第203話 旋回する質問と渦巻く暗鬼⑩


 気づいたから別々に取り直しても良かったけど、この村で独りにしておくのも、独りになるのもヤバそうだと思って、同室のままなんだけど。


 それってどうなの?


「…………」


 あたしの頬が少し熱を帯びてしまったような感覚がする。

 急に気恥ずかしくなった。意味もなく恥ずかしくなった。

 

 そして動揺した。

 少しだけ手が震えて粉を落としそうになったが持ちこたえ、最後の調合を終えた。

 深呼吸をしながら丁寧に仕舞って、リュックの荷物チェックを行い、今夜使うナイフを枕にそっと忍ばせる。


 これで準備はできた。

 あとは……シャワーを浴びて気を取り直そう!


「風呂に入ってくる」


 「どうぞ」とリヒトから素っ気ない返事がきた。


 さてと。支度を…………


 あたしは鞄から着替えを一式取り出そうとして、少し躊躇う。着替えには下着も伴うことを思い出したからだ。


 いやいやいや!

 下着はタオルとか服で隠せばいいし、恥ずかしくなる意味ないって!

 

 リュックから手を突っ込んだまま固まっていると


「おい」


 思考中に急に呼びかけられ内心ドキっとした。が、平静を装って「なんだ」と振り返った。

 リヒトはタオルを机に置きながら浴室のドアを示す。


「洗濯物干すのはいいが干場が悪い。水に濡れる位置に干すな。乾いていたから畳んでタオル置き場に置いといたぞ」


 少し呆れながら説明してくれるが。

 ちょっと待て。

 今、なんて言った?


「畳んだ……?」


「そうだ」


 干していた福を思い浮かべる。確か。リヒトの服一式と、あたしの服一式、勿論、下着も含まれている。

 そうか、畳んだ、のか。

 あたしの下着も畳まれたの、か?


「全部?」


「全部。濡れたら意味がないだろ?」


 リヒトから至極当然のように言われた。


「そうか…………」


 干しっぱなしだったの忘れてた!

 年頃の少女がやっちゃいけないことしちゃった!

 同室だったのに忘れてたわ!


 羞恥心が沸き起こり固まったが、幸運な事に真顔を保てた。


 これで真っ赤になったらリヒトが困惑する! 

 あっちは親切心だったんだろうし! 

 寧ろあたしが女として認識されていないって事が分かってある意味安心したし!

 とはいえ、ちょっとショックだ!


 結構間を空けて、あたしは服をタオルで包んで立ち上がった。数分の間に色々メンタル砕けた。


「あー……りがとう」


 まだ声に動揺が残っているが、リヒトは気にしていないようだ。「ついでだ」と言いながら手帳に何か書いている。


 ついでに私の分まで整頓してくれるのは如何な物か。

 と一瞬思ったが。


 話を蒸し返しても仕方ないし、蒸し返すと気恥ずかしさがまた復活しそうだし、リヒトは平然としていたし、もう深く考えるのやめよう。


 その場で立ちすくんでいたら、リヒトがシッシと追い払うように手を動かす。


「風呂入れよ。汗臭い」


「そー……させてもらう」


 あたしは考えるのをやめて浴室へ向かった。

 タオル置き場に、本当に、丁寧に、あたしの服と下着が畳んである上、ご丁寧にタオルで隠されてあった。

 あいつに姉か妹がいるのかなと思いながら、こんな失態二度としないと強く心に誓った。



 入浴を終える頃には気恥ずかしさも収まり、体も頭もサッパリした。睡眠準備するのと同時に荷物をまとめる。これでいつでも出発できる。

 

 リヒトは逆に荷物を出して買い足すか否かを考えているようだった。

 あたしはその姿をぼんやり眺める。


 ざっと見るとノートや本や鉱石が多いなぁ。ノートは何かのメモに使い、本は小さい図鑑みたいな感じだ。

 手持ちの鉱石は種類が多そう。

 そういえば、リヒトの荷物の中身、こんなにじっくり見たことないな。


 見ていたら視線に気づいたか、話かけられた。


「この村、そんなに物資なかっただろ」


「ああ。あたしが行った時は食料くらいしか売ってなかった。前は高価な物や貴重な鉱石も取引されていたんだが、霧のせいで取りに行くことも、獣を狩りに行くことも出来ずに、売れる品は殆どないと嘆いていた」


「なら買い足す物は特になし。昼にお前に食料買ってきてもらったから、今の量で十分」


リヒトはリュックに荷物を入れ始めた。


 ふむ。あいつがよく買っている味を選んだから、文句は言われなかったな。

 さて。そろそろ寝るか。


 あたしが布団の中に入ると


「寝るなら大元の灯消すぞ」


 彼は部屋の中央の灯を消す。

 一瞬真っ暗になったが、リヒトはすぐにベッドの傍にある小さな光輝石ランプをつけた。薄暗い光が手元を照らしている。

 あたしは布団に包まりながら薄暗い灯に目を止めた。

 リヒトはノートを机に置き、何やら記入し始めている。一体何を書いているのか興味が湧いた。


「それ日記?」


「みたいなもんだ。出会った災いについて記しておいて、傾向や対応を考えるヒントになればいいと思っている」


 なるほど。

 あたしには無理だな、三日坊主で終わる。


「お前には期待していない」


「なにが?」


「別に」


 急に的確なツッコミやめてほしい。

 まぁいいか。いつもの事だ。

 それより、書くならもっと明るいほうがいいだろう。目が悪くなる。


「明るくても寝れるから、書き物するなら中央のつけていいよ」


「薄暗いほうが集中できる」


「あっそう。おやすみ」


 あ、また言ってしまった。

 普段の癖で声をかけてしまう。


 最初の野宿の時からずっと、寝るときは声をかけているんだが、いつもリヒトから返事はない。

 朝の挨拶も返ってこないが、習慣がないんだろうなと思って特に気にしてない。

 するなとは言われてないから、諦めてもらおう。

 案の定、挨拶は返って来なかった。

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