第234話 詰問からの脱出⑨

 無意識につぶやいた言葉に耳を傾けた魔王は、あたしの体から手をひっこめ、物欲しそうな目つきになる。


【奇怪なことを述べる。我と相まみえたことがあるのか?】


 この話に頷くべきではない。


「噂話で、魔王は話が通じないと聞いたことがあったのでな。噂は所詮噂かと思ったんだ」


【ふぅむ。我を倒せる者が育っているということか。それは良き器だ。できれば我を求めてほしいものだ】


 魔王が感心したように喋るその横で


【早く、早く、血を】


 悪鬼の顔が痛みに呻くように左右に振れて無理やり言葉を話し出す。

 魔王の顔は眼だけ悪鬼の方向に動かすと、嘲るように笑みを浮かべたかと思えば、すっと目と口を閉じて寝ているような顔になった。

 表情豊かになった悪鬼は充血した眼球を隣の顔へむける。こいつら同時に喋れないのかもしれない。


【今は邪魔をするな。こいつを殺して、首を切って、血を沢山、はやくしなければ、妻が】


「おい。聞け馬鹿の方」


 呼びかけたら悪鬼があたしに視線を落とした。


「村を覆っている毒の霧も災いで風土病も災いだ。あたしの血で病だけ治そうとしても治らない。すぐ再発するは……」


【それがどうした?】


 悪鬼は理解できないとばかりに首を傾げた。


「はぁ。なんだ分からないのか。風土病はそれを起こしている魔王を倒さない限りいくら治療をしても意味がない」


 この病に対する処置ができたと気づかれれば、別のもっと厄介な病が蔓延するだろう。


「あんたとは違う考えをもつ魔王がいるんだ。そいつをなんとかしなければ、あんたのやることは無意味だ」


 魔王を倒さないと根本的解決にはならない、と他ならぬ魔王に言っている現状にこんがらがりそうだ。

 力の根源は一緒でも、扱う者によって考え方は千差万別。

 個人に憑依する魔王に連携などない。個人プレーで好き勝手やるということだ。


【ふむ】


 伝えようとした意味が全く理解できないようで、悪鬼は目を細めて眉をしかめた。あたしをバカの子と認定したような冷ややかな目を向けて首を左右に振った。


【妻が治ればそれでいい】



 まあ。想像通りの結果だ。

 思考が固定されて新たに受けられない。話が通じない極みだなこれ。

 ナルベルト自身が元々対話無理な輩だったから当然か。こんなんで話を聞くようなら最初から苦労はしない。


 うーん。この後どうしようかな。どうやって時間稼ぎしよう。

 闘気を練っているが、傷が多くてそこからするする抜けていくような感覚がある。

 案外、生命維持で一杯一杯なのかもしれない。

 しかし、もっと練らないと脱出どころか、斧の攻撃に耐えられない。


【話は終わりだ】


「っ!」


 悪鬼ははあたしの頭部を固定して首を傾けた。

 すっと斧の刃を首筋に当てる。

 その冷たさと皮膚越しに感じる鋭さに生唾を飲みこむ。

 ちょっと引っ掻かれただけでも大量出血免れないため動けない。


 誰かこの馬鹿を早く止めろ。

 非効率すぎるだろう。


【良い顔になったな】


 悪鬼はケタケタと笑い出すのでイラッとするが、正直、生きた心地はしない。

 表情こそ消してはいるが、あたしは完全に血の毛が引いて冷や汗を浮かべている。


「……っ」


 皮膚に刺さる刃の感覚が強くなった。

 そのまま刃が皮膚を切り裂く――――と思いきや。


「待つのじゃナルベルトさま!」

「その方法では血が無駄になります!」


 助手は「ダメ!」といいながら両手で斧の刃を持ち、自身の手が切れているのにも構わずあたしの首を守る。

 村長は「駄目じゃ!」と言いながら悪鬼が斧を振らないよう腕を抱き絞めて制止した。


 悪鬼は二人の行動の意味が理解できなかったが、振りほどいて強行しようとはしなかった。


【……無駄?】


 悪鬼は首を傾げながら斧を少し引っ込める。

 老婆が近くの小さな棚を漁りながら、早口で説明をはじめた。


「そのやり方は肉の臭みを取るための血抜きです! 飛び散って量が減りますし、周りに飛び散った血が使い物になるのかどうか分かりません!」

 

 老婆はチューブと針、そして太い注射器を取り出して悪鬼に見せた。


「確実に、血を無駄なく取り出すにはやはり、針とチューブで吸い取り出すのが良い方法かと!」


【……なるほど】


 医者に説得され悪鬼は斧をひっこめた。ついでにあたしの頭から手を離す。


「それに全部血を抜き取っても全員に足りません。ある程度血を抜き取り、生かしておくべきです! 食事を与え回復させれば、また血を利用できます」


【そうか。分かった。任せる】

 

 悪鬼は一歩身を引いた。

 村長と老婆と中年女性は悪鬼の強行を止めることに成功した。

 「喜んで」と老婆が深々とお辞儀をすると、村長と中年女性はほっとしたように胸をなでおろした。


 あたしはふぅっと安堵のため息をついた。

 彼らの自我が残っていて助かった。

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