第二章 憶測飛び交う真偽の旅

第11話 初めての町の噂①

 村を出て一日半。あたしは地理が全く分からないので、自然にリヒトの後方五メートルほど間隔を空けて歩いている。


 時折、商人が馬車に乗って通り抜けていく他、顔なじみも時々歩いていて、あたしを見るなり目を丸くするのだが、若干哀れみの眼差しを向けて、何も言わずに素通りしていく。

 

 なんでそんな視線を投げつけてくるか問いただしたいところだが、こちらの事情を説明するのは嫌なので、これ幸いにと会釈で済ませた。

 

 目的地もないまま街道を歩いている現在に暇を持て余して、前方に声をかけた。


「ねぇ。いきなり災い退治しろって言われても、何処へ行けばいいのか分かる?」


「さぁな」


 一瞬の沈黙。


「つまり、あんたでも何処へ向かえばいいのか分からないってことね」


「そうだと言ったらどうすんだ?」


 あたしは笑顔で頷いて「使えねぇヤツ」大声で毒を吐いた。

 暇だから喧嘩売ってしまおう。


「はぁ?」


 振り返ったリヒトの額にピキっと血管が浮いている。


「それは俺のセリフだろうが!」


「端から端へ行く途中にでも話とか小耳に挟まなかったわけ!? 使えないやつだなぁ!」


「仮に情報得たとしてもホイホイ教えるかボケ! 少しは情報収集しようっていう態度をみせやがれ!」


「他の村や町へ行った事ないのに分かるか! あんたの方が絶対! 色々情報もってるはずだ! 吐け、教えろ!」


「お断りだ!」


 拒否されたが、知らないとは言わなかった。

 確証がないから教えないだけかもしれない。


「次の町で情報収集する。それまで黙ってろ」


「……」


 あたしは黙った。


「……」


 リヒトも黙った。


 そのまま何事もなかったかのように一定の間隔で歩き始める。


 ヒソヒソ、ヒソヒソ


 一緒の方向に歩く人、反対側から来る旅人や商人が、『なにやってんだこいつら』と怪訝な表情で視線を投げてくるのが、少しだけ刺さった。






 何度も言うが、あたしは生まれてから一度も、ヴィバイドフ以外の町や村に行ったことはなかった。

 サバイバル修行は村から出るが、殆ど周囲にある海や山や森がメインだった。半日で戻れない距離になると、絶対に親父殿が傍に居た。

 

 地図や商人の話を聞いていたので、近くの町や村の存在は知っていたが、決して一人で行くなと念を押されていたし、行こうとすると大抵門番に連れ戻されていた。

 

 思い出が一瞬、走馬燈のように流れて、あたしは町の正面の門を見上げる。日差しが真上に来ているので、少々眩しい。

 

 妖獣や盗賊から身を守るための外壁があり、雨風晒されて薄汚れている。そこに巨大な鉄の観音開きのドアが設置され、来客を迎え入れるように開かれていた。


 正直、度肝を抜かれた。


「町ってこんなに大きかったんだ!」


 ここ、なんて町だったっけ!? 里から一番近いなら、名前くらい聞いたことがあるような、ないような……?


「忘れんな。お前の住むエリアで一番大きな町だろうが」


 思い出せずに首を捻ると、リヒトが物凄く呆れたような口調で教えてくれた。


「だとすると、ここはクガルダー町か!」


 テペネエリアの端っこにあたしの里がある。このエリアの面積は山脈が七割ほど占めており、平地が少ないため町や村が少なく、規模もそれほど大きく出来ないという。


「えーと、確か、親父殿の手掛けた武器が、ここの商人によって全大陸へ流れていると。聞いたようなそうでないような……?」


 一応、物資が揃う町とは聞いた覚えがある。


「どんな教育を受けてるんだか」


 さらに呆れた様に呟かれたが、ここは反論しておこう。


「だって。『地名や土地の名前は文章や地図で覚えるな。実際に行って移動に必要な日数と距離を覚えろ。迷うことも必要だ』って言われてた」


 「うわ」とリヒトが引いた。


「そもそも、村の外へ出るのは禁止だったから、そーいう情報は意図的に隠されてたし、修行で忙しくて町の位置情報を得る暇はなかったなぁ」


「箱入り娘かよって茶化そうと思ったが、止めておいてやる」


 リヒトが微苦笑から憫笑に変わった。痛々しい子を見ているような目をしてくる。畜生。

 

 よし、気を取り直そう。

 歩いていたら、ちゃんと人が住む所へと辿り着けたのだ。

 町へ到着したのだ。

 快挙だ。

 よしよし、初めての町を吟味しようじゃないか。


 レンガが敷き詰められた表通り、同じくレンガを使い空に伸びている家が林のように聳え立つ。人の手が加わった人工的な配置の木々と花。

 

 商品を売っている店が立ち並ぶ商店街には、村では見たことのない品を売っていた。

 あと、旅人を迎える宿。そして賑やかな人の往来。あたしの歩くすぐそばにも、見知らぬ人が行き来している。まるで人の川を逆流、もしくは順流している気分だ。

 

 あと、至る所で織物が飾られて風になびいていた。織物が盛んなのか、これが町の特徴なのか、判断できない。

 

「田舎者だな」

 

 突然、脈略もなくリヒトが呟いた。


「あんただってあたしと同じ田舎者だろう?」


「ああそうだ。でも今は違う。多少なりとも世の中を見ているから、織物がはためいているのが町の特徴と思わない」


「……そうか、織物ははためかせないのか」


 なら、特産品ってことかな。


「あと、妙に感動しているが。人口と町の様子からしても、ここは小さな町に分類されるからな」


「んな!? これが小さな町!?」

 

 はっとして口を押えたがもう遅い。リヒトは優越感満載に浸ったような表情を浮かべながら嗤笑した。


「そうさ。もっともっと栄えた町がある。更に王都は町の桁が違う。そんなのが大陸中にあるぞ」


「そんなに!?」


「人だってこの倍以上、そして珍しい品物だって食べ物だって、星の数ほどある」


「わぁ」


「全然知らなかっただろ? なぁ? だから田舎者って言ったんだよ」


 最後こそトゲトゲだったが、一応、町が沢山あるよって教えてくれたみたいだ。


「……そっか」


 あたしは心底驚いて空を仰いだ。


「分かったら次から驚くな。お前のリアクションが視界に入るだけでも鬱陶しい」


 限りなく失礼なことを口走っているリヒトに怒る気力すらも沸かず、ただただ驚くばかりだった。

 あたしは間違いなく田舎者である、それは認めよう。

 もっともっと世の中を学ばなければと心に誓った。

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