第207話 旋回する質問と渦巻く暗鬼⑭

 朝食を終えすぐに部屋に戻ると、リヒトは急いで荷物をまとめるように指示した。

 珍しく焦っている様子に、理由を聞こうとするも時間が惜しいので後と言われてしまう。

 後で理由を話せよ。と念を押し、身支度を整えること10分。

 いつでも出発できるようになったタイミングで来客が来た。


「旅の方!」


 村長の声だ。

 おい、ちょっと待て。どこで話を聞きつけた?

 まだそんなに時間経過してないよな?


 トントンと乱暴にドアが叩かれると、リヒトは嫌そうにドアを睨んだ。


「くっそ。ここの伝達速度速すぎだろ」

 

 どうする? とあたしが聞くと、彼は深呼吸して苛立ちを抑える。


「追い返す」


「じゃ。開けるぞ」


 鍵を開けると、村長はあたしを押しのけるようにズカズカと足音を響かせ、息を荒げて部屋に入ってきた。

 走ってきたようである。足腰強いな。


「落ち着きなさい村長!」

「村長! ちょっと待たれよ!」


 村長の後から見知らぬ老人と老婆の二人がオロオロしながら入ってきた。


「口出しせんでくれ!」


 村長の剣幕に負けて、彼らはそれ以上強く言うことが出来ない。お互いの顔を見合わせ困惑する。

 村長は真っ直ぐにリヒトに向かって歩いていく。おおい、老人の速度じゃない。


「旅の方! 腕は!? 腕を見せてもらっても!?」


 リヒトは凄く拒否したい表情をするも、村長に詰め寄られ観念した様に手の甲を見せた。

 村長は両手で薄くなった湿疹を穴が空くほど見た後、おもむろに腕の袖をめくった。

 今度ははっきりと、リヒトに拒絶の表情が浮かぶ。

 

「なんと……まさか」


 何もない綺麗な腕をみて、村長は驚愕しながら食い入るように彼を見つめる。


「いい加減離せ」


 パッと乱暴に腕を振り払う。

 村長は固まっていたが、我に返るとすぐにリヒトの両腕にすがるように握った。


「薬があるのですか!?」


「打ち身だって言っただろう」


「そんなことは、見間違えることなんて……薬があるんですよね!?」


「お前の見間違いだ」


「そんなことは!? そんなことはない! 見間違えなんて! そんなことは! く、薬、薬を分けてください!」


「いい加減にしろ!」


 業を煮やしたリヒトは乱暴に村長を振り払った。


「う!」


 弾かれ尻もちをつく村長に三人の老人が駆け寄って、大丈夫? と声をかける。

 立ち上がる手助けをしようと体を掴む老人達の腕を振りほどき、村長は尻もちをついた姿勢から土下座になり頭を下げた。


「どうか、どうか薬を分けてください!」


 周りの老人たちは困惑した。

 あたしも困惑している。

 

「このままでは子供が、若者が、全て死んでしまう! 老い先短い老体を残し死んでしまう! 今ならまだ間に合います! 子供達や孫が助かるならなんでもします! どうか。どうかお助けください!」


 悲鳴をあげて懇願する姿を、あたしは静かに眺める。

 薬が分けられるタイプであれば力になれるが、村人全員となると手も足も出ない。縁も所縁もない人間に、命を捧げることは到底できない。

 あたしの選択は『見捨てる』だ。


 リヒトは村長を見下ろす。軽蔑な眼差しのまま冷徹な態度を崩さない。


「ない物はない。帰れ」


「いいえ! 帰りません! 薬を御恵み下さい! 村をお救い下さい!」


「俺達には救えない」


「そんなことは、そんなことはないでしょう!? 現に貴方様は治ってらっしゃる! なにか、何かあったのでしょう! それをどうか教えてください!」


 村長。と呟きながら、老人達が涙を浮かべて見守る。同じ気持ちの為、止めようにも止められないのだろう。声に出さなくても伝わる。その視線が訴えている。


 病気の者を助ける事が出来る、何かがあるんでしょう? と。

 

「どうか。どうか……」


 同情を誘う村長の姿を見ても、リヒトの態度は変わらないばかりか、ますますその目に嫌忌けんきの色が強くなる。


「いい加減にしろ! 認めないから捻じ曲がるんだ!」


 リヒトは村長に向かって冷然れいぜんと言い放った。


「ねじ曲がった物を正当化した結果、歪が出来てこのざまだ! 言葉を否定し続けるのならば会話する価値はない! 対話を捨てたお前らに届く言葉なんて、何一つ持ち合わせていないんだよ!」


 村長だけではなく、他の老人達も目を見開いてリヒトを凝視した。

 あたしにはちんぷんかんぷんだが、村長たちに何かを思い出させたのは間違いない。

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