第202話 旋回する質問と渦巻く暗鬼⑨

ドアが閉まってあたしは肩の力を抜く。

 村長ちょっとどころではなく、不気味だった。


「ったく。俺の手を触りやがって、気持ち悪い」


 リヒトはシーツに手をこすりつけている。


「災難だったな」


「全くだ」


 シーツで手を拭いたリヒトは大きく背伸びをして、「あー。疲れた……」と眉間に皺を寄せる。


 窓をみると日が暮れかけている。かなり長い間、あいつら部屋に滞在して喋っていたみたいだ。そりゃ酷く疲れるわけだ。


 あたしもベッドに腰を下ろして首をパキパキ鳴らす。体をほぐしたところで、リヒトが自分の手の甲をじっと見ていると気づいた。


 「気になる?」と呼びかけると、「一応」と返事が返ってきた。

 

「それ問題ない」

 とあたしは手を振る。


「明日には消えるように手を打っておいてやるから、今晩はしっかり休め。明後日出発するんだろ?」


 リヒトは手を見るのをやめた。


「まぁ、俺が使い物にならなくなったら、お前一人で退治してもらうからそのつもりでいろよ」


 少しだけ気落ちしているように感じる。

 あたしはやれやれと首を振った。


「それはキツそうだから、手伝ってもらう」


「今後の体調によりけりだな」


 毒づいているが少々元気がない。

 そりゃそうか。

 村長不気味でちょっと怖かったから、それが尾を引いているのかも。


 そう考えた途端、リヒトが怒鳴ってきた。


「体調によりけりだって言ってるだろーが! 諦観している奴を怖がるわけないだろ!」


 何も言ってないっつーの。


 半眼で眺めながら腕を組むが、あたしは少しだけ口元に笑みを浮かべた。


 的確にツッコミが出てきたようなので、体調は戻ってきているようだ。ツッコミのキレ味で体調の良し悪しを測るのもどうかと思うが、彼も場合はこれが一番わかり易い。


 「安心した」と小さく呟くと、リヒトは少々ムッとしながら「何が?」と返事を返して、無言になった。

 何故か視線が刺さる。

 言いたいことがあるが口に出すのを迷ってるようだ。

 その時、あたしの空腹を訴え、ぐぅぅぅと鳴いた。

 なるほど。と、彼の視線の意味を理解した。


「そうか。腹減ったんだな!」


「は?」


 きょとんとして呆けた声を出す。

 これは余程空腹とみた。遠慮せずに言えばいいのに。


「夕食頼んでくる。ちょっと待ってろ」 


 ベッドから立ち上がりドアへ移動しドアノブを回した所で、リヒトが「……………ああ」と拍子抜けしたように頷いた。


「本調子になるまでは面倒みてやるよ。前の魚の件の借りを返しているみたいなもんだ」


「そうか」


 と小さく返事をして軽く瞼を落とした後、リヒトはしれっとした表情になって一言。


「じゃぁ、腹減った。さっさと飯持ってこい」


「なんでいきなり命令なんだよくそが!!!! 可愛くねぇ!!!!! やる気そげる!!!!」


「そげろ」


「そげまくりだ!」


 あたしは毒づきながら部屋を出た。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 食堂へ行くとマーベルの姿はなかったが、食事はできていた。手間が省けて助かると食器に料理を盛り付けてトレーの上に置く。それを二つ同時に運ぶため、それぞれ片手で持ちバランスを保ちつつ部屋へ戻る。


 二の腕にトレーを乗っけてドアを開けると、リヒトが度肝抜かれたような表情をした。


「飯危な! なんで一個ずつ持ってこないんだ!?」


「そうか! その手があったか!」


「馬鹿の手本か!」


 しっかり罵倒しているが、トレーを取りに来ようとはしなかった。


「いいじゃない別に」


 と返事をしてから、トレー差し出す。受け取ったリヒトはその重さにため息をつく。

 あたしはふふんと鼻を鳴らした。


「凄いって思っただろ?」


「筋力馬鹿だって再確認しただけだ」


「はっ。素直じゃないね」


 あたしも自分のベッドの横にある机にトレーを置き、夕食を始める。

 シチューに野菜と魚の煮物だ。残っていた材料を腐る前に全部使った感があるが、美味しいから良し。


 食事を終えたあと、また炊事場に行き、食器を洗ってから部屋へ戻る。


「あれ?」

 

 リヒトがベッドから消えていた。シャワー室から水音が聞きこえるので、入浴しているようだ。

 動けるかどうか心配だったが、大丈夫そうだな。


「今のうちにナイフの手入れをしておくか」


 寝静まったら治療をするので、切れ味を最大限に引き出す。

 シュッシュッシュと研ぐ音が部屋に響く。

 研ぎ石で整えて、ナイフのきらめきを眺めながらうっとりとする。


「うーん。良いキラメキ」


 次は血止めの軟膏の量と、常備薬の数を確認する。

 

 腹痛と痛み止め少ない気がするな。調合してストック増やしておくか。

 

 手のひらサイズの小瓶を数種類取り出し、ラベルをチェックして秤を取り出し分量を確認しながら、すり鉢で混ぜたり再度潰したりして調合していく。

 今度は部屋にゴリゴリゴリとすり鉢の音が響いた。


 あたしが作る薬は一般薬なので町でも普通に売っている。買っても良いのだが、自分で調合した薬の方が効きが強い。

 里の医者と母殿から作り方を教わったおかげで、サバイバルでも薬切れの心配がなくて安心できた。


 まぁ、あたしが医者に頼れない以上、自分で調合して体調を整えるしかないだけ。と言えばそれまでなんだけど。


 ぱたん。ペタペタ


 シャワー室のドアが開いて、足音がこっちへやってきたが、すぐに立ち止まった。

 部屋の一部を占拠するように、小瓶と調合薬が多々置かれているのを見渡して、


「いつも部屋でそんなことやってんのか」


 リヒトが驚いたような、呆れたような声を出した。


「そうだよ」


 あたしは慎重に量を計りながら彼を見ずに答えた。


 すぐ隣をペタペタ歩く足音がする。湯気の匂いと石鹸の匂いも一緒に通っていく。

 チラッと一瞥すると、長袖の黒いシャツと薄い生地の麻色のズボンになっている。ベッドに腰かけたリヒトは首にかけたタオルで髪の毛を拭き始めた。


 野宿でもお湯を沸かして体を拭くことがあるが、それを見る事はないので新鮮だなと思った。


 そういえば、野宿では警戒もかねて常に一緒に居るが、宿では別々の部屋を取っているので、一緒の部屋は今回が初めてだ。


 あたしはふと気づく。

 あれ? よく考えたら。女子としてめっちゃ大胆な事しているのでは?

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