第15話 初めての町の噂⑤
味を楽しんでいたら、バーテンダーがカウンターに戻ってきて、あたしの前に立つ。
「そうそうお嬢さん、お名前はなんと申されますか?」
「あたしはミロノ。あんたの名前も教えてほしい」
「キョーバーと申します。失礼ですけど、ミロノさんの家名はルーフジールでしょうか?」
ちょっと吹き出しかけた。辛うじて口の中の酒を飲みこんでから小さく頷くと、キョーバーは「やはり」と頷いた。
「時々ルゥファスさんがいらっしゃっていますよ」
「そうなの?」
「娘を自慢しています」
大人しく静かに酒を飲めよ。と、宴会でデロンデロンになった親父殿を思い浮かべながら頷く。
「この町はヴィバイドフ村に一番近く、その恩恵でモノノフに守られていますから」
キョーバーはにっこり笑った。
「そして貴女が酒場に来た理由も自ずと分かります」
「ふむ?」
「修行の旅とおっしゃいましたよね? 情報をお求めでしょうか?」
「その通りだ」
「酒場は情報の坩堝とモノノフの間で人気ですから」
「話が早くて助かる。あたしは凶悪なる魔王の噂を探している」
「え!?」
驚いたキョーバーはコップを落としそうになった。
「きょ、凶悪なる魔王の噂?」
再確認された。
「そうだけど……。え? 何々?」
「ええ。知ってます。鎮火したものあれば、現在でも猛威を振るっているおぞましい噂」
キョーバーの目は少し怯えていたが、すぐに難解と言わんばかりに眉間に皺を寄せた。
「しかし何故? 修行の旅でしたら妖獣、盗賊などの情報を得るのが一般的でしょう?警護を請け負う仕事をしたければ、ギルドを通じて冒険者登録をすればいいのです」
そこまで一気に喋って、最後に呆れた様な口調になる。
「貴女は何故、災いの噂を集めようと思ったのですか? こう言ってはあれですが、相手が悪い」
うーん、この人、モノノフについて良く知っている。
案外村の連中は、最初ここで情報を仕入れてから、旅の方針を決めているのかもしれない。
「とある事情でね。あたしは凶悪なる魔王の情報収集が最優先になっている」
空になったグラスをトンとテーブルに置く。
「ついこの前まで、凶悪なる魔王について全然知らなくて。仕事上、その噂を集めなきゃならないので、教えてくれると助かる」
「どの噂をお探しですか?」
「知ってるの全部」
キョーバーの笑みが引きつった。
「失礼ですが、災いの『何』を知りたいのですか?」
「今まさに、不可解な事が起こっている『場所』を知りたい」
シーンと辺りが静まり返った気がする。
「場所、ですか。噂がある全ての場所を知りたい、ということですか?」
「そうだ」
「回避するために?」
「突撃するために」
キョーバーは微動だにせず、背後に「・・・」と記号が浮かんでいるのが見えた、気がした。
「吃驚したみたいだな。あたしもこんな任務吃驚だ。おかわり」
やけくそ気味に答えながら、空のコップをキョーバーに返して注文する。
すぐに酒がきたので一口飲むと、キョーバーは苦笑いを浮かべて話し始めた。
「正直、吃驚しました。ええと、そうですね。現在、噂が流れているのは『北の王国の眠る事の無い死者』、『肉を求めて彷徨う魂』、『狂った音色を奏でるオルゴール』、『愛しき者を誘う光』でしょうか?」
「なんか、どっかの本のタイトルみたい」
「はは、言われればそうですね」
キョーバーはまた笑って、一通り噂が起こっている場所を話してくれた。
災い発生エリアの村や町、時期、内容、被害、後遺症などをメモすることができた。
これで本来の目的は達成だな!
でも聞いていてやっぱりというか、謎が残る。
「凶悪なる魔王に姿形はないんだな」
キョーバーは「そうです」と頷く。
「凶悪なる魔王とは人物を表す名ではなく、災い其のものを示すものです。もし、悪魔がこの世に存在したならば、きっとこのような地獄絵図になると、想像したのが始まりでしょう」
大規模な大量殺戮や人為的災害から異常気象、異常繁殖、異常新種、異常形態という『呪い』としか思えない『大規模な災い』を総称して『凶悪なる魔王』と名付けている。
暴悪族が現存していた時代に、魔王と呼ばれた王が災いを振りまき、人々を苦しめていたから、この名を取ったそうだ。
双子の勇者が魔王を倒したが、災いは収まるどころか規模や回数が多くなり、その上、原因不明なことが多い事から、『魔王の呪い』という見解が一般常識らしい。
厄介なことに、凶悪なる魔王は単発的で終わることもあれば、何世代にも渡って呪いを継続し続けるタイプもあり、いつどこで発生するのか予想がつかないそうだ。
この辺は、リヒトも同じ事言ってたなー。
「そっかー」
そっかー……、やっぱり、人物じゃないのかぁ。
親父殿&あたしの祖先どもよ、一言問おう。
どうやって災いを倒せばいーーーーんだぁぁぁぁぁ!
密かにちゃぶ台を引っくり返す想像をしながら、酒を一気に飲み干し、空のグラスをキョーバーに渡してお礼を言い、代金を支払う。
「ありがとう」
「こんな話で喜んで頂いて何よりです」
「十二分に助かったよ。縁があったらまた酒を飲みに来る」
「お待ちしております」
キョーバーは軽くお辞儀をして「あ!」と声を上げる。今、思い出したような感じで。
あたしは思わず貨幣足りなかったか!? と身構え財布に手を伸ばす。
「そうそう、ミロノさん、一つ言い忘れていました」
「何を?」
「『心無き者の夜の調』」
「それは、どんな話?」
あたしはまた椅子に座りなおした。
「被害は大分下火になりましたが、この町、クカルダーに降り立った不可解な話です。『心無き者の夜の調』こう、私たちは呼んでいます」
「誰がつけたそのネーミング」
「通りがかった吟遊詩人が名づけたらしいです」
「マジで!?」
驚くと、「それはさておき」とスルーされた。
「災いと断定できませんが、不可解な事件が先月から相次いでいます」
「なにがあったの?」
促すと、彼は話を続ける。
「クカルダーは織物が盛んで、糸から染から織りまで全てを行っています。人口の約八〇%の人が織物に携わっています」
「ふむふむ」
「最初は事故だと思っていました。早朝、散歩をしていた若いご婦人が、とある壁に吊るされている人を発見したのです。糸が体中に巻かれ、まるでマリオネットのように……奇妙な形になるように体を歪まされて、絶命していました」
「いやそれって事故じゃなくて、殺人なのでは?」
「そうですよね。事故だって聞きましたが、絶対に違うと思いました。そして、その日を皮切りに毎夜毎夜、2人から3人ほどが不気味な遺体になって発見されます」
「一晩で、三人の死人? 普通に殺人鬼がうろうろしてるだけなんじゃ?」
「多くの人間が目撃しているのです。どこからともなく糸が伸びてきて、被害者の体に巻付き、宙に浮かせたかと思ったら、そのまま絞め殺していたと」
想像してみたが、シュールだ。
「人が成せる技ではない、と」
「はい。襲われる場所も時間も分かっているので、そこに近よらなければ襲われることはない為、下火になっていますが、未だに続いている事件です」
「わかった。お話ありがとう」
頷きながら席を立つと、キョーバーは最後にこう締めくくった。
「ミロノさん。今更なのですけど……深夜は出歩かない方が良いですよ」
本当に今更だ、とあたしは笑った。
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