第6話 呪われた証②
「適当に座ってくれ」
部屋に入りながら呼びかけると、リヒトはドアから動かずに、ゆーっくりと右から左に顔を動かし半眼で眺めていた。
狭くも広くもない何の変哲のない部屋のはずだが、リヒトはなかなか入ろうとしなかった。
「なんの変哲もない部屋……ねぇ?」
リヒトがボソリと、しかしはっきりと聞こえる程度の音量で呟いた。
あたしも自室を見渡す。
「……やっぱり変か?」
「人格を疑う」
思った以上に酷い言われようだったが、ちょっとそう思うので言い返せない。
あたしの部屋は一言で表すなら、『武器屋の商品陳列にベッドと机と棚を置いたようなもの』だからだ。
壁一面に飾られた短刀・長刀・薙刀・斧・双剣・槍などが、武器屋の陳列のように掛けられている。
ここにある刃物は全て親父殿の傑作品だ。是非眺めて楽しんでほしいと言われて、断り切れずに置いたものだ。
ついでにあたしの作品も数本、記念に飾っている。
ベッドの枕にはクナイがあり、敷布団の下には暗器があり、棚には武術関連に加え、火薬やサバイバル、薬草毒草など生活に役立つ書物が綺麗に置かれている。
この武器だらけの場所で、不自然な物を探せというならば。
ポップな動物の壁紙とカーテン。あと友人からもらった花のクッションくらいかな?
単純に、『好きな物』を集めて飾っただけだが。
うん。やっぱり完全に女子の部屋じゃない。
どちらかといえば狂人の部屋って思うね。
あたしは見慣れてるから、何の変哲もないって言っちゃったけど、武器たくさんある部屋って言っておいた方がよかったな。
腕を組んで考えていると、リヒトが再度声をかけてきた。
「………座ると罠が発動するとか、ないよな?」
まだ一歩も進んでいない。いい加減中に入って来い。
「罠ないって言ったぞ」
再度強めに言うと、彼はゆっくりと全力で警戒して部屋の中へ入ってきて、ゆっくりドアを閉める。
これは安全かもしれないと思ったリヒトが、カーペットの上に置いてある花の形をしたふかふかクッションを摘まんで持ち上げる。
持ちあげて、振ってみたり上に軽く投げてみたり叩いたりしている。
滅茶苦茶罠を疑っている。
期待を裏切るようで悪いが、本当に自室には何も仕掛けていない。
仕掛けた部屋でゆっくりくつろげるかっつーの!
呆れながら眺めていると、確認し終えて安心したのか、リヒトはクッションの上に座って、ドアを背もたれにした。
「そうか。座椅子を用意すべきだったか」
部屋の壁は武器陳列で埋まっているので、タンスか本棚かドアしか背中を預けられるスペースがない。
まぁ、いっか。そんな長い話はしないだろう。
あたしは机の椅子に置いていた星型のクッションを引っ張りだし、リヒトと距離を開けて座る。
「……」
「……」
あたし達はお互いを睨んで無言になる。
どうしよう。
リヒトは話し出すタイミングを待っているのかもしれない。もしくは、あたしの質問待ちかもしれない。
さて、今更だけど、話したい事をまとめよう。
こいつの目的も聞きたい。
いつ親と知り合ったのかも知りたい。
は!? もしや親父殿が不倫してできた隠し子?
いやいや、全然親父殿の血が感じられない。
不貞ならばあたしよりも母殿が親父殿を殺害しているはずだ。
「ウケる」
脳裏で殺し合いに発展した激しい夫婦喧嘩を想像している途中で、でリヒトが失笑した。
「俺はルゥファスさんが不倫して出来た子ではないから、殺し合いの夫婦喧嘩は始まらないぞ」
え? 殺し合い夫婦喧嘩を想像してたの、なんでわかるん?
「顔にそう書いてある」
うわ! こっち無言だったのに返事しやがった!
キモ!
