第10話 伝言は短めに③


 日が落ち始めたので、このまま森の中で野宿をすることにした。


 「疲れた」と小さく呟くリヒトの声を聞きながら、このくらいで疲れるものなんだなと再確認した。


 あたしにとっては散歩の距離なので全く疲れていない。里の者もこのくらいは疲れ一つ見せずに歩くから、一般人の体力が全然わからないのだ。


 もう少しあいつの体力を把握しとくべきか。


 話しかけようと振り返ったら


「化け物並みの体力め」


 小さく軽い毒吐きがきたので聞くのは止めた。毒を吐く相手に親切になれるわけがない。だけど倒れてもらっても困るから、今後は適当に様子をみながら進むペースを考えることにする。


 さて、今日の晩御飯のメインはこれにしよう。


 道中で見かけたので確保した二匹の兎を解体して、毛皮と内臓を取った後、森に生えていた香辛料を刻んで詰めて、大きい草に包んで網の上に置いて蒸し焼きにする。


 二人で火を囲みながら待っていると、あたしの動きをじっくり観察していたリヒトが意外そうに声を出した。


「旅は初めてだって言うけど、手慣れているじゃないか」


「村から離れたことはないけど、野宿は初めてじゃないからね。寧ろ一か月の半分はサバイバルだから野宿だし、食料と香辛料は現地調達だ」


 リヒトは露骨に眉を潜めた。


「野生児か」


「親父殿の教育方針」


 今度は何とも言えない表情を浮かべる。多分、少しだけ同情してくれたのだろう。


「こうやって見ていると、英才教育を受けていると思ってしまう」


「教育方針って言っても、単なる野外放置プレイだぞ」


「わかってる」


「ならばよし」


 パチパチと火が弾ける音に混じって、肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。

 遭難者がいたら匂いでこっちに辿りつけそうだ。腹が鳴ってくる。

 

 包んでいる葉っぱを開くと、湯気と共にふわっと風に乗って、香ばしい匂いが強くなった。

 木の枝を削った即席箸で肉をほぐしながら、中まで火が通っているか確認。


 うん、大丈夫だな。


「あんたは食事どうしてたの?」


「香辛料以外は現地調達で、適当に魚や肉食ってた。汁物に入れて煮込むのが殆ど」


「へぇ、そうなんだ。焼けたからこれ食べろよ」


 火が通ったことを確認して、食べやすいように身をほぐした兎肉をリヒトに促す。


「………」


 リヒトはその動作に着眼したように視線を固定する。


「あ。箸がいるか。もう一組作ってあるから、こっち使えよ」


 渡そうとするが、なかなか受け取らない。


「早く箸を取って喰え」


「それは俺の分なんだな」


 兎の蒸し料理を指で示しながら確認してきた。


 えー? わざわざ二人分作ったんだけど……?

 あ! もしや、あたしが大食漢だと思っているな?

 怪我をした時は別だけど、通常時はそんなにバクバク食べないって。

 とはいえ、里の者の食欲を見ればそう思われても仕方ないかもしれない。あいつらホントよく食べるから。


「そーだ。別に毒入れてないから食べなよ。あんたも腹が減ってるだろ?」


「わかった、食べる。感謝はしねぇぞ」


 リヒトは呆れたように言いながら箸を受け取った。


 なんだか釈然としないので、あたしも言い返す。


「感謝いらない。あんただって、あたしが解体している間に水を汲んで、火をおこしてくれただ

ろ。今日の役割分担はあたしが調理、あんたが野宿準備だったんだよ」


「ふぅん」


 小さく頷きながら、リヒトは小さい鍋を取り出して水を入れ焚火の上に置いた。どうやらお湯を沸かすようだ。


 腹減ったので先に頂こうっと。


「頂きます」


 食事の挨拶をして、肉を一口。


 うん! 肉がジューシー! 上手く旨味と水分を閉じ込めた! スパイシーな野草が肉汁に混ざって独特の匂いが中和されて、噛めば噛むほど美味しい。

 

 我ながら上出来だ!


 森の中が静かなので、焚き木がパチパチ割れる音と、あたしの咀嚼する音と、水が沸騰する音がよく聞こえる。


「頂きます」


 あたしに遅れて数分後、リヒトもゆっくり肉に噛みつく。


 静かに食べているので、ちょっと反応が知りたくてチラッと盗み見すると、少しだけ口の端が上がっており、舌で下唇についた油を舐めていた。


 どうやら好みだったみたいだ。良かった良かった。


「沸いたな」


 ボコボコボコとお湯が沸いたのを見て、リヒトが自分のコップを出した。そしてあたしに手を向ける。


「お前のコップよこせ」


「どうぞ」


 素直に渡すと、リヒトはコップの中にお茶のパックを入れてお湯を注ぐ。

 あまり嗅いだことのないお茶の匂いが鼻腔に届いた。漢方に近いなぁと思った。


「ほらよ」


「どうも」


 熱々のお茶を受け取って、食後のティータイム。


 口の中に残る肉の油をしっかりとってくれて、後味にちょっとだけ苦みがある。うん、悪くない。


「ご馳走様でした」

「ご馳走様でした」


 挨拶は丁寧だなこいつ。


 後片付けを終えて一息ついたところで、災いの話をまとめよう。


 結局のとこ、親父殿はあれ以上詳しい説明をしなかった。


 双子の勇者。ルーフジール一族について。災いについて。伝承くらいあるだろうから、それを教えてくれればいいのに、語るのは簡潔な色沙汰殺傷事件だった。


 あれじゃ、余計にわからない。


 説明下手な親父殿に期待してなかったが、想像以上にダメダメだった。


 かくなる上は。


 あたしは寝袋を用意しているリヒトに呼びかける。


「あのさ」


 リヒトがこちらに視線を向ける。


「作業してるとこ悪いんだけど。呪印や災いや勇者について、あんたが知ってる範囲でいいから説明してほしい。ただし、糞親父殿と同じような内容なら時間の無駄。言わなくていい」


 リヒトは寝袋を広げてから、その上に座った。


「はぁ。無知のままだと使えねぇから、教えてやるよ」


 軽くせせら笑うが


「ルゥファスさんの説明だと、俺も全然理解できない」


 と付け加えたので、あたしはイラッとしなかった。


「だよね」


 同意しながら頷く。


「俺も父上から話を切りだされた。『旅立つ年齢になる前だけど、丁度いいから教える』みたいな、軽いノリで」


 リヒトは眉間に皺を寄せて嫌悪感を露わにした。


 あいつはあいつなりに苦労してんだなと瞬間的に感じる。


「確認するが、お前は双子の勇者の存在をどこまで知っているんだ?」


「おとぎ話。学問の先生が絵本で読んでくれた程度」


 あたしは記憶を遡る。古すぎるし興味もなかったので、曖昧だ。


「えーと、確か、暴悪族ぼうあくぞくと揶揄された魔術を扱う民族がいて、精霊を食べる妖獣を使役して領地を広げる為に、戦争が度々発生していた。百年近くにも及んだ戦争だったけど、最後の戦渦『暴悪ぼうあくの終焉』の最中に、敵国の王を倒して暴悪族ぼうあくぞくの殲滅に導いた二人の英雄が、剣術の天才で精霊術が使えるミロノと精霊術と言霊使いリヒトだった。王国を勝利へと導いた双子は勇者と讃えられた。シュタットヴァーサーの国王が、二人に褒美をあげて、めでたしめでたしおわり」


「俺も子供のころ、そう教わった。でも父上の話は全く違った」


 リヒトの眉間に皺がよる。


 考え事をする時に皺を寄せる癖があるのかもしれない、気難しい表情だ。


暴悪族ぼうあくぞくを鎮圧した双子の勇者は、王の娘、ミウイ姫に求婚を申し込み、それが原因で仲違し決闘を行った。最初に死んだ奴がミロノらしいから、リヒトに殺されたんだろう」


「うわぁ」


 自分の名前が出てきて、しかもリヒトに殺されるとか、良い気分はしない。


「ここからが問題だ。死んだミロノの恨みが呪いになり、リヒトを呪い殺したそうだ」


「わぁ」


「呪い殺されたリヒトは死の間際に、呪った奴へ呪い返したそうだ」


「どこまで仲が悪い……」


「お互いを呪いながら死んだ後、怨みが強すぎて呪いの媒体になり、果てることもなく転生することもなく、世界に飛び散り災いを与え始めた」


「へぇ……」


「その災いは暴悪族との戦争を思い出させ、魔王の再来だと恐れられ、いつかしか『凶悪なる魔王』と呼ばれるようになった」


「えーと、やっぱり、勇者と呼ばれた人間が堕ちて、魔王になったってことだよな?」


 あたしの問いかけに、リヒトは「多分」と答えた。


「俺の家では『魂が呪いに変化したが、一部は輪廻転生に則り、浄化されそらに上りまた肉体を得て降りてくる。そして自身の呪いを解くだろう』って、言い伝えがあるらしく、その魂を持つ人間がルーフジール一族で生まれるんだって、言われた」


