第208話 旋回する質問と渦巻く暗鬼⑮


 押し黙った村長の視線がスッとあたしに向かう。

 ターゲットをこっちに変更してきたな。

 残念ながら、自分の身が可愛いので、絶対に言わないし教えないし同情しない。

 

 あたしは首を左右に振る。


「あいつは打ち身だったんだ。だから何もないだろう?」


「っっ!」


 村長は一気に老けた様相になった。

 心臓発作を起こしたように体を小刻みに揺らしながら、床に伏して項垂れて、嗚咽を混じらせながら泣き始める。


「……うっ。ううっ。うう……」


 背中が小さくなった村長に、他の老人達が優しく背中をさすった。彼らも涙が頬を伝い、鼻をすすっている。


「しっかりせえ。あんたがそんな事でどうする」


「大丈夫じゃ。大丈夫じゃ」

 

 リヒトは冷たい眼差しのまま、床に丸くなる村長を見下ろした。


「今日中に出発して綺羅流れに連絡を取る。解決方法はそれからだ。先は長いから覚悟しておけ」

 

「お願い、します。ううう……連絡を……お願いします。病から若者を……助けて……どうか……どうか」

 

 マーベルに話しかけた時と雲泥の差である。

 気持ちはわかる。あそこまでやらないとこの村長、決してあきらめないだろう。


 それにして、一切心を動かさないの凄いなぁ。

 どんな経験詰めばこんなふうになるのか。


 老人達は一階にいた村長の妻を呼び、妻が夫を宥めて立ち上がらせる。


「う、ううう……」


「お騒がせしました」

 

 大粒の涙を零している村長は妻に連れられ部屋から出ていった。

 残った老人と老婆は謝罪しつつ弁解を述べる。


「申し訳ない。村長の孫がもう、いつ事切れてもおかしくない状況で……」

 

「助けを呼びに行ってくれるならお願いします。どうか儂らの大切な子供と孫を助けてください」


「分かっている。だから俺達の邪魔をするな」


 凛とした姿勢でリヒトは老人達を宥めた。

 頼みます、頼みます、と老人達はあたし達を拝んでから、部屋の外へ出ていった。






 ドアがパタンと閉まってから、あたしは深いため息を吐きだす。


 この村人達はもう限界だ。

 旅人二人が来ただけで、何か違う事が起きただけで、過剰な期待をするほど、もう精神が狂う寸前なのだ。


 いや違う。

 あたしは頭を振る。


 彼らの態度は正常だ。

 どこにも行けない毒の霧からやってきた旅人に、過剰な期待をして何が悪い?

 風土病に罹ったのに一晩で治ったなんて、奇跡を見た様だっただろう。

 いつも病を見ているから症状を間違えるはずがない。そう思うのは当然だ。


 だからこそ、教えられない。


 風土病の原因を教えた場合の危険性も然り。

 万が一にも風土病の対処法を知ってしまったら、薬を知ってしまったら、あたしは村人の治療のため殺されてしまうだろう。


 ゾゾゾゾと背筋がまた冷たくなる感覚を味わい、無意識に自身を抱き絞めていた。


「はあ。めんどくせぇ。ここの村人狂ってやがる。あれはもう、何を言っても駄目だな」


 リヒトが呆れた様に毒づいた。

 この平然とした態度。恐れも恐怖も抱いていない様子に、胆力が凄いと改めて感心する。


 あたしはもう一度息を吐いて冷静さを取り戻す。

 霧とローレルジ病を解決するため魔王を倒しに向かわなければ。


 リヒトはあたしに向き直った。


「お前は今から、極力誰にも会わずに村を出ろ」


「誰にも会わず……夜なら兎も角、陽が高いからなぁ。出来るかなぁ」


「無理でもやれ。村長の耳に入ったのなら、村中に広まるのは時間の問題だ」


「ということは、あいつも」

 

 ナルベルトが知ったならば、血眼になってあたしを探すはずだ。

 村長以上に話が通じない相手だ。見つかれば完全にバトル案件になる。


「これ以上説明いらないだろ。まさかと思うが、理解できていない、ってわけはないよな? いくらなんでもそこまで馬鹿じゃねぇよな?」


 くっそ。小馬鹿にされた。

 喧嘩する時間惜しいから見逃してやる。


「必要ない。分かってる」


「俺は少し村をチェックする。調べれば埃が出そうだからな。一時間後には森に向かう。霧が発生した方向に行ってろ」


「んー。あたしの居場所分かるのか? って聞きたいが、合流するのは妙に得意だから大丈夫か」


「御託は良いからさっさと行け」


「はいはい。じゃぁ、あとで」


 あたしはリュックを背負うと、リヒトは珍しく小さな独り言を呟いた。


「こんなに早く混乱が起こるなんて、甘くて見ていた」

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