第92話 水底のデスパラダイス④

 船を出せば騒ぎになるし、人目も増えるし、被害も増える。

 被害を最小限で済ませたい、リヒトの采配なのだろう。


 まぁ、最小限というよりも、自分の力が周りにバレたくない思惑がメインっぽいが、あたしも同意見なので、そこの部分は尊重する。


 そこまで考えて、あたしは彼に視線を戻した。


「とりあえず、質問に答えてくれてありがとう。あんたの事情が把握できた」


「分かったら、とっとと一人で災いを退治してこい」


 こいつ。わざわざ一人を強調しやがった。


「へいへい。頑張らせて頂きますよ。その代り足場は任せた。術が途切れて水中にドボン! はマジ勘弁してよね」


「俺は補助を中心にすると、最初から言ってるだろう!? 無駄な心配するんじゃねぇよ!」


「心得た」


 イラッとしたリヒトの姿に、あたしは苦笑いを浮かべた。

 補助を中心にするとなると、防御も薄くなるだろう。リヒトに攻撃が及ばないように気を配るか。



 空の真上にある月が傾きはじめた頃、あたし達は魔王がいるポイントに到着した。

 確かに額に反応がある。足元というか水中からだ。


「ここだな」


 リヒトは暗い水底に視線を落とす。あたしも視線を落としながら、もう一度額の熱さを確認した。


「この真下っぽいけど……」


 ここからどうすれば……もしやこれは、水の中へ潜れってことか!?


 いや、泳げるけど! 潜水も出来るけど!? 

 泳ぎながら刀で戦うとかちょっと難しいんですけど!? 

 やれって言われたら、出来なくはないけど、死ぬ確率の方が高い。


「んんー、でもこのままじゃ、手も足も出ないから潜るしか……」


 難しい表情のままうめくと、リヒトがあたしの肩を軽く後へ押す。


「下がれ。邪魔だ」


「はぁ?」


 強く押されるので後へ下がる。三メートルくらい下がると、リヒトは立ち止まって、肩越しにあたしを見た。


「今から風と水を使って、湖に穴をあける。穴が開いたら飛び降りろ」


「ん?」


「風が吹き荒れるだろうが、酸素を送ったり、足場を作るだけだから、風圧で死ぬことはない。お前ならすぐ、自由に動けるだろうよ」


「湖に穴って……」


 疑惑に満ちた視線を送るあたしを完璧に無視して、リヒトは緊張した面持ちで、すぅっと小さく息を吸った。


 彼の唱えた声が湖に響く。


 水が激しく動く。


 その光景にあたしは唖然とした。

 これがリヒトの力なんだと思うと……正直ぞっとする。


 アニマドゥクス。

 精霊を操る術を見るのは初めではないが、彼の力を見る度、規格外に内心舌を巻く。


 今は味方だが、敵になって、本気で戦う時のために対応策が必要だと、頭の中で警鐘が鳴り響く。


 あたしの剣呑な眼差しを背中に受けながら、リヒトは術を完成させた。

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