第236話 詰問からの脱出⑪
続いて木こりの声が階段に響くと悪鬼がそちらへ振り向いた。振り下ろした斧が手からすっぽり抜けて壁に刺さる。動転しているのはいいが、あたしの頭上を斧が通った。高さ的に上半身起こしたとしても当たることはないだろうが心臓に悪い。
【なんだとおおおおお!】
悪鬼は炎の龍を放っておいて村人を押しのけて一気に階段を駆け上がって行く。村人たちも慌てて階段を駆け上がっていった。
よしよし。妻を助けに向かったみたいだな。
「旅の方を……炎から遠ざけねば」
「しかし村が……血が必要でもこちらの命が」
「しかしではない。血もだが、旅の方も命がある」
一度階段を上った村長と木こりの一人が急いで戻ってきた。
いいことを言っている風だが、所詮薬目当てだろう。あたしを気にしなくていいからあんたらもさっさと行け。
ゴウゥゥゥ!
天井や壁や床をを舐めるように這っていた炎の龍が階段へ一斉に向かうと、顔を覗かせていた村長と木こりが大慌てで階段を上がって消えていった。炎の龍はその後を追って全部出て行った。
地下室が静かになったので、あたしは上半身を起こす。
「なにはともあれ、助かった」
はぁ。とため息をはくと、あちこち燃えていた炎が急激に弱まり勝手に鎮火した。何事もなかったかのように薄暗い部屋に戻る。
一瞬幻覚かなと思ったが、燃えている匂いと煙が充満しているので現実だ。
どうやってコントロールしているんだか。
「さて、今のうちに逃げないと」
あたしはナイフの位置を確認する。荷物は台の上に全部あるようだ。手足首がロープで固定されているし、体の節々が痛いので、のったりした動きで台から降りようとして、
「いった!」
バランスを崩して床に落ちた。傷を負っている左肩を強打したので痛みも倍増だ。
「うー。泣きっ面に蜂だぞこれ……」
痛いと呟きながら手をついて起き上がる。
カツ、カツ、カツ。と、階段から降りてくる足音が聞こえて一瞬警戒したが、この気配はリヒトだ。
正直、ボロボロだから会いたくないな。
とはいえ、助けてくれたのだから元気な所を見せなければならない。
「ったく。間抜けが。見つかるなって警告したのに聞いていたのか」
階段を降りているリヒトの声だけ聞こえる。不機嫌を前面に出した声色だ。本人の独り言だろうが、あたしにははっきり聞こえるしダイレクトにメンタルに刺さる。
その通りだけどもっ!
あたしちゃんと避けようとしてたのに遭ったんだよ畜生っ!
でも結果的に見つかってしまった挙げ句このザマで。
うぐぐぐぐ。言い訳の言葉が浮かばない!
開けっ放しのドアから足先が見えた時に、微妙に恥ずかしさが込み上げてきた。
弱っていると思われたくなくて、本能的に立ち上がろうとしたーーーーが、足首縛られてるうえ足腰に力が入らないので。
勢いをつけたぶん後ろに沿ってしまい、仰向けに倒れて床に頭をぶつけた。
ドゴッ
「いって!」
「!?」
大きな音をたてながらすっ転んだあたしをしっかり目撃したリヒトは、部屋に入ろうとした足をピタリと止めた。驚いたように目を見開いて数秒固まっている。
あああああ失敗した!
恥を上塗りした!
恥ずか死ぬ!
間抜けな姿を晒してしまってあたしのメンタルが瀕死だ。
それでもこのままでいるわけにもいかない。
気を取り直してあたしは顔をあげてリヒトを見る。彼はなんとも言えないような複雑な表情をしていた。
と、とりあえず礼を述べよう。
「た、助けてくれてありがとう」
あたしの声を聴いたリヒトは悲傷したように顔を顰めながら、やれやれと肩を竦める。
「聞き取りにくい、必要以上喋るな」
普通に喋っているつもりだが、口腔が切れているので少々発音がおかしいみたいだ。
「さっき、その、声を上げたのは、こけたのではなく、体の動きの確認を……」
苦し紛れに言い訳をしたらリヒトが無言になった。視線が痛い。
「ええと、逃げるから立つ。動きが不格好だが、その、気にするな!」
「……」
冷ややかな視線が痛い!
負け犬がいい加減黙れって視線だけで伝えている。
座ったままじゃだめだ。立って歩こう。
まずは立つ。
ごろんと体を回転させて手をついて体を起こす。が、床に落ちている血でツルっと滑りそうになる。手首も縛られているのでバランスがとりにくい。
ね、寝転んでなるものか!
気合いをいれて腹筋を使おうとしたが、力を入れようとした途端、挫傷した筋肉に強い電撃が走った。
痛みに耐えきれず、丸まって呻く。
「ぐぐぐ。……ち、ょっと、待っ、てくれ」
「お前の相手は最後にしてやるから、そこでじっとしてろ。喋るな動くな見苦しい」
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