第9話 伝言は短めに②


 日が出る前の早朝に家を出発して、あたしは大きく空気を吸い込んだ。

 この時間は出歩く人が一番少ない。呼び止められることはほぼないだろう。


「ふー。良い空気」


 新鮮な空気に包まれるとリフレッシュする。

 あたしは人が居ないか少しだけ警戒しながら、景色を眺める。


 住居スペースを抜けたので、畑が広がっている。いつも通っていた道。季節を知らせてくれていた木や花。見慣れた故郷を離れる、そう思うと、ちょっとだけ寂しい気持ちがする。


 村の外れまで来て振り返る。


 二人には帰ると言ったが、本当に、ここに帰ることが出来るのだろうか?

 災いは人の手でどうにか出来るモノではないと聞く。

 そんな相手と戦って、あたしは生き残れるのだろうか?


 ちょっぴりセンチメンタルな気分に浸っていると


「は!」


 前方を歩くリヒトが振り返って鼻で笑い、呆れた様に肩をすくめた。


「そりゃ大丈夫だろ。お前図太いんだから」

 

 チョットマテ!

 それかなり失敬だぞ!


「ってか、こんな時まで読心術かよ!」


 あたしは口に出して語っていないぞ。

 モノローグを口に出して語っていたら変人だろうが! 

 ってことは、こいつが表情を読んだに決まっている!


「あたしの表情いつ読んだんだ!?」


「ちらっと見た時に」


 うわぁ! 凄く恥ずかしい!


 でも恥ずかしくて両手で顔を隠すのは余計に恥ずかしいから、あたしはあえて胸を張った。


「くっそ! 油断も隙もない!」


「誰かさんは読まれても平気とか、素っ頓狂なこと言ったっけな」


「あーあー、そう言いましたとも! でも分かっても言うなよ! 恥を晒した気分だ!」


「恥さらしだな」


「なんだとおおおおお!」


 

「騒がしいなぁ。どうしたね」



 村と外との境界線。

 門の場所でギャアギャア叫んでいると、守り人をしていた50代の男性が見張り小屋から何事かと顔を覗かせた。


 トレンツ=アルキサ。


 村の警備を担当している50代男性。体格が素晴らしい程筋肉質で立派。黒い毛皮を羽織ると親父殿と同様、熊の様だ。栗色のふさふさな髪の毛を一つに束ねて、伝統衣装を着込み、刀を二本携えていた。勿論彼もモノノフでかなり強い。


 朱色の目を丸くさせ、驚きながら小屋から出てくると、こちらへ歩み寄ってきた。


「おいおい、ミロノ。朝っぱらから何を言い合っているんだい? 彼は数日前に来た客人だな。何かトラブルか?」


「おはよう! トラブルじゃないから大丈夫」


 あたしはコロッと態度を変えてトレンツに挨拶した。イキナリ変わったあたしにリヒトは拍子抜けしつつ口を閉じる。


「それよりおじちゃん。村を出ないといけないんで通してくれる?」


 村の外に出るには守り人の許可が必要になる。


「おや? ついこの前、修行から戻ってきたのにもう出るのか?」


「え……連絡いってない?」


「ははん、さては盗賊狩りか? それともついに町まで一人で買い物を許可された! ……いや、荷物の量からすると長期間村を開ける感じだな。そうか、親父さんと修行か!」


「えー……」


 親父殿、話してないんじゃん。

 なんで話を通してないんだよ、面倒だなぁ。


 あたしは大きくため息を吐きながら、トレンツの言葉を遮る。


「違う。今からちょっと旅に出てくる。帰宅は……数ケ月後くらいかな?」


「な!? えええ?」


 トレンツは酷く驚いたように目を見開いた。


 まぁ、そうだよね。


 なんたって、村の掟でヴィバイドフの女性が『一人旅』をするのを『禁止』している。

 その件でトレンツがずっと門番やってると人伝で耳にした。


 トレンツは動揺を隠しきれず、饒舌になりながら眉間に皺を寄せた。


「んんん? ミロノが旅? 村の周囲じゃなくて旅? どこまで行くんだ? 大丈夫か? おじちゃんが用心棒でついていこうか? そもそも親父さんは知っているのか? もしや親父さんと喧嘩して家出とか? やめとけやめとけ、家出は失敗するぞ。あの親父さんはどんな地の底からも探し出して捕獲するからやめとけ」


「その親父殿が旅に出ろって言ったんだよ!」


 うわーんメンドクサイいいいい!

 根掘り葉掘り聞いてきたし止められているし!

 どうして話通してないんだよ糞親父殿おおおおお!


