第247話 腹を割って語り合う夜⑦
あたしが苦虫を潰したような表情になったタイミングで、リヒトが肩をすくめ口調を軽くした。
「仕方ない。甘さを簡単に捨てて殺せるなら、もうそれは殺人鬼だ」
「はは。この場合は殺人鬼の方がよかったかもしれない。……モノノフとしては致命的な失態だ。戦いに年齢も性別も関係なく全てが等しいというのに、それを怠った」
無意識に握っていた拳を解く。
「あの時、死んでもおかしくなかった。あんたに命を拾われた」
あたしはリヒトに向き直り頭を下げる。
「ありがとう、恩人よ」
一驚したリヒトはお茶を噴き出した。軽く咳き込みながら手の甲で口元を拭く。
言うタイミング悪かったな。っていうか吐くなよ。
「突然なんだ? 頭そんなに強く打ったのか?」
「失敬な。感謝の意志は明確にすることが親父殿の口癖だ。だからしっかり礼を述べただけだ。命を救ってくれたから恩人。そう言っているだけだろう」
「気持ち悪いから止めろ」
「失敬な奴だな!」
「気持ちわる」
あああああああああああああもう!
いらっとするううううううううう!
落ち着け。本当に命の恩人なんだ。落ち着けあたし。
殴りたくなっちゃだめだ。今はまだ体力回復していない。回復したら殴ろう。
あたしは深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから、「で」と言葉を続ける。『で』の部分に強い圧を響かせてしまうのは、怒りを我慢しているからだ。
ここからの話が今回の本題だ。
確認しなければ休むことができない。
「もう一つ確認することがある。…………あたしの秘密は解ったか?」
リヒトは視線を外して押し黙り、そのまま沈黙する。妙な重い空気が周囲に漂う。
お互い隠していた秘密があって、それがお互いにバレたということ。
バレるきっかけを作ったのはあたし。
「気づいたよな?」
静かに話を切り出す。
あの時、あたしは『血』の特性を心で叫んだから伝わっていても不思議じゃない。
だってリヒトはサトリだ。
それもおとぎ話で知るレベルの、強力で強大な力を持つサトリ。
でなければ、声を頭に届ける事なんて出来ない。
まして、会話することなんてできるわけがない。
「テレパシーを送れるくらい強いんだから、あたしの体質について読めただろう?」
リヒトは自嘲が含まれている笑みを浮かべた。
「……ああ。お前が考えてることで正解だ。俺はサトリだよ」
どうやら白を切るつもりはないようだ。
「なら……」と聞き返すと、彼は面倒だと言わんばかりにゆっくりと首を縦に振った。
「お前の秘密も知った。何で医者を恐れていたのかの検討もついた。毒を摂取するとすぐに耐性と血清が出来るんだな。だから毒が効いても死なない。俺が倒れた時も解毒を含む血液で助けたってことか」
「正解。あたしが隠していたのはソレだよ。全く、我ながら面倒な体質だ」
「お前こそ、サトリ以上の異常体質じゃないか」
「異常者って失礼な。特異体質って呼んでよ」
「どっちでもいいだろ?」
リヒトは淡々とした声で平然と言ったが、顔から表情が消えている。そのままじっとしていると人形のようだった。だけど焚き火の灯りが目に映って、そこだけは強い意志が汲み取れる。
あいつ、めちゃくちゃ警戒し始めたんだけど。何事だ?
周囲にはなにも居ないような気がするんだけど……。
妖獣の気配でもあるんだろうか?
あたしは眉をしかめつつ周囲を見回して異常がないことを確認してから、警戒する真意を探ろうと、穴が開くほどリヒトをジッと見つめた。
居心地が悪そうに肩を揺らしつつ、リヒトは顔をそむけて焚火の方へ視線を落とす。
警戒しているだけか。そう感じ取って、あたしは気を緩める。
「言い方に悪意がありまくる。まぁいいけどさ」
肩をすくめながら、ふと、ルイスのことを思い出した。
何か引っかかるものがあると感じていたが、そうか、少しだけあの子と似ているのか。と苦笑する。
「だからあんた、ルイスを目の敵にしてたのか」
イラっとした空気が伝わる。同じ括りにしてほしくなさそうだ。
でも仕方がない。あたしから見れば二人はほんの少し似ていると思うからだ。
「あんたがどうしてあんなにムキになるのか不思議だったけど、これで納得できた」
目すら合わない会話を区切るように、パチっと焚火の木が弾けた。周囲に大きな音をたてる。
一休憩とばかりに、あたしは沸いている湯にポトンとお茶の塊を入れてゆっくりと飲む。
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