第241話 腹を割って語り合う夜①

 あたしはパッと目を開けた。

 木の葉っぱが生い茂る、夜の空が広がっている。仰向けに寝かされているようだ。


 パチパチ弾ける音がするので顔を向けると、近くに焚火が作られている。闇に染まる世界と隔てるように周囲を明るく包んでいた。

 空気が少々肌寒かったが、焚火の熱がじんわりと体に伝わるので暖かかった。


 焚火は鉄の囲いによって簡易コンロになっている。その横には空の片手鍋が置かれ、手つかずの食材が少し置かれている。

 焚火の向こう側、あたしの対面側に大きい丸太が転がっており、その端にリヒトのリュックが置かれている。見渡してみるが彼はいないようだ。


「えーーと」


 記憶が途中で途切れている。視界が暗くなったと思ったがその後、完全に意識を失っていたようだ。

 状況確認のため、ゆっくりと起き上がる。


「うぐお……」


 ピキッと音が体のあちこちで鳴った。実際は何も音はしていないんだが、全身の関節がぎっくり腰なったかのような、電撃の痛みが走った。

 痛みに耐えて上半身起こした所で、あたしは膝を曲げてそこに額をくっつけて呼吸を整えるため休憩する。


「はーー。痛い」


 ゆっくり肺に空気を送り込み吐き出すと、痛みが少し落ち着いたので、顔をあげて周りを見渡す。


 あたしは寝袋の上に寝かされていた。掛け布団代わりにリヒトの寝袋がかけられている。どうやら寝袋の中にあたしを入れるのは後回しにしたようだ。


 頭側の手が届く位置に刀が置かれていて、足元にリュックが置かれている。あたしは迷うことなく刀を手に取り、刃をチェックした。


 人体を斬っているので刀身が錆びてないか不安だった。戦闘中、適当に袖で拭いて鞘に納めたとはいえ、こんなに長く放置するのは滅多になかったからちょっと心配だ。あとで研ぎ直そう。

 あたしは刀を臀部の傍に置いた。


 周囲を警戒するために目を閉じて耳を澄ませる。


 ーーーー静かだ。

 静かすぎて不気味だ。

 風で木の葉の揺れる音が耳に届く以外は無音。毒霧の影響だろうが、生き物達の気配が感じられない。森とは思えない空間にあたしは瞼をあけた。ぽつんと取り残されたような孤独感が胸を過る。

 ここも毒霧の影響に晒される場所なんだろう。あまり長居出来ないかもしれない。


「こうしていても時間が勿体ない。手当するか」


 リュックに手を伸ばして引き寄せると冷たい風が背中に当たりブルッと身が震える。出血のせいで体温が低下しているようだ。お湯が欲しいと切実に思う。


「どのくらい寝ていたんだろう……」


「そんなに寝てない」


「!?」


 リヒトの声がして、そのあと草を踏む音がした。

 気配が感じられなくてあたしはビクっと肩を震わせた。手の振動でリュックもガサッと音をたてる。

 

 しまった。吃驚したのを誤魔化すことができなくなった。


 あたしはガックリと肩を落としてリヒトの方を見る。彼は折り畳み式の小さなバケツを持っていて、焚火の近くに降ろす。水を汲みに行っていたようだ。


 予想よりも近い位置まで気づかなかったとは。

 うわぁ。情けない。感覚が鈍っている。


 あたしは呻きながら膝に額をつける。すると額に服の感触がする。……額当てが外されているな。出血が酷いからだろうが、今は感情揺れ幅激しいので呪印が煌々と光っている。


 呪われし愚直ーーーーだっけ?

 今のあたしにピッタリだから余計に凹む。


「……当然だ。それだけやられりゃ感覚も鈍る」


 リヒトは呆れながら言い放つと、自分のリュックから浄化石を取り出しバケツに入れた。ポチャンと音がする。

 少し待ってから浄化石を取り出し片手鍋に入れて網の上に置く。大量に残ったバケツの水はあたしの近くに置かれた。


「ほらよ。それで服洗うなり体拭くなりしろ」


「お前はリヒトの偽物か?」


 お礼を言う前に疑惑の言葉本音がでた。

 本当に今夜、洪水が起こるほどの雨が降りそうだ。と、木々の隙間から覗く満天の星空を眺める。


 ……雨降りそうにないな。


「親切で水汲んだんじゃねぇよ」


「ならなんで?」


「ちょっと周りを確認してみたが、やっぱり肉食獣が沢山いる。血の匂いで寄ってこられたら迷惑だ」


「……そうか」


 気配全然ないんだけど。

 でも今のあたしはポンコツだから自分の感覚が信じられない。リヒトがそう言うならそうなんだろう。手負いなので肉食動物やってきてはマズイ。


「では。お言葉に甘えて使わせてもらう」


 助かった。血で体ベトベトだから拭きたかったんだ。

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