第246話 腹を割って語り合う夜⑥

 簡潔に順を追って魔王の依代になった時の経緯を説明する。

 胸に響く鈍い痛みが少し思い出されたが、それもまぁ、モノノフあるあるだ。と思い込む。

 次々と眷属が生み出され、そして村長が眷属になってから劣勢になったと告げると、純粋に悔しさが胸に広がる。出し抜かれたという苦い経験がまたひとつ増えた。

 捕獲された後医者の場所へ行き、そこで行われたことを……血の特性を伏せたまま……話して終了した。


 リヒトはずっとあたしを見つめて、頷きもなにもせず、ただ耳だけを傾けていた。

 話し終わると喉の渇きを感じて、あたしはコップの水を飲み干す。


「とまぁ、そんなわけ。自業自得とはいえ、ひどい目にあった」


「自業自得。そう言えるかもしれないな。特に戦闘時の動きについては……」


「その前もだよ。毒の霧に出くわした時に進まず退くのが正解だった。そうすれば新たな魔王が出なかっただろうし……」


 希望をひっさげて絶望をもたらしたなんてセリフは、言われなかったと思う。

 自分勝手に期待しただけと言えばそれまでだが、


「毒の霧を突破してしまったのはあたしの落ち度でもある。突破したことによって村人にどのような心情が芽生えるかなんて、そこまで考えていなかった」


 助けに来たつもりで来たわけではないが、なんだかわからないけど地味に傷ついた。

 魔王を倒すということはそれに困っている人を救うという結果につながるため、心の奥底では『救いに来た』と思っていたのかもしれない。

 ただ、失敗したときに精神ダメージを受けないよう『助けに来たつもりはない』という事で自己防衛をしていたのかもしれない。


 とりあえず、いろいろ甘かった。そんなことが頭をよぎって、小さくため息をつく。


 リヒトは思索に耽りながら、ゆっくりと言葉を続けた。


「……今回の事でわかったことは。一つ、災いは同時に複数存在できる。それの種類は多様で依代になった人間の性質や願いに強く影響され、お互いの衝突はない。二つ、願いを聞きつけてやってくる、純粋な願いだ、純粋で切羽詰まった願いに反応して結果災いを振りまく。三つ、広範囲の生態系を変えることも可能ということだ」


そこで一呼吸置き、あたしに視線を向けた。


「村に行かなければ得られない情報だったと考えたら、選択ミスではない。あの状況なら遅かれ早かれ誰かが魔王に成っていた」


「そうだろうか……」


「お前がそこまで痛い目に遭ったのは相手に遠慮したからだ」


「遠慮……って、なんでそう思うんだ?」


リヒトは少しだけ口をつぐんでから、そうだな、と続けた。


「嘘をついていることに対しての負い目。そのせいで相手を撥ねつけることへの躊躇いがあった」


「マジか……そんな風に見えたのか」


「嘘がつけないやつに多い姿勢だ。言葉こそ否定するが、全体的に突っぱねる力が弱い」


ううむ。と唸りながらあたしは落ち込んだ。

幼き日に、嘘をつけない正直者だから苦労しそう。と笑いながら言った母殿の顔が目に浮かぶ。あれはこのことを示していたのかと、今更ながら気づく。


「次から、気を付けなければ……」


「無理だろ。馬鹿正直が生まれ持った性質だったら直しようがない」


身も蓋もない。とあたしはますます落ち込む。


「いや。まてまて、あたしは別に馬鹿正直じゃないぞ」


「馬鹿正直だ。だからそんな重症になってんだろーが」


リヒトの声に険が混じる。


「命の危機にあらわれるのは本性だ。自分が死ぬかもしれない状況に陥っても相手を生かす方法を模索する阿呆を馬鹿と呼んで何が悪い」


「だからさぁ。なんでわかるんだよそんなこと! あんた戦闘見てないだろうが!」


「簡単な推測だ。村人たちの負った傷が少ない。切り捨てれば数は減るのにそうしなかったなら、手加減して気づいたらドツボにハマったと考えるのが妥当だ」


あーあーその通りなので耳が痛いわあああああ!

こいつに口で勝てるわけないと知りつつも、苦し紛れにこう付け加える。


「……眷属と化した木こりに手間取って村人を倒せなかった、とは思わないのか?」


リヒトはあざ笑うかのように口角をあげた。


「木こりに手間取ったって? そいつらを殺さず倒すだけに留めようとしたんだろ。だから手間取った。村人も同じだ。手加減して気絶に留めようとしたから敵の数を減らせなかった」


ぐぅ。と変な声がでた。

その通り過ぎて弁解できない。なんなんだよその読解力。あいつは精霊か何かか?


「多勢に無勢。無力の人間に成す術を持たず負けたんだよ。お前が殺すつもりで戦っていたなら、この時点でもう魔王も倒していた。大勢の村人を犠牲にしてな」


あたしは天を仰いで、今度は深く顔を下げる。


「………襲ってきた村人は殆ど老人と子供だった。手加減するつもりはなかったが」


「躊躇ったなら、同じことだ。殺さずに事を進められるような甘い相手ではなかった」


その通りだったのでぐうの音もでない。

甘さを捨てきれなかったことによる敗因と言われてしまった。

手厳しいと奥歯を噛む。

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