第244話 腹を割って語り合う夜④

「肩も固定するぞ」


 了承する前にリヒトは慣れた手つきで肩を包帯で固定した。


「縫おうと思ったが、回復薬がもう傷口を修正し始めてた。傷同士を密着させれば縫わなくても綺麗に再生しそうだな。数日肩を動かすな」


 キュっと程よい強さで肩を固定された。

 さて、と後ろから声をかけられる。


「念のために聞くが、腹部はちゃんと手当したんだよな?」


「そうだ。問題ない」


 服を引き寄せて前を隠そうとして、包帯で胸が完全に隠れている事に気づく。問題ないだろうとそのまま足元に置いた。


「首も痛めてるだろ。ついでにやってやる」


 小さく切った布に炎症止めを塗ってあたしの首後ろに貼り付け、置いてあった包帯でグルグル巻いて固定した。


「頭部は……、こっちも結構出血してるな。ん? まだ止まってないじゃないか。なにやってんだ」


 後頭部を触りながら髪の毛で隠れている傷を濡れた布で丁寧に拭き取る。そのあとに血止めと回復薬を塗って最後に包帯で固定する。頭部は丸い形であり髪の毛もあって包帯固定は難しい。これを手際よく行っているので場数を踏んでいることは間違いない。


「回復薬はどのくらい所持している。ぱっと診ただけでも最低でも五本はいるぞ。あるのか?」


 リヒトの意外な一面を知り、あたしはぽかんと口をあけたまま頷いた。


「薬はある。無ければ作る。……それよりもあんた、手当とかよくしてたのか?」


 ピタリとリヒトの動きが止まった。ムッとしたような不機嫌な気配がする。言葉を否定的に捉えられる事が多いので、慌てて理由をつけ加える。


「悪い意味じゃなくて、その、怪我とかに無縁な感じがするのにこんなに上手いとは思わなく…………。すまない、偏見だ」


 リヒトから不機嫌さが消えた。そうか。と小さく呟くと、立ち上がって移動した。あたしはその動きを目で追う。彼はバケツの中の水で手を洗う。


「俺の叔母が医者だ。幼少時から度々拉致られてよく手伝わされてた。逸材だから仕込むって名目でな」


「あー、それで」


 納得だ。こいつも他方から色々経験積まされ……つまり大人に振り回されたんだろう。多分苦労も多かったはずだ。


 あたしも似たり寄ったりなので同情を禁じえない。あたしの場合は武器や防具作り、剣術武術、サバイバル、薬草、料理などの知識と技術をこれでもかと詰め込まれているような生活だった。

 結局のところスパルタ教育である。現段階で盛大に役立っている事を考えると、辛かった日々は決して無駄ではなかったようだ。お陰でなんとか生き残れている。

 でも感謝はしたくないな……複雑な心境だ。


「…………終わったぞ」


 リヒトは手ぬぐいで手を拭きながらそう知らせる。あたしは足にかけていた服を羽織った。ちょっと寒くて鳥肌が立っていたので服の暖かさに、ほぅ、と目尻を緩める。


「後ろは全然わからないから手当て助かった。ありがとう」


「ドウイタシマシテ」


 棒読みでそう答えながらあたしの傍に近づき腰を落とす。リヒトは回復薬の瓶を一つ指で摘んで持ち上げる。焚き火の光に透かしながらゆっくり振ると、チャプチャプと液体が波打つ。


「どの薬も入れ物しょぼいけど中身は一級品だった。これならすぐに全快するだろ。どこの店で買った……」


 言いかけてリヒトは黙る。少し間をあけてから


「お前が作ったのか?」


 と、聞き返した。


「そうだよ。あたしが調合して作った。手持ちの薬は全部自家製だ」


 「ふぅん」と相槌をうつリヒト。感心したような雰囲気が流れてきた。

 珍しい。と、あたしは彼の横顔を見つめる。視線に気づいたリヒトが表情を消した。そっと瓶を置いたが少々残念そうな感じがしたので、


「必要ならあげるぞ。材料があればいくらでも作れるし」


 そう付け加えたら、リヒトの瞳に少しだけ光が浮かんだ気がした。


「なら、これをくれ」


 リヒトはひょいっと回復薬を掴んだ。


 なんだ。今日は素直な反応だな。回復薬を気に入ってくれたということか。

 ダメ出しが多くて薬を褒められる機会が少ないのでなんだか嬉しい。


「いいぞ。でも今日は一本で手を打ってくれ。数本必要なら体が改善次第渡すから」


「一本でいい。お守りみたいなもんだ」


 回復薬を見つめていたリヒトがあたしの方へ視線を移すので、あたしは咄嗟に顔を横にむけた。何故か分からない。なんとなくリヒトを直視できなくなった。


「あとは自分で出来るか?」


「ああ。あとは着たり、衣服の洗濯ぐらいだ。一人で出来る」


 「そうか」と頷くと、リヒトは立ち上がり丸太に戻った。座ると背を向けて本を読み始めた。


 リヒトが背中を向けると同時に、あたしは顔の向きを戻す。両手で頬に手を添え心の中で叫んだ。


 毒舌なく普通に会話したの初めてじゃないか!?

 あたしが弱っているから加減してくれたってことなのか? 

 うわああああ意外だったああああ!

 気を使われてなんだか気恥ずかしいんだけど!


 悶えながら汚れた服を全部バケツに入れる。浄化石が入っているので一晩漬けておけば、血の跡も汚れも綺麗におちる。


 新しい服に着替えて、手首を固定して、痛み止めを飲んで、よし終了だ。


「待たせた」


 あたしの言葉合わせて、パタンとリヒトが本が閉じた。

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