「だから、顔にそう書いてあるっつってんだろ!」
あ、なんかキレた。
ふむ。顔に書いてある。つまりは。
「読心術?」
「そうだ」
「だったら、あたしが如何に嫌がっているのか。手に取るように分かるだろ?」
「お前は生まれ変わりを信じてない。俺も同じだ。全て納得してここに来たわけじゃない」
「あんたも?」
リヒトは渋い表情になって腕を組む。
「当然だ、考えてもみろ。端から端への大移動だ。片道何か月かかる?」
「でも来てるし」
睨まれた。
「14歳の誕生日に突然父上に命令された。双子の片割れを迎えに行って、そのまま災いを倒す旅をしろ、ってな。路銀と旅道具を握らされて、仕方なく地図を頼りにここに来たんだ」
今のあたしの状況を、こいつは既に体験してきたって事か。
「御気の毒様。で? 全て納得したわけじゃない? なら、納得しなければいけない理由があったの?」
「……そうだ」
苦々しく答えて、無言になった。
何か考えているようでもあり、策を練っているようにも思える。
あたしは彼を観察する。
出会ってまだ間がないし、会話も罵倒から始まったが。
あたしは
リヒトは合理的かつ冷淡な性格で、排他的な人間だと推測される。
面倒事にも便宜上な事にも極力関わろうとはしないだろう。
そんな人間が親に言われたぐらいで、旅に出るわけがない。何か決定的な理由があるはずだ。
「まぁ、そんなところだな」
突然相槌を打ってきた。
「ふぅん、迷惑な話だね」
「その通りだ」
「あんたの親もむちゃくちゃ常識外れなのか?」
「いや、お前んとこよりはまともだな」
羨ましい。
こっちは刃物狂いに罠狂いだというのに……交換を願い出たい。
「あのなぁ…」
なんだよ。
リヒトは呆気にとられたようになる。
「表情を読まれるの、平気なのかよ」
「平気」
リヒトが馬鹿にしたような視線を向けてきたので、あたしは肩をすくめた。
「他人に読まれて困るようなこと考えない。読心術の場合、正面からしか読み取れないって聞くし、里にも数人そんな奴がいる」
そしてあたしはガックリと肩を落とした。
「もはやプライバシーはあってないようなものだ」
何もかも諦めたような、遠い目をしながらのあたしの発言に、リヒトは笑おうか揶揄おうか少し迷った素振りを見せた後、おもむろに懐から紙とペンを取り出した。
「解っていて対策していないバカ、そう認識し直すか」
わざわざメモをとってやがる。
読唇術ぐらいなら盗賊でもできる奴はいるっつーの!
あたしは思わず「ははは」と笑った。
「デリカシー皆無の覗き魔め。やっぱりあたしに喧嘩売ってるだろ?」
「丁度良いな。大安売り真っ最中だ」
険悪な雰囲気が部屋の中に充満する中、
「二人ともここなのか?」
親父殿がひょいっと顔を覗かせた。引くドアなので、バランスを崩したリヒトが後に転げそうになって、慌てて手で体を支えた。勿論あたしはバッチリ目撃して、指差しながら大笑いする。
「あはははははは! 間抜け!」
親父殿は倒れかけたリヒトを見下ろして、オタオタし始めた。
「す、すまないリヒト殿。ドアに背を預けていたか。頭は打ってないかの?」
「大丈夫です」
親父殿から申し訳なさそうに謝られ、手を差し出し起こそうとした手を払いのけ、憤慨したように立ち上がるリヒト。
「うるせぇ! いつまで笑ってやがる!」
盛大に笑われたのが気に入らないと言わんばかりの、強めの視線があたしに刺さるが、鼻で笑ってやった。
「ひー。いやもう、今のおかしすぎでしょ!」
親父殿は交互に二人を眺め、感慨深く頷いた。
「こうやって信頼関係を築くのは大切だな」
ピタっとあたしは笑うのを止め、半分閉じた目を向ける。
「よく見ろ親父殿。険悪で、信頼の”し”の字も存在していないよ」
冷めた視線を送るが親父殿は気づいておらず、ズカズカとあたしの部屋へと入った。
「部屋が狭くなる。入ってくるな」
「ここなら逃げんだろう?」
「くっそ親父!」
自室のドアの前にどっかりと巨体が座って、どうだと胸を張る。
一方のリヒトは机の椅子を引いてそこに腰を下ろす。
あああああああああああああああああああ。
叫びたいのを堪えて、あたしは髪をガシガシ掻いた。
深呼吸をして気分を少し沈めたから、親父殿に話しかける。
「遠くの地にもルーフジールがいるの? 親戚かなにか?」
「ふむ」と小さく頷きながら、親父殿は珍しく真剣な表情になる。親方様の表情になったので、反射的に正座をして背筋を伸ばす。
「簡潔に語るのであれば、遠い遠いとおーーーーーい昔に分岐した親戚のようなものだ」
「それって、もう親戚じゃないじゃん」
よくて自然血族ってやつだね。
「恋愛騒動の後、双子の勇者の仲は険悪になった。お互いを呪いながらこの世を去った後、世界に災いが頻発した。二人の血を引く子孫のルーフジールは、勇者の責で災いが世界に散った事を知り、いつか本人達に責任を取らせようと末裔まで語り継いだ。わかったか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます