち着いてもらいたい。


「似てる言葉を発していると思っているだけで、性格が似てるなんてこれっぽっちも思っていない」


 怒りに支配されてているリヒトから睨まれる。圧が強い。ほんと目力強いなぁこいつ。

 なんだか可笑しくなって、あたしは逆に肩の力をすっかり抜いた。癇癪を起した子供を相手しているような気分になってしまう。


「念を押すけど、あたしはあんたを殺そうと思わない。そして心が読めるからと避けたりし怖がることもしない。今まで通りというか……災い倒して呪いを解くまでって事で手を組んだだろう。変更はない」


「----!」


 口を一文字にしてリヒトは黙る。

 数秒、探るような視線を向けてきたが、すぐに目をそらした。無言のまま静かに座ると、左手を額に当てて深呼吸をする。ゆっくりと息を吐いた。すーっと怒りの波動が弱くなって、消える。


「……そうだ」


 吐き捨てるような口調で、同意が返ってきた。


「呪いを解くまで。……手を組んだままでいい」


 パチっと薪が火の粉を撒き散らして跳ねる。燃えて木炭になった木が灰になり崩れ落ちた。積んである木の総量が少し減る。

リヒト脇に置いてあった細い枯れ枝をペキッと真っ二つに折り、焚き火に投げ入れて火の調節を始めた。

 いつもの野宿風景が戻ってきた。ひと段落ついたのであたしも座る。

 うっ。体が痛い。もう今日は寝てしまおう。


「悪いが先に寝る。いつも通り三時間後に起こしてくれ」


 返事はない。

 了承だな、とあたしは寝袋のところへ行って潜り込む。


 ふぅ。やっと一息つける。

 やってくる睡魔を捕まえて瞼をおろそうとして


「お前、俺に怯えないんだな」


 リヒトの声が聞こえてゆっくり瞼を上げた。


 この話題まだ終わってなかったのか?


独り言なのか。あたしに話しかけているのか。

どっちだ? と迷っていると。


「話しかけている」


リヒトから返事がきた。

マジか返事きたぞ。珍しい。

あたしは目をパチクリとさせてリヒトを凝視するが、あいつは焚き火に視線を落としていた。

あれ。聞き違えたか?


「……なんだ、空耳か」


「頭の中に響かせてやろうか」


「勘弁してくれ。あたしは眠いんだ。ああもう分かった。もうすこし付き合う。ええと、なんだったか?」


「俺が怖くないか。と聞いたんだ」


「ああー。んー? 『怖くないか?』といってもなぁ」


 気にしないって言ってんだから深堀しなくてもいいのに。

 とはいえ、先程の食い違いを考えると、リヒトは心を読むのを良しとしない意向だ。言葉でしっかり伝えた方がいい。


 面倒だが、寝転んだまま話をするのは良くないとして、寝袋から上半身起こした。何気なく側頭部を触ると髪より包帯の感触する。

 すぐ触るのを止めて、リヒトの問に答える。


「あのさぁ」


 睡魔がじんわり訪れているあたしの言葉は、少し棘があった。


「あんたに怯える必要がどこにあるんだ? そもそもサトリと改めて言われてもさぁ。読唇術の域を軽く超えてた時点で薄々勘付いてたし……」


 色々怪しい部分はあったが、それを説明…………思い出すだけでも億劫だ。早く休ませろ。


「……くだらない。普通にどうでもいい」


 吐き捨てるように言った。

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