第235話 詰問からの脱出⑩
しかーし。村のために血を提供しながら生きろって言ってるんだけど。
人としての尊厳とか死んでる上、もうあたしは人じゃなくて薬の素材ってことね。
死ぬ病が蔓延しているのだから、残虐になるのは当然だと思う。
でも対話おろそかにしすぎてないか?
話せば解決する場面たくさんあったような気がするぞ。
まぁ、もうどうにもならないことだ。
とりあえず、もう少し生き長らえることが出来たから、あとは脱出方法を考えよう。
「さすれば……」
村長が悪鬼の腕からするりと離れると、あたしを示して黒い笑顔を浮かべた。
「この獲物の手足は折ってしまったほうがよろしいかと。固定するだけでは危うい。完全に動けなくしておかないと逃げられてしまいますじゃ」
あたしは獲物かよ!
村長、あんたが一番酷い!
憤りに任せてギロっと村長を睨むと、鼻で笑われた。
【そうだな。そうしよう】
あーもー最悪だ!
村長が的確に余計なことしてくれるんだけどっっ!
くっそ。
とりあえず手足もがれるわけではなく、折るだけならばなんとかなると思うしかない。
ポジティブに考えよう!
【そのまま押さえていろ。手から折る】
前腕部を掴んだまま木こりが左側に移動してスペースを譲ると、悪鬼はあたしの右手首を持った。
……手首か。
折られて適切な治療を行わないと、最悪固まって指や手首の運動が再起不能になる。
これ、手首足首やられる。
流石狩人。生殺しも得意かよ。
結構凹む。だがしかし、手足折られたとしても絶対に隙を見て逃げてやる。
そう誓いながら会っきを睨みつけたら、鼻で笑われた。
ムカつくっ!
【延命出来てよかったな。村のために役に立てる事を幸運に思うがいい】
「ぐっ!」
悪鬼が力を入れる。血が止まる感覚と弾け飛ぶような圧迫感と痛みが手首を襲う。骨がミシっと音を立てたので、あたしはぎゅっと目を瞑る。
悲鳴をあげるものか。
衝撃に耐えるため、舌唇を噛み締めて瞼を閉じた。
ゴォウ!
衝撃がくる。
それは想像してたのとは全く違って、瞼の上が赤い光に染まった。
目の前で閃光弾でも受けたかのような輝きが放たれると同時に、激しい熱風が体に叩きつけられる。
んんん、これ爆風だ。なんで?
「なんだこれは!?」
「あついいいい!」
【何が起こってる!?】
「いやあああ!?」
悪鬼たち全員がパニックになっている。逃げ惑うような激しい足音と悲鳴が地下室に響いている。
押さえてつけられていた圧迫感と、手首を折ろうとしていた力が消えたので、あたしは目を開けた。
「んな!?」
視界に飛び込んだ光景にびっくりして目を見開く。
先薄暗い灯りしか灯っていなかった地下室が炎に包まれて真っ赤に染まっている。
その原因は火の龍だ。幅二メートル、全長六メートルの炎の龍……トカゲに似た形で長いヒゲがあり額に小さな角が十個ぐらい突出している……が、壁や床を這い回り火種をあちこちに植え付けている。
炎は悪鬼たちに襲いかかるが、あたしは無視されている。
「これはまた……」
誰がやったのか直ぐに理解できたが、念のためそのまま台の上で大人しくしていた。
動いていないから襲わないのかもしれないし。
【なんだこれは! 邪魔だ!】
炎から逃げている村人達とは反対に、悪鬼は炎の龍を消そうと躍起になっている。
斧で攻撃しても空振りだったので、設置されている水瓶の一部をぶっ壊して壁から取り外し、そのまま投げつける。
水がないので意味がない。単なる礫攻撃は炎に全く効果がなかった。
悪鬼の攻撃をあざ笑うかのように炎の龍は分裂を始めた。しかも乗算。一体が二体。二体が四体というふうに。
段々小さくなるならまだ可愛いが、大きさそのままで増えるので、地下室が龍の住処みたいになっている。
ここは鍛冶屋の炉の中かな?
熱気が凄くて体中汗だくだ。喉が乾いてくる。
「ひい!」
「あつい!」
村長の足に、医者の髪に、木こりの背中に、悪鬼の額に飛び火していく。
村人達は熱さに悲鳴を上げ急いで階段を駆け上がろうと殺到するが、悪鬼だけは戦意喪失していない。果敢に炎の龍に立ち向かっていく。
あんたが早く消えろ。
心の中で毒づくと、一番に階段へ逃げた中年女性が戻ってきた。涙でぐしょぐしょになった顔に絶望の表情をプラスさせて悪鬼を呼んだ。
「ナ、ナルベルトさまぁ! む、村がああああ!」
「火の海なってる! 火事だああああ!」
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