「なんと!? まさか? ルーファスの阿保が酒でも飲んで酔った勢いで言ったのか!?」


「それなら良かったけどな! シラフだったよ!」


「な・ん・だ・と!? ちょっとおじちゃんあの阿保に話聞いて来るから待っててくれるかな!?」


「そんなくだらない理由で足止めしたくなーーーい! 本当なのおおおお!」


 あたしが絶叫すると、トレンツは更に動揺したのか、手をパタパタと無意味に動かし始める。そして思い出したようにポンと手を叩いた。


「なら、ええと、そうだな! ペンダント受け取ったか?」


「これ?」


 胸からペンダントを取り出すと、トレンツが目を見開いて絶望的な表情になった。


「うぐ、間違いない。許可が出ている。出かけていいぞミロノ」


「よし!」


 あたしは思わずガッツボーズした。


 この村のおっさん達の話し合いはまず戦いから発生して、どっちかが負けてから会話が始まる。付き合い切れない。


 トレンツは頭を抱えながら落ち着きなくうろうろ歩き始める。


「しかし、なんでルーファスが許したのか。大事な一人娘だろうに! 何か理由は知ってるのかいミロノちゃん」


「詳しく言えない」


「内緒にするから、おじちゃんにこっそり?」


「秘密」


 どっかの誰かが持ってきた石で呪われて、その呪いを解くために旅に出るとかなんて、言えない。


「そうか……」


 トレンツはガックリとして肩を落とす。


「しばらくおじちゃんと会えなくなるのは寂しいけど、しっかり修行してくる」


「はぁ……。仕方ないのお。後で親父さんに理由を問い詰めるか」


 目がマジだ。

 仕合にならなきゃいいんだけど。


「本当に気を付けるんだぞミロノちゃん!」


 トレンツがあたしの両肩をぎゅっと握った。


「万が一、ペンダント盗んだとか、許可出てなかったって事だったら、おじちゃんは全力でミロノちゃんを捕獲して連れて帰るからな」


 こええよ。目が本当に怖いよ。


「嘘じゃないから問題なし」


 トレンツは肩から手を離した。


「そうか」


 寂しそうなトレンツを眺めながら、あたしは内心思う。


 旅に出るって大々的に言わなくて良かった。

 ほとんどの友人や里の人から今と同じ事されそう。時間がいくらあっても足りなくなる。


「はい」


 あたしが返事をすると、寂しそうな表情のトレンツが頷きながら了承したところで、彼はリヒトに視線を向け、目つきを鋭くする。


 トレンツはリヒトの全身を上から下までチェック……いや値踏みしているようだ。

 リヒトがかなりうんざりしたように睨み返している。


「ミロノ。もう一つ確認したい。その小僧も旅に同伴するのか?」


「そうよ。当分こいつと一緒に旅をすることになるわ」


「なんと!?」


 トレンツは目を真ん丸くして、あたしとリヒトを交互に眺めた。

 やがて何かを納得したようにうんうんと頷く。


 待て、何を納得しやがった?


「そうか、ミロノもそんな歳になったんだなぁ……あの小さかったミロノが……」


 何故に朝日に涙を反射させている!?


 あたしの疑問視線に気づかないトレンツは、リヒトの肩にぽんと手を置くと、リヒトはこれ以上ないほど嫌な表情になった。


「旅の方、ミロノを幸せにしてやってくれ」


「「………」」


 理解できずに一瞬固まった。言葉の意味が分かったのは二人同時。


「違ううううううううう!」

「何を勘違いしてやがる!」


 これが赤い顔なら『おお! 照れているのか?』と、解釈するのは可能かもしれない。


 しかし、あたしもリヒトも赫怒しながら一喝する。

 怒りで血の毛が引いてやや青白い肌色になるほどに。


「ん? 違うのか?」


「「当たり前だ!」」


「彼から求婚を受けて、結婚するから村を出るんじゃないのか?」


 トレンツの言葉に、あたしは憤慨した。


「ちーがーうううううううう! あたしは親父殿にハメられたの! だから旅に出るの! 結婚とか全然違うからあああああ!」


 トレンツは「そうか」と頷くだけで説明は求めてこなかった。

 あたしの怒りを感じ取ったのか引きつった笑みになっている。

 懸命な判断だよ。これ以上の発言は許し難し。


「ワシがこの話を聞いてないという事は、他の者にも知らせておらんようだな。良いのか? 後々大変な事になるのが目に見えるぞ」


「うーん。急に決まったから準備で時間潰れちゃって、このまま黙って行く」


 誰が言えるか!


 額に呪印が浮き出て恥ずかしくて表歩けない状態だから、それを消すために旅に出るって!?

 末代までの笑い話になってしまうではないか!


 そんなの耐えられない!


 あたしが慄いていると、リヒトが「ぶはっ」と噴出して、肩を震わせながら笑いだした。


 トレンツは突然笑い出した彼を不思議そうに眺めていたが、あたしはその理由を知っている。


 真剣なあたしの気持ちを読みやがったな!!


「ぶはははは!」


 ちくしょう! 本格的に笑ってやがる!


「黙れ!」


「いって!」


 リヒトの太ももに蹴りを一発入れると、彼は悲鳴をあげて蹴られた箇所を摩った。


 ふふん。自業自得。睨んだって怖くないんだから。

 あたしはザマーミロという視線を送ってから、トレンツに向き直った。


「もし皆に何か聞かれたら、伝えてくれるかな?」


「おお、言ってみろ」


「絶対に村に戻ってくるから、その時家に遊びにおいで。って、この前のカリをきっちり返す」


 あたしが凶悪な笑顔を浮かべたのを見て、リヒトが「借り……」と不思議そうに呟く。


「そうか。シュタルにだな」


「その通り」


 トレントは「いつもの事だよ、彼とは犬猿の仲でね」とリヒトに答えて、あたしに「わかった」と頷いた。


「それじゃ、行って来ます!」


 トレンツに手を振り、門の外へ出た。里から出るだけで、こんなに時間を使ってしまったとは。


 近くの街に行くには、森の中を通っていくことになる。

 この辺は何度か通ったが、ずっと街道を通る事はなかった。

 

 ちょっとワクワクしてしまう。

 どんな町があるんだろう?


「大げさな」


 外に期待するあたしに対して、リヒトは冷水を浴びせるような一言を加える。


「村や町はどこも似たようなもんだろ」


 口を歪めながら言い返す。


「だとしても、あたしには初めての事なんだ。五月蝿くてもそっちが我慢しろ。そのうち落ち着く」


「はいはい、そう致しますよ」


 リヒトは鼻で笑うと、あたしと一切目を合わさずにズンズン先へ進む。 


 こんなヤツと旅なんて……胃が痛むんじゃないのか?


「それは繊細なヤツがなる病気だろ? お前には無縁だな」


「放っとけ! ってか、一言多いぞ!」


 本当に、先行き不安である。

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