第5話 呪われた証①
午前中のコントのようなやり取りの後から、親父殿はあたしにつきまとって説得を試みていた。昼過ぎに外へ逃げてみるが追いかけてくる。
里の者はその光景に慣れているので『ああ、いつものことか』と、生ぬるい視線を送ってくる。
この件は里の者には秘密のようだと、あたしは気づいた。
外に出た途端、親父殿は話を聞くようにと言うだけで、『凶悪なる魔王』や『あたしが勇者の生まれ変わり』という言葉を一切使わない。
更に里中を逃げ回る事、三時間。
分かっていたが、一向に引きはがせない。
仕方なく、シズマル森へ行こうとして
「ミロノ! そっちは駄目だ。こっちに来こい!」
「うっわ」
後にいた親父殿が瞬間移動のように真横に来て、ガシっと強い力で腕を掴まれた。
「こっちの森は立ち入り禁止じゃ」
「むー」
「よし。話し合いに戻ろうぞ」
ひょいっと肩に担がれた。ご丁寧に腰と手首を握られて固定される。
うーん、流石に業を煮やしたか。
「話し合いするつもりはないんだけど」
「いいから、聞きなさい」
そのまま自宅の客室に連れていかれた。
畳の上にトスンと置かれる。靴を履いたままだったので脱いで壁際に置く。振り返ると親父殿がドアの前に立っていた。
逃がさない気だ。
あたしは観念すると同時に、呆れて肩をすくめた。
「親父殿」
親父殿は両手を組んで、珍しく真剣な眼差しを向ける。
ずっとこれだったら威厳ありすぎるんだがなぁ。
「ミロノ。本当に真面目な話だ。お前も聞いたことがあるだろう、凶悪なる魔王の噂を。災いが起こす被害を。一度でも耳にしたことがあるだろう」
「ある」
ある時は町を滅ぼし、ある時は戦争を起こし、ある時は飢餓や病気を流行させる。
人の手でどうにもできない現象を『凶悪なる魔王』と呼称し、世界各地で発生していることくらいは、知っている。
「でもあれは自然災害でしょ?」
「そうではない。災いは世界を蝕む強力な呪いの一種だ」
「………は?」
「呪いを解くにはお前達の力が必要になる。双子の勇者の生まれ変わりにしか出来ない事だからのぉ」
「……なんで?」
「全ての災いは双子の勇者が起こしておる」
ツッコミが追い付かない。
理解不能に陥っているあたしを尻目に、親父殿は話を進める。
「これはルーフジール家に伝えられる伝承の一つであり、名を継ぐ者の宿命である。我ら子孫が多くの災いを鎮静させてきた。かくゆう儂も、若いころは修行の旅と称して災いを鎮静させてきたしのぉ」
「は?」
「ルーフジール家の男子は、成人を迎えると十年から二十年、武者修行の旅という名目で災いを鎮めてくるのだよ。とはいえ、実際には誰一人、魔王を消滅させたことはないが、災いの被害を最小限にするよう努力してきた」
与太話を聞いている気分だったのに、急に現実味を帯びてきて、あたしは戸惑う。
「そ、そうか。あ、でも、じゃぁなんで今、この話を? 成人してってことは、たしが聞くのは二年後でもいいんじゃ? っていうか、あたし女子だけど、いいの?」
「ああ。お前は別格だ」
一瞬だけ、親父殿の目に憐憫が浮かぶが、すぐに消えた。
「最初から災い討伐の旅に出すつもりで鍛えていた。そして…………………時が来たと言っただろう?」
あ。髭を触った。これ理由分かってないやつだ。
「お前達ならきっと、魔王と直接対決出来ると思っておる。そして、呪いそのものを消し去ってくれるはずだと確信しておる」
「……なんで?」
あたしは眉を潜めながら聞きかえすと、親父殿は重々しく頷いた。
「どうやら『恋焦がれた姫君を奪い合ったときの互いの負の感情』が、『災いの権現』だそうだ。それは『本人達しか解決できない』と言い伝えられておる!」
「うっわ! なにその理由!? ドン引きだ!」
あたしの反応に親父殿はきょとんした顔をする。
「恋から来るいざこざは、本人たちがわだかまりを解かないと解決しない、っていうのは至極当然だろう?」
「いやいやいやいやいや! 余計に納得いかない! まだ前半の方が信憑性増した!」
あたしまだ恋が成就したことないし!
「兎に角ミロノ。お前はリヒト殿と一緒に災い討伐の旅に」
「出るかあああああああああああああああ!」
苛立ちに任せて、親父殿を蹴飛ばした。
「ぬおおおおおおおおおお!」
ドゴォンとドアが壊れて階段を転り、更に勢いが消えず玄関から外へ転がっていった親父殿を尻目に、あたしはさっさと階段を降りて自分の部屋へ向かった。
納得できない以上、動く気にはなれない。
そもそも色々おかしいではないか。
確かに『英雄が暴悪族を退けるおとぎ話』は幼少聞いたことがある。その英雄、双子の勇者の名がルーフジールと呼ばれているのも、なんとなく記憶にある。
名前一緒だな。くらいの認識だ。
あたしとリヒトが勇者の生まれ変わりとか。災いは双子の勇者の呪いだったとか。
こじつけしたいだけじゃないのか!?
それならば、ルーフジールの名を継ぐために討伐に向かえ、と言ってくれる方がまだ抵抗がない。
ん? 名を継ぐって、あたしも継承権あるの?
継ぐのは男子と思っていたから、次のルーフジール家の当主は従兄だと思っていたんだけど……?
んんん。兎に角、これだけは言える。
「話すタイミングがおかしいんだよなぁ……」
あたしは深いため息を吐いて、廊下の途中で足を止めた。
突然なんでこんな話をしようと思ったんだ親父殿。仮に、成人の儀に今の話をすればあたしは多分、無理矢理納得する。
「何か予定外な事があったのか?」
今、話す時期だと踏んだ理由があるはずだ。
それは一体……。
「そうだな。予定では二年後に話すはずだっただろうな」
聞き慣れない少年の声がして、あたしは前方に視線を向けると、倉庫からリヒトが出てきた。
なんで倉庫から?
「…………ネフェーリンさんから荷物を運ぶのを頼まれただけだ。盗人じゃねぇよ」
「盗人までは思ってなかったけど」
そうか。母殿は彼を客人とは思っていないのか。
あたしが知らないだけで、どこかの親しい知り合いなのだろう。
廊下でばったり会っただけだったが、リヒトは小馬鹿にしたような含み笑いを浮かべた。
「なんだその顔」
「少し話がしたい」
「……そうか」
話……。
あ! そう言えば、こいつが来てからだ。親父殿が言いだしたのは!
何か吹き込んだかもしれない。
「今更だけど、あんた、ここに何しに来たの?」
思わず睨んでしまったが、彼は平然と受け流し
「落ち着いて話ができる場所はどこだ?」
質問が質問で返ってきた。
「…………」
苛立つが、あたしはリヒトに視線を合わせる。
うん。改めて見ても全く似ていない。
二卵性の男女の双子はアリだとしても、特徴が全く違う。
あたしは黒髪の琥珀色の目、リヒトは赤髪の紫色の目。
身長は殆ど同じだが、男女の差で体つきも全然違って……
おや? 若干傷だらけでボロちくなってないか?
素肌にはうっすら引っ掻き傷、あ、切傷が多数ある。服も刃物で切られたような小さな傷が見えるな。
そうか、部屋の中なのにコートを着ているって、変だなぁと思っていたが、防具の意味があるのか。
この家って、いたるところに罠があるから、慣れなきゃ重傷になる。逆に言えば、その程度で済んでいるのは凄い。
彼はこの家に罠がある事を知っている。つまり、ここへ来たことがあるってことだ。
あたし任務や修行で頻繁に家を空けるから、面識がないのも不思議じゃないか。
色々思案すること一分程度
「おい、話したいって言ってるんだが? 聞こえてないのか? その耳は飾りか? でかいイヤリングだな」
「聞こえてるわよ。数秒黙るだけで催促するなんて気が短過ぎ。っていうか、あんた毒舌かよ」
「そっちが先に無反応したんだろ。それ相応な口調にしただけだ」
「ちょっと考えていただけだろ?」
「よそ事考えてただけじゃねーか」
「あああ、喧しい。あたしに喧嘩売ってんのか?」
「都合悪ければ腕力で片づけるのか? 野蛮な奴だ」
「よし。喧嘩売ってるな」
あたしが手をバキバキ鳴らすと、リヒトが鼻で笑った。
「ああ? 今はちゃんと聞こえてんだ。もっとゆ~~~~っっくり喋らないと伝わらないのかと思った。そもそも単語の理解が出来てるのかと、一瞬疑ったけどな」
「おあいにく様。あたしは人間の時間枠で生きてるからね。どこかの誰かみたいに小動物時間感覚で動いたり、喋ってるわけじゃないしー」
「はぁ? 小動物? 耳だけじゃなく目も機能してないのか? ご愁傷さま」
「目の前にいる傷だらけの、か弱い生き物を小動物として扱って何が悪い? 傷だらけで可哀想にねぇ。あそこにもここにも切り傷がウケる」
リヒトが睨んでくる。あたしも睨んでいるからお互いさまである。
しばし膠着状態になったが
「…………まぁいいか」
リヒトが気乗りしない様子で肩をすくめた。
「喧嘩を売るつもりはない。落ち着いて話がしたいだけだ」
揶揄する事を止めたようで真面目な顔つきになる。それにしても変な挨拶だった。彼が普通の対応に戻ったので、あたしも普通に戻る。
落ち着いて話ができる部屋か。親父殿は外だけどすぐに戻ってくるから客室は駄目。母殿がうろうろするから一階は落ち着かない。
なら、選択肢は一つだ。
「じゃあ、あたしの自室に来い」
リヒトがちょっと変な顔した。
勘違いしないように付け加えておく。
「あたしの自室だけ罠はないし刃物は少ない。なにより、親父殿も盗聴していない」
「お前の親父は年頃の娘の盗聴するのかよ!?」
リヒトは一瞬だけ軽蔑した眼差しを玄関の方へ向ける。どうやら、親父殿が外へ出たのは知っているようだ。
まぁ、大きな音がしたから推測できるだろうね。
「しそうになったので倒した」
「ふぅん。大変だな」
どうやら同情してくれたみたいだ。
常識人な一面があったんだ、ちょっと安心した。
「じゃぁそれでいい?」
「ああ」
返事が返ってきたので、あたしは階段を上がる。念のために、罠の回避ポイントを教えながら一緒に二階へ上がった。
教えている最中、リヒトはまた面食らったような変な顔をしながら、あたしを見上げていた。
なんなんだこいつ? あたしを血も涙もない凶悪な奴と誤解していないか?
生死に関わるから意地悪しないぞ?
不思議に思いながら、自室に到着した。
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