第94話 水底のデスパラダイス⑥

「っと」


 そんな事を考えていたら、猛烈に熱くなり額を押さえる。

 こっちに気づいて殺気を放っているようだ。

 あたしは顔を顰めながら、災いに向かって叫んだ。


「ちょっと! こんな深い海底まで尋ねてきたのに、出迎えはなし?」


 呪印で魔王の方角はなんとなく分かるが、完全に把握しておきたい。そう思って声を出したが、返事は返ってこない。


 うーん、肉眼で確認できない。

 もしかして風の音で、あたしの声が聞こえないんじゃ?


 そんなわけはないか。

 こんなに殺意があるんだから。


 さっきが四方から発せられたので、すぐに刀を構える。


 ヒュン! 


 と、何かが前を横切ったタイミングで、刀を振り降ろす。


 ギャ!


 手ごたえあり、なんか斬れた。


 とはいえ、何が飛んできたのかを確認する暇はない。飛んできているのは、一匹だけではないからだ。


 それらはあたしの周りを飛び回っている。風の音に紛れて動いているようだ。

 風に乗って動いているわけではなく、しっかりとあたしを狙っている。


「は!」


 あたしは飛び回るそれら全て、難なく斬りおとした。


 素早いけど敵じゃない。


 攻撃がやんだので、飛んできたモノを確認した。切り落としたモノを拾って、凝視する。


 うーん。

 みえ……みえ……た!


 50センチほどの大きな魚だった。


 漆黒の姿で目は白く、肉食の歯が歪に生え、唇からはみ出している。白っぽいヒレが人の手になっているようだ。腹部から下が切り落とされている。


 ……ところまで確認して、気持ち悪さにたまらず、「ぅぎゃ!」と、叫んびすぐ投げ捨てた。


「そっか、そうだよなー。こいつらかー」


 市場で見た毒マークがついていた魚……いや更にグレードアップしている。


 確認するのではなかった、と、全力で後悔。

 苦虫を潰したよな気分になり、触った手をフリフリと振る。

 

 振ったところで、汚れは取れやしないが、気分的な物だ。


「ん?」


 風に不純物が混じっている。

 切った魚の血や内臓が、風の流れに乗って、辺りに散らばっているようだ。


 即座にマスクを付けた。


 これあった方が絶対にいい。万が一、吸い込んでしまったら怪我をする。なにより心情的に良くない。


「ほんと、この魚、気色悪いなぁ」


 もう飛んでこないで欲しい、と、願いながら周囲を見渡す。


「不快感を植え付ける気持ち悪さ。毎回思うが、魔王はセンスがない」


【気色悪いだと!?】


 あ、出てきた。

 悪口に反応するのって、面白いなぁ。


「気持ち悪いという言葉すら、使いたくない悍ましい物体」


【我の最高傑作を愚弄するか!】


 今回の魔王の逆鱗が魚かぁ。

 やっぱり魔王のセンスだったんだね。


 はて? 声はするが姿は見えず。

 

 目を凝らして周囲を探す。

 砂地から、表面が少し発光した黒い物体がうにょーんと、染みだすように這い出てくる。


【貴様か!】


 そして毎度おなじみの人型になり、赤い目でこちらを睨みつけていた。少し発光しているから、周りの闇と同化していない。これはやりやすそうだ。


【こんなに色鮮やかなのに、気味が悪いのか!?】


 あたしは魔王に刀の切っ先を向ける。


「色鮮やか以前の問題だ、グロすぎ!」


【我に意見するというのか!】


 引っ掻き傷のような目と、細いカマボコ口で、魔王はあたしに怒鳴った。


 周囲の風が一瞬だけ無音になる。

 叫ぶと同時に、衝撃波も出したみたいだ。


 ってことは、水と風の属性ってことか?

 リヒトの勘がドンピシャだ。

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