第14話 初めての町の噂④
徒歩で一時間ほどかけ、正面門の酒場に到着する。
開けっ放しのドアから中へ入ると、落ち着いた雰囲気の店内が広がる。
客は多く、テーブル席は埋まっているみたいだった。
カウンター席は空いているので、そっちへ足を進める。
今度は呼び止められることはなく、スムーズに中へ入れた。
周りを見渡すと淑女か肉体労働系の中年男性が多かった。荒くれ者、若干アウトロー気味の人間もちらほら見られたため、その集団は視線から外した。
ヘタに視線を向けるとイチャモンつけられて荒事に発展するので、喧嘩したい場合以外は視線を避けるようにと親父殿から言われている。
「こんばんは。ここ座っていい?」
あたしはバーカウンターに座りながらバーテンダーに話し掛けた。
小ぶりで中年太り気味の丸い体型に見事なビール腹の無精ひげの男性だ。接客慣れしている貫禄がある。
「こんばんは。おや? 初めて見る顔ですね」
「今日、この町に来たから当然だ」
「はっはっは。それもそうですね。ようこそいらっしゃいました。ヴィバイドフからいらっしゃったのですね」
「ああ」と、返事をするとチクチクと視線を感じたので、後ろを振り返る。
顔見知りがいるかと思ったが違うようだった。荒くれ者達があたしから視線を外す。あたしはまたバーテンダーに向き直った。
「修行の旅に出たとこ」
「おやおや。まだお若いのに立派ですね。本日はお一人でいらっしゃったのですか?」
「ああ。あたし一人だ」
「そうですか。この酒場はモノノフ達にご贔屓にさせていただいております。残念ながら今日は他の方はいらっしゃいませんけど」
「余計な話をしないで済むから助かる」
彼が言うように、このクガルダーにいると、ちらほらとモノノフを見かける。
そもそも、村から一番近くの町だし、顔なじみが居てもおかしくない。今の所、向こうが勝手に何かを納得しているので助かっている。
まぁ、あたしも極力、親しい人に出遭わないように避けているけど。
「ご注文は何にしますか?」
お子様お断りとは言われなかったので、ちょっと驚いた。
うーん。咄嗟に思い浮かばない。
「じゃあ、オススメをお願いする」
「分かりました。ではまずこちらから」
バーテンダーが出したのは、一口サイズのガラスのコップにミルクだった。それをあたしの前に置く。
「なんでミルク?」
言葉ではなく態度ときたか。大人の世界は難しいもんだな。
若干ムッとすると、バーテンダーは軽く首を振りながらやんわりと否定した。
「いえいえ、揶揄っていません。この店のこだわりはミルクです。ミルク割カクテル、これがこの店の自慢のメニューです。ここにほら」
手渡された手書きのメニュー表を眺める。
「本当だ。リキュールにミルク入れてるのが多い」
「この辺りは上質なミルクが取れますから、それを使った料理や酒を提供させて頂いております」
「へぇー」
「今日は男性が多いですが、女性も多くやってきますよ」
頬杖をついて頷きながら、口の端だけ笑みを浮かべる。
「子供だから帰れって揶揄されたのかと思った」
「クククッ」
バーテンダーは声を殺して笑う。
あたし何か可笑しい事言ったかな?
首を傾げると、彼は「失礼」と咳払いをした。
「モノノフを追い返すなんてとんでもない。ただ、貴女のように幼いモノノフは初めて会いました。よほどの手練なのでしょうね」
微笑を浮かべながらそう言いつつ、もう一度ミルクの入ったコップを手で丁寧に示し
「さぁまずは一口。その後、このミルクで飲みたいお酒をお聞きしましょう」
あたしは頭をカリカリと掻きながら「頂きます」と飲み干した。
ミルクは冷たく、甘かった。これに混ぜて飲みたいお酒は……。
「ん。じゃぁ、珈琲リキュールで」
バーテンダーは直ぐにグラスに注いであたしの前に置くと、「マスター! こっちにも!」と、他の客から呼ばれてカウンターから離れた。
グラスを回しながら、一口、二口と口の中を潤す。
美味しい。
世間一般では14歳から飲酒が認められるので、あたしも、酒を飲んで良い年齢だ。
厳密にいえば10の時から親父殿に付き合って、沢山お酒を飲まされているから慣れているし、アルコールにも強いから酔うことはない。
十二分に酒を堪能できるというものよ。
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