第204話 旋回する質問と渦巻く暗鬼⑪
目を瞑って、次に目を開けたら真っ暗だった。
カーテンからの光もなく、灯も消えてほぼ暗闇だ。
予定通り深夜に目を覚ましたあたしは、寝たままの体勢でリヒトの呼吸のリズムを確かめる。
規則正しい寝息が聞こえる。
寝入って時間が経って居ればいいんだが。
念のためにそのまま三十分ほど様子を伺うが、変化が無いので寝入っていると判断する。
枕に忍ばせてあったナイフを取り慎重に起き上がる。布団の音は寝がえりのように誤魔化しながら、静かに床に立ち足音を殺しながら近づく。
さて、どこを切ろうかな。
前に傷をつけた腕はシャツで隠れてしまったし、手の甲に傷をつけるのは目立つ。
やっぱり前に傷をつけた場所かな?
丁度布団から腕が出てるから、捲ったりする手間はあるが、まだ切り口が治り切っていないので誤魔化せる。
流石に手当の度に別の場所を切るのは忍びない。
うーん、でも切りつけたら絶対に目が覚めるよね?
睡眠薬盛っていれば良かった。
でも万が一何かトラブルがあった時に、起きれなかったらこいつが危なくなるし。
あ、そうだ。手刀で気を失わせよう!
血のにおいに敏感だったらいけないから、あたしの手を切るのは、気を失わせてからにしよう。
よし、決定!
方針が決まったと同時にリヒトのベッドに到着した。
寝息は規則正しく、こちらに背中を向けている。丁度いいこのまま手刀で首に当て身を。
「おい」
リヒトは呼びかけながら寝返りをしてあたしの方に向き直り、すぐに体を起こした。
ノーモーションだったから少し驚く。予想以上に気配を察知する能力は高かったみたいだ、しまったな。
「……なんだ、狸寝入りかよ。ビックリした」
「言っとくが、先制攻撃をしなかったのは、お前に殺気がなかったからだ」
「そりゃどーも」
「俺に何をしようとした?」
怪訝そうな表情を浮かべているが、その瞳からは苛立ちと疑念が隠れていない。
「……」
あたしの心音が激しく鳴り響く。
寝こみを襲おうとしてバレたから心拍数が上がっているのではない。
自分の秘密を話して良いのかどうか迷っている。
嘘八百で突破できる相手でもなし、喋ると秘密がバレてリスクを負うことになる。
彼を信用するか否か。
そして彼もあたしを信用するか否か。
ここで止めれば病の治療ができずに、リヒトが戦闘で使い物にならないどころか、この世から去ってしまうだろう。早々にリタイアされて一人で災いを倒すのは、正直至難の業だ。
なんだかんだで、彼はあたしの欠落している部分を補ってもらっている。一人になったら災いを放置というのも手だが、互いの親がそれを許さないだろうし、一生額を隠しながら暮らすのは勘弁願いたい。
「……」
あたしは手の平に汗が浮かぶのを感じながら、数秒迷った。部屋が暗くて助かった。困却した表情になっていただろうから。
「あんたの治療をする」
あたしは意を決した。
勘の鋭いあいつならそのうち隠していても気づくだろう。ならば悪用されないようこちらで監視するまでだ。
「一切説明しない。あたしが今からやることに意を唱えるか唱えないか。抵抗するか、大人しく見ているか。選ばせてやる」
リヒトの机に置かれている灯をつける。シルエットがうっすら浮かび上がる程度の光源だ。彼は困惑した様にこちらを睨んでいる。
「袖から腕を出して。傷があるでしょ? そこを使う」
ここで指示に従わないならそれまでだ。あたしは何もしない。
「………わかった」
リヒトは疑念を残しながらも素直に指示に従い、袖をめくって腕を出した。湿疹が二の腕まで広がり、一つ一つが手の平ぐらいの大きさに成長していた。自分の腕をみてリヒトは舌打ちをする。
「で? 今度は?」
「そのまま、動かない事」
言いながら、あたしは自分の手の平をナイフで軽く切り裂く。傷から血が滲み出ている。
「え?」
リヒトはぎょっとして少し固まっていた。
「腕軽く切るよ」
「いって!?」
ナイフで切って傷口を開き、あたしは血が滲む手の平でその部分を握り締めた。
腕を掴むと、リヒトの腕が逃げるようにビクっと動いたので、あたしは静かにじっとするように告げた。
「動かないで。数分で済むから」
「………」
真面目に答えたのが功を奏したか、リヒトは動かずにじっとしてくれた。
二分ぐらい経過して手を離し、ポケットに入れていた血止め薬を取り出し彼の腕に塗りこむ。
「いててて」と小さく悲鳴が聞こえたが無視して、あたしも自分の手に血止めを塗る。ハンカチで手の血を軽く拭き取り、ポケットから包帯を取り出し、リヒトの腕に巻いた。
「はい、完了」
そのまま辺りを見回す。シーツや床に血は落ちていないみたいだ。落ちてたら明日洗おう。
「一体何をしたんだ?」
痛そうに腕を押さえつつリヒトはこちらを睨んでくる。あたしは憮然と見下ろしながら肩をすくめた。
「多分、朝には湿疹治ってるから、上手い言い訳を考えといて」
「は?」
「あんたの事だから、意味はすぐ気づくだろうけど、気づいてもあたしに聞かないで欲しい」
言いながら、ちょっと手が震えてきた。
自分の特異体質がバレたかもしれない恐怖が、今更ながら襲ってくる。
それでも表面上は平然として、灯を消しながらリヒトに背を向けて自分のベッドへ潜り込んだ。
リヒトは何も言わなかったが、あたしが寝落ちするまでずっとこちらを見ていたように思う。
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