第210話 疑心者は魔王に救いを求める②

 あたしは全員に聞こえるように声を張り上げた。


「分かっている。霧をなんとかしたいと思うのはあたしも同じだ!」


 っていうだけでは納得しないので、少しだけ真実を加える。


「あたしは足が速いし、少しだけ毒に耐性がある! 霧の隙間を走り抜けて突破するんだ! だから邪魔するな!」


 木こり達に衝撃が走る。


「毒に耐性?」


「そういえば、死んでしまったエンデも耐性があって、少しだけ遠くに進めた」


「しかし毒の耐性なんてレアな体質、そうそういないぞ。訓練でも会得できるのは少ない」


「でもあの子供の言うことが本当なら。毒に耐性がある者ならば、もしかして霧を抜けてくれるかも」


 衝撃から期待に変換されようとして、

 

「戯言を言うな! 霧は突破できない! それより質問に答えろ!」


 ナルベルトが否定した。木こり達はその声に冷水を受けたように静まり返る。


 あたしは盛大に舌打ちをかます。


「この石頭の頑固男! あんたと話すことなんて何もない!」


「こっちは大ありだ!」


 ブン

 

 小さな手斧を投げつけてきた。

 確実に背中狙いで仕留める気満々だ。

 

「はぁ? ふざけんな!」


 鞘をつけたまま手斧を弾く。走るのを止めた瞬間に距離を詰められた。ナルベルトがすかさず斧を振り下ろすので、あたしは鞘付きのまま受け止めた。

 

 「な、なんてことを」

 

 と、誰かが口にする。木こり達は血の気が引いて狼狽していた。


 はぁ。とあたしはため息をもらす。

 この一撃に殺意はない。動きを止めるだけが目的のようだ。だからまだあたしは本気を出していない。

 しかしこのまま攻撃するのであれば、手加減せず切り捨てるまでだ。

 

「これ以上の攻撃するなら、覚悟は出来ているんだろうな?」


 あたしが威嚇すると、ナルベルトは斧を下げた。


「お前の連れ、ローレルジ病が治ったらしいな。薬があるんだろう? 村の惨状を知ってなお、無視をするのか?」


 高身長で上から見下ろしてくる。目がギラギラ滾って怒りに燃えている。


 はぁ。とあたしはもう一度溜息をついて、刀を腰に戻し、すぐに抜けるよう構えてから、軽蔑の眼差しを向けた。


「村長といい、あんたといい、この村の偉いやつはまともに人の話を聞かないのか? あいつは病にかかっていない。打撲だ」


「嘘だ」


「納得のいく答えじゃなければ受け入れられないのか? 幼児じゃあるまいし勘弁してほしいぞ」


「本当の事を言え! 知ってるんだろ!? ローレルジ病の治療法!」


「知らない」


 我ながら凄く冷たい声が出たと思った。ナルベルトはビクッと震えて一歩後退る。


「………嘘だ」


「いい加減にしろ。知らないって言ってるだろ」


「いいや、絶対に知ってる」


 岩を噛むようにナルベルトは食い下がる。噛みつくような気迫があるが、その程度で怯むことはない。


 あーもう。どうやったら理解示してくれるんだ?

 そろそろ痴呆が入った老人を相手にしている気分になってきたぞ。


 「はぁ。ああもう。そう断言する根拠はなんだ。あんたがそこまで固執するに値する根拠はなんだ!」


「それは……っ」


 ナルベルトは言葉に詰まったが、


「根拠あれば吊るしあげて尋問してる。……勘だ」


 勘かぁ。良い勘だが追い回すのは傍迷惑だ。

 っていうか、根拠あれば吊るしあげるのか? 

 容赦ない。

 さて、あっちに聞く耳がないのでこれ以上の対話は無駄だ。終わらせよう。


「勘か。全く、勘で動いていいのは戦闘か狩りだけだ」


「この村に生きて来た時点で、お前たちには何かあるんだ。薬や対処法や、何かが……」


「申し訳ないが、何もないよ。運がよかっただけ」


「嘘だ」


「嘘じゃない。こう考えろよ。あたしは村へ到着したから、霧から出られるかもしれないって。危険な事を他人に任せればいいんだ。簡単だろう?」


「霧は突破できない! 薬を持っているお前は逃さない。この村から出さない!」


「突破するし、あたしは薬持ってないって言ってるだろうが! このままだと村は全滅だ! 緩やかに死にたいのか!」


「死なせたくないに決まっているだろう!」


 ナルベルトの目じりから涙があふれた。


「今、助けを呼んでも間に合わない。病を治す薬がないと、もう、もう……間に合わないんだ!」

 

 涙声で喋るナルベルトと少し距離を取る。

 

「だからどうした。それこれとは関係ない。あたしの邪魔をすることは、解決策を捨てるということだ」


 同情も共感もせず、淡々と対応する。他の者の目には冷徹に見えるだろう。


 あたしは小さくため息をついた。


「何度も繰り返すが。本当に。走っていて運よくここに辿り着いた。でも、あたし達が来たことで変に希望を持たせたのなら謝ろう。………此処に来るべきではなかった」


 心底そう思う。

 村へ行かず、森の出口へ引き返して、リヒトの治療をすれば良かった。

 そうすれば村の状態を知らずにすんだし、こんな風に押し問答をすることもなかった。

 これは選択肢を誤ったために起こったミスだ。


 ナルベルトが全ての感情を失くし口を閉ざした。

 静寂が辺りを包む。

 風が出てきて、草原の草が揺れ始める。

 

 木こり達は互いに視線をまじり合わせ、顎先で合図を送っている。送られた方は拒否するように小さく左右振り、送った方へ顎先で合図を返す。


 この状況をどう変えようか、誰が変えるべきか押し付け合っているようにみえた。

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