2-9ヂヒギ村の惨劇:動

狂気の同調

第209話 疑心者は魔王に救いを求める①

 急ぎ足で門へ向うあたしの目には、穏やかな時間が流れている村の風景が広がっている。

 本当に、見た目だけは穏やかだ。

 

 お願い、目を覚まして!

 死なないで。ああああああ!


 人が住む場所から薬湯の匂いを漂わせ、道を通っているだけで、誰かの嘆く声が聞こえてくる。


 こんな時は聴力が良いのが仇となる。

 窓をしっかりと閉めているにも関わらず、悲痛な叫びがあたしに届く。

 他人事であるにも関わらず、少々胸が痛い気持ちになる。


 チラッとチラッと、すれ違う老人達から訝しむような視線がくる。

 笑顔も挨拶も何もない。物言いたそうなねっとりとした視線がくるだけだ。

 自分たちに力がないため、我慢しているようにも見えた。


 これは……リヒトの件が村中に伝わっていると考えていいだろう。


 どんな情報網をしてんだこの村!?

 感心するわ!


 あたしは周りを見ずに、真っ直ぐ出入り口の門まで歩いた。旅人の服だけで目立つのだ、駆け足だと悪目立ちしてしまうだろう。







 極力平静を装いながら、誰にも声をかけられることなく、出入り口付近に到着した。

 あとは草原越しにそびえる門を通り抜ければいいだけだ。


 うん? 門が開いている。木こりが外に出ているかもしれない。

 万が一にも出遭うのは厄介だ。

 どこかに身を隠そうとするが、隠れられそうな木々は塀沿いにあり、ここからでは少し遠いが、走って一度様子を伺うために身を隠そう。


 そう思った矢先に、門から数人が入ってきた。

 若い男性の集団で全員上下の茶色い服を着ており、斧やら剣やらナイフやらを携えていた。

 その中にナルベルトとティンモの姿を見つける。

 間違いない、木こりたちだ。

 

 咄嗟に茂みで身を隠すが、草の背が低すぎて完全に隠れられない。なんとか全身を隠そうと地面にゆっくりと伏せる。


 うーん、嫌なタイミング。


 全員で七人。門の前に陣取り、地図を見ながら話し込んでいる。


 さて。どうしようか。動けないぞ。


 木こりたち全員が腕に覚えがある雰囲気だ。リアの森生息する獰猛な獣や妖獣を狩っているからだろう。本来なら感心するところだが、今はそれが口惜しい。


 なるべく気づかれないように息を潜め、彼らの次の行動を待った。


「なんだ?」


 不意にナルベルトが地図から視線を離し、草原を見渡す。


 バチっと目があった。


 あっちゃー。見すぎてバレたみたいだ。

 草原や物陰の獲物をよく狙うのだろう。腕がいいなぁと感嘆しつつ、あたしは次の行動を考える。


「誰だ! そこに隠れているのは! 姿を現せ!」


 ナルベルトが叫びながら斧に手をかける。他の木こり達も武器を手に持ち、地図を持っていた木こりは即座に畳んでポケットにしまい武器をとる。


 隠れているのはマズイか。

 

 あたしは茂みから立ち上がり、体についた葉っぱ土を払い落とす。

 

「お前……」


 明らかに渇望する表情を浮かべる斧男ナルベルト。ティンモがナルベルトをチラッと見て止めようか迷った素振りをする。他の木こり達はあたしを見て訝しげな表情をした。


 あたしは声を張り上げて彼らに話しかける。


「隠れてて悪かったな。実は今から村を出て助けを呼ぼうと思ってたんだが」


 言いつつ、ナルベルトを示す。


「あたしはそこにいる耳なし男が嫌いでね。遭遇したくなかった……」


「聞きたいことがある。そこを動くな!」


 あたしの言葉を遮って、ナルベルトは大声をあげ一喝し、全速力で駆け寄ってきた。

 狂気に満ちたように目を爛々と輝かせ、怒りに打ち震えた恐ろしい形相を浮かべる。

 

 あたしと話をしたいのか、八つ裂きにしたいのか、どっちなんだろう。

 とりあえず命の危機を感じる。あいつを振り切って門へ向かうか。


 あたしがナルベルトを距離を取り始めると、彼は苛立ちを露わにした。


「何故逃げる!」


「あんたとの押し問答は一回で十分だ!」


 他の木こり達は困惑気味にナルベルトの行動を見守っている。事情を知らないようだ。

 このまま追ってくるのが一人であれば、楽に振り切れるのだが。


 五メートル後方から盛大な舌打ちが聞こえた。


「お前ら何をぼさっとしてる! 捕まえるのを手伝え!」


「え、え?」

「なんで?」


「いいから手伝え!」


 困惑していた木こりが彼に協力する。ゆっくりと包囲網をかけてきて、あたしの逃げ場を削る形で妨害してきた。


 右に動けば一番近い進行方向の二名が間隔を狭めながら近づいてくる。左に動けば同じく進行方向に近い二名が間隔を狭める。

 等間隔に立ち位置を決め、あたしの動きを読みながら判断しているようだ。反射速度も悪くない。


「やっぱりリーダーの掛け声に従うか。なんとか煙に巻きたいところだが無理かも……」


 それなりに実力がある者の集団だ。

 怨恨を大いに残すだろうが、強行突破を視野に入れなけばならない。

 いや、それよりも。

 一度住宅区へ戻って彼らの追跡を回避してから、門へ行く方がいいのでは?。

 でも、門を見張られると、やはり武力行使だ。


 どっちにしようか迷っていると


「お嬢ちゃん! 待って!」


 と、大声だが柔らかい口調でティンモに呼びかけられた。

 

「俺達、さっき森から戻ってきたんだ! 霧が囲っている。今は危険だから出ちゃ駄目だ!」


 ティンモの表情に嘘は読み取れない。彼の言葉に他の木こりも頷く。ナルベルトだけが敵を射殺すような視線を向けていた。


 うーん。

 対話が可能か試してみるか。

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