第245話 腹を割って語り合う夜⑤

 夜が深くなるとより一層風が冷たくなった。風に遊ばれた焚き火の灯りが、あっちこっちにゆらゆらと四方へ散り、一つの位置に留まらない。遊んでいる明かりをのんびり眺める間もなく、あたしはリュックから片手鍋と小さなやかんを取り出し、水を入れて火に焚べる。


 片手鍋の中に固形の携帯食を潰しながらいれて水と混ぜる。沸騰してお湯になり、携帯食が完全に溶けたところで火から下して冷めるまで少し待った。

 腹減りというわけではないが、何か胃に入れないと体力回復にならない。


 さて。冷えたかな。


 片手鍋をのぞき込む。くるくる回すとほんのりと湯気が上るがすぐに消えた。

 お湯でやわらかくした携帯食は一見すると緑色のスムージーのようである。木のスプーンにまとわりついて離れない。全く美味しくなさそうなソレをあたしはゆっくりと口にした。


 やや不味い。


 仕方ないとはいえ、不機嫌を前面にだしながら無言で次々とスプーンで口に運ぶ。一度立ち止まれば次は口にいれたくなくなる。携帯食とはいえ、食料を無駄にするのは旅における最大の禁忌だ。

 味に目を瞑って食べ続けると、体の内側からほくほくと温かくなってきた。食べ終わるころには寒さは消えていた。「ふぅ」と一息ついた。


 空になった鍋を見ながら、ふと、鏡で見た自分の顔を思い出す。血濡れて腫れてボロボロになった顔面だ。眉間に怒りマークが浮かぶが、気を静める。血圧上げると頭痛がしそうだからだ。


「あーあ、ホント、ボロクソにやられた。くっそー。顔もボロボロだし。触りたくない」


あたしが独り言のつもりで愚痴ると。


「だからといって、本当に顔の手当てを放置すな。馬鹿だろ」


 意外なことに、リヒトが独り言に混ざってきた。

 どーいうつもりで気の回したのか。

 ああ。きっと、今回の戦闘であれこれ指摘したくて混ざったのかもしれない。

 勘弁してくれよ。こっちはメンタル削れてるんだから。


 あたしは大きく・静かに・長い溜息をついてから、こちらを見ていないリヒトをみる。


「見ただけで手当てする気が萎えた」


「あほか」


 リヒトに呆れられる。

 実はあたしの顔の手当ては彼がやってくれたものだ。


 料理を作ることに同意して振り返った彼はあたしを見るなり、顔面の手当てに手を抜きすぎだ。と怒り、手当をしてくれた。

 左頬、右下頬は腫れて切れているので貼り薬を塗り、右目の上に包帯を軽く巻いて圧迫固定、唇も乾ききっていない瘡蓋があり傷薬を塗られた。

 最初は断ろうとしたが、ガッと頬を摘ままれてその痛みに呻くと、ほらみたことか。と卑下した視線をしたままテキパキと手当をしていく。

 自分の顔だからいい。と断っても

 顔だからきちんと手当するんだ。大事な器官しかない。モノノフ辞めたいなら何もしないが。と、

そういわれてしまうと文字通り何も言えない。

 結局のところ、不満を抱きながらもリヒトの介抱を甘んじて受けた。

 穴があったら入りたい。そんな心境のあたしは、ちょっぴり生き地獄を感じていたけども。


 そんな経緯がある顔面だが、実際、手当てを受けると痛みが半減した。あたしが自分で手当てするよりも格段に上手い。

 なんだかちょっと悔しい気持ちになって、リヒトから顔をそむける。


 お互い無言になり、風の音が周囲を支配した。


 焚き火を挟んだ斜め左の座っているリヒトの手がコップへと伸びる。彼は普通の形の携帯食料を食べ終えて、沸かした湯で静かにお茶を飲む。


 いろいろ愚痴という独り言を言いたいのだが……沈黙がそれを許さないでいた。

 気のせいだと思うが……。

 リヒトの機嫌がものすごく悪くなっている。腹に何か抱えているようで、彼を取り巻く周囲の空間が刺すように鋭い。

 ……いやいや。いつもあほみたいに鋭いんだが、今日は二倍増量中だ。

 何も言わない、素っ気ない態度、無視をしていても、雰囲気だけは正直だ。彼の心の揺れは雰囲気で把握できる。

 平たく言えば『なんとなくそんな気がする』という程度だが、あたしの予感的中率は高い。終始一緒にいるからおのずと把握できてしまうんだろうけど。


 さあて。本日の原因は……言わずと知れたあたしの行動だろうな。

 一応、負傷者に気を使って、話す内容をまとめているかもしれない。単にいうタイミングを計っているだけかもしれない。単に面倒だと思い始めたのかもしれない。

 とはいえ、このまま無言で夜を明かしてもお互いに損をするだけなので、食事も終えて一服もしたところで、あたしから話を切り出すことにした。


「さてと」


 あたしの言葉を聞いてリヒトがこちらに視線を向けた。鋭い目から伝わる心情は『早く話せ』だ。無言で催促している。口に出して言えよ。

 いつも通り過ぎる態度におかしくなって、あたしは苦笑しながら軽く肩をすくめた。


「今回は本当に助かった。あんたが来てくれなかったら正直、詰んでたよ」


 軽快に言葉を発するあたしに対して、「なにがあった」と低く重い声でリヒトが聞き返す。


「あたしの選択ミスだ」


「選択ミス?」


「斧男。ナルベルトって言ってたな。あいつを魔王にした要因はあたしだ」

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