第237話 詰問からの脱出⑫
明後日の方向か声がするので顔だけあげると、リヒトは台の上に並べてあった荷物を乱雑にリュックに戻していた。
いつの間に移動したんだよ。
でも助かる。
はぁ。と息を吐いてから、もう一度立ち上がろうと力を入れる。ボタボタと頭と背中と肩から血が垂れて床に鮮血が増えるが、なんとか立ち上がれた。
このままだと立位が保てないので、台で腰を支えると立つ姿勢を上手く維持できた。
「よし」
「何がよしだこの馬鹿が」
パシン、とリヒトに頭部を軽く叩かれた。
うぐ。避けられなかっただとっっ!
しかも痛い!
あたしは踏ん張りきれずバランスを崩した。
床に倒れてダメージ蓄積か!? と焦ったが、リヒトがあたしの腕を引いてバランスをとり、ゆっくり座らせる。
「天然のおばけと化してる自覚をもて」
「もてるかそんなもん」
「はあ? その顔で?」
あたしの横にドサっとリュックを置いた。
もともとリュックの中に入っていたものに加え、衣服や防具や暗器なども全部突っ込んでいる。ブーツは靴ひもでショルダーハーネスの下部分にくくられている。リュックは今にもはちきれそうだ。よく入ったものだなと凝視して、すぐに視線をリヒトに戻す。
「……見た目は悪くなっている自覚はあるが、お化けではない。まだ生きてる」
「辛うじて生きてるレベルだろうが。あとで鏡見て確認しろ」
リヒトは呆れたように言いながらあたしの目の前にしゃがみ、ナイフを取り出して手の縄を切ってくれた。
「はぁ。見たくないけど確認する。……縄切ってくれてありがとう」
手首には赤い縄の跡と握られて潰されそうになった名残で腫れて内出血していた。動かすと痛みはあるが問題ない範囲だ。
モノノフの道が閉ざされなくてよかったー。
心の底からほっとして息をゆっくり吐く。
安堵した瞬間、激しい怒りがあたしの思考と心を埋め尽くす。
「あいつら絶対切り刻むっっ!」
「アホか我慢しろ。今は逃げるのが先決だ」
リヒト冷たく言われた。その通りなので頷く。
「わかってる。今は逃げる」
あたしは足の縄を解こうと手を伸ばすと、その前にリヒトが縄を切った。
「……」
意外だ。
「急がないと戻ってくるだろう。お前の鈍い動作を待っている時間はない」
正論だがとげとげの言葉では頷きにくい。むぅっと眉をひそめていると羽織をかけられた。
「ほら、さっさと羽織れ」
そういえばだいぶん薄着になっていることに気づいた。外気温は冷たいし、この出血のまま外に出ると低体温になる可能性がある。座ったまま袖に手を通す。
「わかった、じゃぁ靴も……」
リヒトはリュックを前側で背負った。もちろん一緒にくくられている靴も横脇にプラプラと揺れている。あたしは半眼で彼を見上げた。
「靴」
「……」
無言で拒否られた。
「裸足で歩けと?」
足の裏ケガしてないからできるけど。酷いぞそれは。
「靴ちょうだいってば」
イラっとしながら催促すると、リヒトはあたしに背を向けてしゃがみ、両手であたしの手を持ちあげ肩にかけた。
予想外の行動に「……ん?」と首をかしげると、リヒトはそのまま背中に引き寄せて少し前かがみになってあたしを背負い、両足をわき腹に引き寄せゆっくりと立ち上がる。
つまりおんぶだ。
あたしは目を真ん丸くしたまま固まる。
リヒトはバランスをとる為に体を一度揺らして、小さく呟いた。
「……くっっっそ重い」
「失礼な!」
文句を言ってハッとする。
「なんでおんぶしてんだ!?」
「あー、そーだ。おんぶだな。世話のかかるガキめ」
「自分で歩くって言ってんだろ!」
太ももは拘束されているが腕は自由だ。リヒトの肩を掴んで体を起こして降りようと試みるが、悲しいかな腕に力が入らない。
「お、ろ、せ」
腕立て伏せが一回もできない人のような筋力を発揮する。腕がぷるぷるするが全然上半身が浮かない。
背負われて恥ずかしいのと、ぷるぷる筋力で恥ずかしいのと、ダブルの恥ずかしさで顔が真っ赤になった。
出血で体温が低下しているはずなのに頬が熱い。炎症も加わって痛いほどに熱い。
あたしが数秒で力尽き静かになったので、再度「重い」と文句を言ってから、リヒトは軽快な足取りで歩き階段へ向かう。
「ほ、ほんとにこのまま行く気か!?」
「そうだ」
「うそだろおおおお!」
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