第205話 旋回する質問と渦巻く暗鬼⑫
翌朝、朝日と同時に目を覚ますとリヒトは寝ていた。特に声をかけずに食堂へ向かう。
今日の朝食はなんだろうと思ったら、まだマーベルは料理を仕込んでいた。ちょっと早く起き過ぎたようだ。
あたしに気づいたマーベルが深い皺を作りながら笑みを浮かべている。
「おはようございます」
「おはよう」
「すいません、まだ朝食は出来てないんですよ」
「大丈夫。今日は早く目が覚めてね。ここで待っててもいいかな?」
「そうしてくれると助かります」
マーベルが調理場へ引っ込んだのであたしは食堂のテーブルへ適当に座った。ぼんやりと昨晩を思い出す。
あいつ、やっぱ勘がいいんだよなぁー。
最初から睡眠薬盛っておくんだった。
手順を間違えた事に後悔する。
マーベルは心配そうにこっちをチラチラ見て、出来上がった品から急いで持ってきてくれた。
よほど腹を空かせていると思われている。
どんな顔してたんだあたし。
「すぐできたのはこれとこれ」
焼きたてのクルミパンとジャムを置いてくれた。とても良いにおいがする。
「お腹空いたでしょ!? もうちょっとで出来上がるから、待っててね!」
パタパタと急いで戻っていった。その背中を目で追うと
「どうやら空腹で倒れそうって思われたらしいな」
リヒトが声をかけてきた。
彼は旅の服に着替えており、足取りも軽やかだ。
沢山空いている席があるのに、同じテーブルつき、わざわざあたしの前の椅子に座った。
話があるようだ。
「おはよう。気分はどうだ」
声をかけると、リヒトは腕の袖をめくった。湿疹が消えて皮膚の色合いも元に戻っている。
あたしが確認し終わったのをみて、すぐに袖を元に戻す。
「一晩で消えた」
「よかったな」
「………ああ」
腑に落ちないという表情を一瞬するも、すぐに元の無表情に戻る。
そのタイミングでマーベルがあたしの朝ごはんをトレーに入れて戻ってきた。
チキンのスープと野菜サラダ、スクランブルエッグ、卵のサンドイッチ、スコーン、くるみパンとジャム。
食べれるけど品数多すぎだろ。作るの大変だろうし、どんだけ食べると思われてんだ。
「これで足りますか?」
「十分すぎる。用意するの大変だっただろう」
「とんでもない。村の者が大変失礼しまして。こんなものでしか誠意をみせられず。宜しければ沢山食べてください」
「気にしなくて良かったんだが、有り難く頂く」
ルンルン気分でスープを飲み始める。
味は美味しいんだよなぁ。
あたしがニコニコしながら食べているのを微笑ましく眺めてから、マーベルはリヒトに向き直った。
「おはようございます。村長から聞きました。ローレルジ病を罹ったそうで。この宿で最後まで看取るように言われたんですが……動いで大丈夫ですか?」
リヒトは少し沈黙して「ああ」と答えた。マーベルは病に語ろうとしたが、それを制して、リヒトはあたしの半分くらいの量の朝食を持ってくるように頼む。
マーベルは残念そうに調理場へ戻った。
あたしはまた老婆の背中を見送る。
「宿で看取るねぇ? 村長は気が利くのかな?」
年齢を考慮して薬湯を用意した事を考えると、親切な部類であるとは思う。
「さて、どうかな?」
リヒトは窓から見える村の風景を凝視しながら答えた。眉間に皺が寄っている。色々考え事をしているように一点を見つめて動かなかった。
「それは隠すほうがいいか?」
先程、病について否定しなかったので、小声で問いかける。
「ああ。面倒が増える」
ここで病が治っているとバレると厄介と判断したみたいだ。
リヒトは
「今回の問題は人間だ」
「それは……」
「はい。待たせましたね。どうぞ」
リヒトの言葉の意味を問う前に、マーベルが朝食を持ってきたので口をつぐむ。
テーブルに料理を置いたマーベルは今度は直ぐに去らず、リヒトの右横へ移動すると椅子に腰掛けた。
「旅人さん。やせ我慢しちゃいけませんよ。かかったらすぐにだるくて体を動かすのが辛いんです。食事が終わったら部屋で休んで下さい」
マーベルは心配そうにリヒトの顔を覗き込むが、彼は我関せずでモクモクと食べている。
「ショックなのは解りますが、受け入れて治療を行わないといけませんよ。湿疹は3日で手足全部を覆い……」
マーベルの言葉が止まった。その表情は驚いていり。
リヒトは食べる動きを止めた。しまったと一瞬表情が歪む。
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