第242話 腹を割って語り合う夜②

 礼を言うと、リヒトは何かつけ加えようと口を開いてすぐに止めた。あたしが準備を始めたのを見て場所を移動する。リヒトは焚火に枯れ枝を足したあと、火のついた太い枝を一本引き抜いた。

 傍らに置いてあった焚べる用の枝を数本持って、リュックが置かれている丸太に移動し、あたしに背を向けて座った。

 火のついた枝を地面に刺して固定すると、懐から本を取り出し、松明の灯りを頼りに読んでいる。

 野宿の時にいつも見る光景だ。


 リヒトが向こうを向いたので、あたしはリュックの中からタオルと浄化石と着替え用の服一式と下着。血止めと痛み止めと化膿止めと炎症止めと消毒薬が一つずつ。100ml回復薬瓶が五つ。鏡と包帯と針と糸を取り出す。


「回復薬の量は充分……だな? はぁ、助かった。これならなんとかなる」


 手元にある薬を確認して安堵の息を吐く。

 リュックごと所持品全部持ってきてもらえてよかった。手当できる道具が揃っているのが有難くて仕方がない。


 あたしの怪我は絶対安静に近い。今の体力では薬の材料を探すことは出来ないし、寝ていても殆ど回復できない。寧ろ失血死か臓器不全でポックリ逝く。


 だから今回は回復薬を飲まなければならない。

 回復薬には免疫力強化、失われた筋肉や切れた神経の再生、内臓を再構築するための自己再生を促す栄養と完治時間短縮効果がある。


 しかし、このままの状態飲んでもすぐに裂傷打撲が良くなるわけではない。内臓から血液を通して体に流れるため、臓器、血管、骨、筋肉、皮膚という流れで再生する。血に混ざって全身に広がるので、血の量が足りないと回復薬が上手く働かない。


 つまり出血箇所の多いあたしでは、筋肉皮膚から流れ出る出血で回復速度が遅くなるわけだ。

 あと感染症になったら細菌も活性化させてしまうこともあるので、どうしても手当が必要だ。水で流すだけでも効果があるが、今日はしっかりと処置をする。

 明日すぐに戦えるように。


「…………ふーむ。酷いもんだな」


 真っ先に顔面と頭部の手当から始めたが、鏡で顔をみたら腫れあがっていて天然のお化けだった。

 頭部の出血は額だけなので、髪を掻き分けながら傷の度合いを確認するが縫うほどではない。水で濡らしたタオルで汚れと血を拭いて、血止めと化膿止めを塗って終わった。

 顔面は内出血がひどいが皮膚が切れているだけなので化膿止めだけ塗っておく。


 幸いな事に手足はダメージが殆どなかったので動かしても痛くない。折られそうだった手首は後で固定するとして、腹部の手当もしようと座ったまま上着と防具とブラを取ってズボンも脱いだ。


 うー、寒い。早く済ませよう。

 さて、次はダメージが一番大きい胴体だな。


「あー。でもその前に。…………防具はどれだけ駄目されたかなぁ」


 脱いだ防具シルクチェインベストを持ち上げる。柔軟性の富んだ鉄で編みこんで作られた防具で、防具のわりに硬くなく滑らかな手触りだ。衝撃がくると瞬時に硬くなって体を守ってくれる優れもの。里の特産品だ。

 これを着ていたお陰でダメージが七割減されていた。拷問中に着ていなかったらもっとダメージを受けていたし、死んでいた可能性高い。


 村長はこの装備を知っていた。知っていて装備させてくれたと考えると、支配されても理性がほんの少し残っていたのかもしれない。

 いや単に、殺さずにという点を守っただけかもしれないが……正直感謝している。


 くるっとシルクチェインベストの背中を見て、あたしは情けない声を出した。


「うわぁ…背中ばっさりか…」


 防具として一級品の強度を誇るシルクチェインシリーズなのだが、袈裟懸けに斬られて大きく破けている。これは修理しないといけない。


「あたしを守ってくれありがとう」


 防具に礼を言う。防具のおかげで背中の傷は皮一枚で済んでいる。これが無ければ肉もばっさりやられていただろう。


 刃に毒は塗られていないだろうが、化膿止めは塗っておきたい。手が届くかあとでやってみよう。


「うーん。ひっどいなぁ。思ってたけど傷の箇所多い」


 足に傷がなかったのでズボンを履き直し、上半身の怪我の箇所を確認するが、げんなりしてきた。

 何度も殴られた胸部や腹部は内出血の模様が凄まじく、冷やして固定と安静しか思い浮かばない。

 肋骨はヒビが数本入っているので動くたびに激痛だ。包帯で固定しかない。


 面倒になったので回復薬瓶をあけて一本飲み干した。水に混ぜて溶かした痛み止めも飲みこむ。草の味がする。飲み慣れているので不味くはない。


「へっくし!」


 くしゃみがでた。冷えている夜の森で上半身裸だと風邪引きそうだな。

 冷たい水で体を拭くから余計に寒い。早く終わらせよう。


 炎症止めを塗ったガーゼを胴体にペタペタ貼る。今度は背中だ。ガーゼを手のひらに置き、背中へ手を回そうとするが。


「……うっ」


 手が、届かない。

 痛くて。肩が動かない。

 いつもなら届くはずの位置が届かない…………。


「…………」


 迷った。

 ちょっと迷った。

 手当を止めようかと迷った。

 でも背中を下にして寝たら絶対痛い。だってもう腫れているんだもん。触っただけで痛いし血もまだ流れてるから、止血しないと…………。


 背に腹は代えられない。

 あたしは意を決した。


 あたしはリヒトに声をかける。


「ちょっと……あのさ、ええと…」


 くっそ言いにくい! でも手当が優先だ!


「背中に手が届かないから、傷薬塗ってくれない、か?」


あたしは遠慮がちに声をかけた。

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