第7話 呪われた証③
一気に喋った親父殿を眺め、唖然としながら返事をする。
「全然わからない」
今の話だと、痴情の縺れで世界に八つ当たりした勇者を罵倒しているんだろうなって、うっすら理解できた程度だ。
親父殿はこほんと咳払いをして話を続ける。
「何故、ルーフジール家なのに、お前たちが似ていないか……だったな」
「いやもう、それはどうでもいい」
「結婚して子供を生んで子孫を残していく内に、どんどん他と混じってしまったからだ」
真面目に答える親父殿を見て、あたしは途方もない疲労を感じていた。
通訳が欲しい。
「あたしの聞きたいところは、そこじゃなくて。ああもう、いいや。次の質問」
あたしは正座から胡坐に足を崩す。
「あたしが生まれ変わりっていう、根拠は?」
「お前達二人は見た目も性別も違うが、予言されていた生まれ変わりだ」
「予言って?」
「ルーフジール家に授かる双子は勇者の生まれ変わりだという預言だ! 歴史上、今回が初めてなのだ。同じ日、同じ時間に生まれたルーフジール一族の子は! だから絶対にミロノは勇者の生まれ変わりだ!」
「根拠が根拠じゃないいいいいい!」
「そして災いを倒しに行かなければならない! これは宿命だ!」
「興奮するな! 話を聞け親父殿!」
「ぐっはぁぁ!」
ぐおおっと立ち上がる親父殿の腹に拳をめり込ませて大人しくさせる。
腹部を押さえながら「うご、ぐご」と咳き込んでいるので、軽く背中をポンポンと叩いてあげる。
「酷いミロノ……」
「部屋壊れるの嫌だもん」
スンスンと鼻をすする親父殿の背中をよしよししていると、
「じゃあ、手っ取り早く、試してみるか?」
ずっと傍観していたリヒトがゆっくりと口を開いた。
そっちから狙撃が来るとは予想外だったが、軽く睨んで「試す?」と聞き返すと、彼は懐を漁り、黒っぽい艶やかな石を取り出した。
親指大の大きさで細い形状で光沢を放つ、まるで宝石のようだ。
いや、この形はどこかで見覚えがあるような無いような?
「勇者の生まれ変わりがこれを触ると、印が浮かんでくる。握ってみろ」
リヒトは立ち上がりながら、あたしに石を差し出し握るよう促す。
「印?」
「これは俺の父上が持っていた品だ。なんでも、勇者を火で埋葬した後に、焼け跡から出てきた骨が化石になったやつらしい」
「よく触ってられるわねぇ」
「しっかりと洗ったんだよ! 洗剤でゴシゴシってな! 俺だって気持ち悪いんだ!」
本気で怒っている。
「心中察知するわ」
「同情されたくもねぇ」
口を歪めながら苦々しげに石に視線を落とした後、あたしに険しい表情を向けた。
「ほら。持てよ」
あたしは、黒い石をじっと見つめた後、リヒトの顔を胡散臭げに覗き込んだ。
「これを握れば答えが解るって本当か? どうなった?」
「それは…………今は教えられない」
リヒトは言いかけた言葉を飲み込んだ。
差し出された石を持つか少し迷う。
「行けぇぇぇ! ミロノ!! さぁ! その石を触るのだ!」
「うっさい! 親父殿!」
あたしは怒鳴りながらも、その石から不気味さを感じた。
凄く嫌な予感がする。触ってしまえば取り返しのつかない事が起こる気がする。
だけど印が出るかどうかを確かめないと、この話は終わらない。
今は拒否してもいつか石を触らなければならなくなる。だったら今やっておいた方が良い。
「わかった。白黒ハッキリしよう」
ひょいっと石を掴む。
驚くほどつるつるすべすべで、そして吐き気がするくらい禍々しい。
「え!?」
急激に額が熱くなる。
熱いなんてもんじゃなく、熱した鉄を脳味噌に押しあてられたかのような、頭を熱したドリルでぐちゃぐちゃに焼かれたような。トゲトゲした気持ち悪い痛みが広がり、立っていられなくなった。
「っっっ!」
「ミロノ!?」
心配した親父殿はあたしの体を摩りながらオロオロしていた。
あたしは石を握り締めたまま蹲って、熱さが引くのを待つ。治る時間は一分も経っていないが、それ以上に長く感じた。冷や汗で体がベタべタしているので、手で額の汗をぬぐいながら顔をあげる。
「大丈夫。なんか凄く脳味噌が痛かった」
「ミ、ミロノ! ひ、額に!?」
驚く親父殿と
「ぶぶぶ!」
リヒトは目頭を波立たせ、笑いを堪えるように口を押えて肩を震わす。
「なんだ?」
「くくく。どうやら、お前も勇者の生まれ変わりだな、かわいそうに」
若干同情のような雰囲気を出しながらも、
「ぶっくくくく! そっちも酷い文字だ」
腹を抱えて笑いだしたリヒトを眺めて、怪訝に眉を潜めるあたしに親父殿が鏡を差し出してくれた。
「ミロノ。額を見てみなさい」
「額?」
受け取って、鏡で自分の顔を写す。
………………。
一瞬、意味が分からなかった。
…………。
「なんじゃこりゃああああああああああ!」
額全体を使ってデカデカと横文字で『呪われし愚直』と赤い字が刻まれている!