 「うわぁ…」とあたしは額を押さえる。


「尚、呪いは本人しか解けない魔呪術だそうだ」


「最悪!」


「この石」


 リヒトは憎き石を上着のポケットから取りだした。


「父上が何も言わずに、いきなり俺に持たせたら胸に呪印が出てきたんだ。そこで今の説明を父上から受けた。もう一人一蓮托生できる相手がいるから、魔王退治の前に迎えに行けってな」


 リヒトは目を吊り上げながらギュッと石を握り絞める。


「流石に父上を殺してやろうかと、本気で思ったぞ」


「温厚ね。あたしなら問答無用で斬り倒してる」


「俺の知っている事は以上だ。殆ど情報を貰っていない。だから武神の所へ行って話を聞いたんだが、まぁ、全然だった」


「そうだろうなぁ。親父殿だもんなぁ」


 お互いに「はぁー」と肩で息を吐く。


 冷静になったリヒトが石を袋に入れて、また服のポケットに突っ込んだ。


「入れるんだ」


「一応、失くさずに持って帰れって言われてる」


 可哀想に。


「あと、父上の話だと、俺とお前に浮き出ている呪印を解くには、全ての凶悪なる魔王を倒さないといけないらしい」


「全て……そこが引っかかる。そもそも『凶悪なる魔王』って、自然災害の呼称じゃないの?」


「父上は『人間のタガを外すスイッチ』で『望む姿に進化』をさせることが出来る『精神寄生体』と言った。その結果、自然災害レベルの災いが発生するとも」


 「うーん」と、あたしは唸る。


「つまり、人間に憑依する霊魂みたいな。御子が活躍しそうなやつ?」


「その御子にも憑りついて、周囲に自然災害を起こすのが凶悪なる魔王なんだとさ。だから当面は、不穏な事件や災いの噂を追う感じになると思う。何が出てくるか皆目見当がつかない」


 「うーん」と。もう一度あたしは唸る。


「無視して世界を観光したい」


「奇遇だな。同意見だ」


 でも無理なんだろうなぁ。


 あたしは空を仰ぎながら額を押さえる。


「無視できる位置に呪印が出てくれればよかったのに」


「俺、額じゃなくてよかったー」


 リヒトがにやりと笑った。


「くっそ! わざとらしい笑顔で……殴りてぇ!」


 災いについての話はここまでにした。


 あとは野となれ山となれ。遭遇するうちに色々気づく事があるだろう。


「じゃぁ。次はお互いのルールでも決めとくか?」


「そうだな」


 次は今後の生活の役割分担とルールを決めることにした。


 食事は一日三回の交代制。火おこしや水を交互に行うことになった。

 野宿は交互に就寝、火の番と周囲の警戒。宿は各自必要なら警戒。

 洗濯は各自。


 金銭についてはどちらかが懐に入ったとしても二人で分け合う、もしくは使う事。


 戦闘など、トラブルがあった場合には一緒に行う。

 限りなく見捨てずに、一蓮托生。


 ある程度決まったところで、お開きになった。


 あとは一緒に動いてみて、その都度変更すればいいだろう。


 今日の最初の見張りはあたしなので、焚火に鍋を置いてお茶のお代わりを作る。


「ふう」


 思わず深い息を吐いた。


 戦闘時のルールを決める時、揉めるどころかお互いの考えが一致していて怖い。


 数もわからない敵に向かって、一人で呪印を解除するのは至難の業だから、逃げないようにお互いがお互いを監視する、って所で意気投合してしまったし。


 思ったよりもキッチリしっかりしている奴だ。ある程度は信用できるだろう。

 でもまだまだ、背中は預けられない。


「ふう。なんでこんなことになったのかなぁ」


 焚火を眺めながら、今まで聞いていた災いの噂を脳内で反芻させる。

 

 正体不明の自然災害レベルを倒す。

 それ太刀打ちできる? そもそもすぐに出遭えるようなものなのか?

 

 そんなことを巡らせながら、もう一度大きなため息を吐いた。




。。。。。。。。。。。。。。。

おまけ

。。。。。。。。。。。。。。。

ここまで目を通して頂き有難う御座いました。

一話ごとの文章が長めだったので読みにくかったかと思います。

二章からは文字数を減らしていますので宜しければ引き続き読んでみてください。

少しでも楽しんで頂けたら幸いです。


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