第238話 詰問からの脱出⑬
まさかの事態に、あたしは本気で混乱した。
「あんたに優しくされるとか嘘だろ!? まさか偽者か!?」
リヒトは階段を一歩ずつゆっくり歩きながら鼻で笑った。
「俺に偽物がいるのか。初耳だ」
「いやだって、自分の身は自分で守るってルール。あんたはそれを特に重視してただろ? 命の危険がなくなった時点から、手助けする必要はないはずだ」
「時と場合によりけりだ。人を冷徹みたいに言うな。あと今はまだ命の危険がある状態だ。間違えるな」
吐き捨てるように言われたが、そうなんだろうかと首をかしげる。
あたしは傷の治りも速い。あと数分経過すれば歩くことはできるようになる。拘束が解かれればあとは勝手に個々で逃走するのは当たり前のことだ。ーーーーそう伯父から教わった。
怪我をしたからといって決して足を引っ張るな。同郷以外なら尚の事、他人の手を取らず自分で自分を守るべきであると。そうすれば手を貸さなかった他人を恨まず自分を恨めば済むと。
「だったら猶更、あたしは自分で動く」
今のあたしは衰弱している状態である。
リヒトの足を引っ張ってしまうだろう。
それに……
「降ろせ。村人に遭ったら大変だ」
眷属化した村人達を相手にあたしを背負ったままでリヒトが対応できると思えない。
アニマドゥクスは詠唱する時間が必要だ。その間に接近されたら成す術がない。
接近戦が苦手な彼が一番相手にしたらいけないタイプがうようよいる。
「煩い、黙れ」と、小さい毒づきが聞こえたが、無視して話を続ける。
「今の村人は魔王の支配下になってるから控えめに言っても人間じゃない。別々で逃げたほうが賢い」
「煩い」
リヒトはドスの効いた声を出した。
あたしは少し黙る。
なんで怒っているんだろうこいつ。
「……小声で話しているぞ。しかしこの状況は非常にマズイ。早くあたしを降ろせ」
「馬鹿だと思ってたが、ここまで愚鈍(ぐどん)だったとはな」
リヒトはそう静かに呟いてから言葉を続ける。
「はっきり言うぞ。今のお前は戦力外だ」
冷然と言い放たれ「ぐっ」と言葉に詰まった。
「迂愚(うぐ)なその頭で冷静によぉぉぉく考えろ。お前は今すぐ戦えるのか?」
「……」
動ける自信はあるが……戦える自信はない。
だから降ろせと言っているのに。
黙り込んだら、リヒトは立て続けに正論を放つ。
「こうして背負ってみたら尚更分かる。体から覇気が出てない。ぐったりしてるぞ。意識保つので精一杯だろうが。……これでも、戦えなくても一人逃げられる自信があるのか?」
しかし、と言葉を続けようとしたが、その声を遮られる。
「一蓮托生。俺はそれをやっているだけだ」
一蓮托生、とあたしは呟く。
別に一人で逃げると言い張るのは強がりではなく、義務だと思っているから。
モノノフとして、そしてリヒトと組むとしての最小限の礼儀だと思っているから。
助けにきてくれればいいなとは思っていたが、本気で頼んでいないし危険を冒して来るとも思っていなかった。
これはリヒトの慈善心だ。
ここで中途半場に彼から出された救済の手を振りほどくのは、失礼な気がする。
あたしは肩にやっていた手を放してリヒトの首に前に垂らし、背中にしっかり寄りかかった。何か声をかけたほうがいいとはわかっているが、なにも浮かばなかった。
リヒトは小さくため息をついただけで、何も言わなかった。
地下から一階に到着し、建物の外に出る。
すっかり夕暮れになっており空が赤く染まっている。ついでに家々も赤く……赤い炎に包まれていた。
住宅区が軒並み火で包まれており、村人達が悲鳴を上げながら火を消そうとバケツや水石を持って右往左往していた。
黒煙が視界を悪くしている。あまり吸い込むと体に悪いな。
あたしは呆れながら景色を眺める。
間違いなくリヒトが火をつけたんだろうな。
「……あんたさぁ」
「注意をそらすのに火をつけまわってたからな。人間じゃないから別にいいだろ? 少々燃やしても」
的確に質問が返ってきた。
あたしと荷物を背負ってランニングぐらいの速度で走っているのにも関わらず会話ができる。
予想よりも遥かに体力があったみたいだ。
「あいつの自宅にも盛大に火を投げてきた。中にいたやつは運が良ければ助かってるだろうな」
そうか、と相槌を打つ。
やり方は非人道的かもしれないがリヒトがとった手段を責める気は全くない。
火事で誰が死のうがケガしようがあたしには関係ないからな。
決していい気味とは思わないが、あたしも死にかけたのでお互い様だ。
リヒトは周囲を警戒しながら住居区を走り抜ける。
「おい、あれ!」
その途中であたし達の姿に気づいた村人達がこちらへ攻撃態勢をとる。
「はぁ。余裕あるな。燃やし方が足りなかったか」
<サラマンドラよ。小さき花火を纏い踊れ>
「え? 火が!」
「消せ! 消せ!」
リヒトは気づいた村人の近くにあった家数件の炎を強くして注意をそらし、さっさと逃げた。
そんなことを数回繰り返して、チヒギ村と外を仕切る門に到着する。
「門の開閉スイッチはあそこの死体の後ろなんだけど、スイッチ潰れているかもしれないんだよなぁ」
「関係ない」
「は?」
<シルフィードよ、舞い上がれ>
「わ!?」
ふわ。ではなく、ぶわっと、下から風が吹き上げた。
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