青い炎のようにメラメラと光っている。
光りすぎて親父殿の顔が明るく照らされている。
勇者の生まれ変わりの証がよりによって『呪』かよ! なんで『愚直』!?
蛍光塗料をふんだんに入れたインクで額を彫ったような状態になっている。それか、光輝石を埋めたようになってる!
これは目・立・つ!
「これじゃ表を歩けない!」
あたしはキッと睨んでリヒトに詰め寄り、思わず襟首を締め上げると、彼は痛さで眉を軽く潜める。
「ちょっと! どうゆうことだ!」
「それが、勇者の印」
「なんで勇者の印が『呪』なんだよ!」
「俺が知るわけないだろう! これを見てみろよ!」
リヒトはあたしの手を払いのけると、マフラーを緩めてロングコートのボタンを外し、黒っぽいシャツのボタンを首から胸まで外して、その中を見せた。
「うっわ、肌の色が滅茶苦茶白い」
運動していないか、肌をあまり露出してないっぽいな。美肌じゃないかくっそ。
「どこを見てるんだ、これだ、これ」
喉仏から親指一本分下から胸骨の中心に『呪いし噴怨』と赤い文字が刻まれている。
こちらは縦文字で胸骨中央まで伸びていて、やはりメラメラと燃えるように光っている。
うっわ。可哀想。
「胸元に『呪いし憤怨』って出たんだ。白や黄色だと色が透けるから見えるし、厚着しないといけないから最悪だ!」
「胸ならまだ良いじゃないか! 服で隠せる分マシだ! こっちは額! 額! 隠せないだろう!」
「ハ! 時間経つと薄くなって見えなくなるさ。興奮したり怒ったりした時とかに出てくる」
「これを消す方法は」
あたしの質問にリヒトは首を左右に振る。
「旅の間に町や王都へ寄って、解決策があるか伝承や本を調べたんだが。何もなかった」
胸元を隠しながら淡々と答えるリヒトの目が若干死んでる。
彼は既に悟っているようだ。
これが呪いで、災いを解決しないかぎりなくならないと。
あたしは頭を抱えた。
「あーーー! どーしよう。何をすれば消えるんだろうこの呪い」
鏡で自分の額を見つめた。見れば見るほどカッコ悪すぎる。
「慌てるなミロノ。災いを全て倒したら消えるぞ」
親父殿が当然のように答えた。
「なんだって?」
あたしは棒読みで、否、感情を殺した声を出しながら、ゆっくりと振り返る。
親父殿は納得した様に両手を組んでうんうん頷き、目を輝かせた。
「それは転生石と名付けたルーフジール家に伝わる遺品で、代々あちらが持っている物だ。成人の儀に握らせる儀式の一つだのぉ。生まれ変わりには同じ呪いが刻まれているので、印が浮かぶと伝わっていたが。そうか、お前たちをみて理解した。もし生まれ変わりが拒んでも、拒めない状態に追い込むのか。やりおるわ」
くそ、殺意が沸く……。
必死に親父殿を殺したい欲求に耐えながら、あたしはリヒトを射殺すように見つめた。
「つまり、拒めないように、恥ずかしい呪が出てくるの?」
「……そうだな。これが無かったら俺だって旅なんて出ずに、放っておくさ」
「くっそぉ。もし印にこんなん出るんなら、絶対に触らなかったのに!」
半泣きなあたしにリヒトは冷笑を浮かべる。
「だろうな。だから教えなかった。旅は道ずれ。俺みたいな不幸がもう一人増えた方が、気分良いからな」
「うっわ! こいつあたしをハメやがった!」
あたしは膝を崩して床に手を突き、絶望感に打ちひしがれながらリヒトの嗤笑を聞いた。
気づいた時、すでに遅し。
こうして、あたしは選択の余地なく、自分に出てくる呪印を消すために、災い退治の旅をする事になってしまった。
お互い若干意味合いが違う悪口のような呪印は、その後重要な意味を成すものだったが、この段階ではまだ誰も知らなかった。
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