第4話 出会いは突発的に④


 私は無言で立ち上がり、下座へ向かう。


 そこのオブジェに使われている大岩を一個、ベリベリと剥ぎ取って親父殿にぶん投げた。


「おおう!?」


 20キロくらいあったが、それを軽々と受け止め持った親父殿だったが、プラスされた重みで足がほんの少し針に刺さり「イデデ!」と悲鳴をあげた。

 肉体硬化を怠ったな、いい気味だ。


「何をするんじゃミロノ!」


「親父殿。あたしを呼んだ理由はなに? さっさと言って」


「それはのぉ~」


 石を抱えたまま声を出す親父殿と一緒のタイミングで


 「へぇ? やるな」と少年が呟いた。

 

「そりゃそうじゃ!」

 

 そこに食いつく親父殿。岩を横に置きながら、自慢の娘を褒められてデレデレと表情を崩す。


「可愛い娘だから、念入りに手入れしておる! 本気で仕合いしたら殺されるのは儂だな! いはやは、子供を持つまで最強と自負していたが、娘には生れた時から敵わん。この子は殺しの部分においては天才だぞ!」


 親父殿の言葉は謙遜ではなく事実だ。


 まだまだあたしは未熟ではある。心技一体はやっと親父殿の足元に辿り着いた状態だ。

 しかし純粋な命を狩る『戦闘』『暗殺』ならば、親父殿の技術よりもあたしの方が上だ。

 あたしは『命を奪う』才能と技術が極端に秀でている、と母殿から言われている。

 

 それはさておき、殺しの天才と言われて全然嬉しくない!


 寧ろそれを嬉々として説明する親父殿の姿にイラっとする。

 

 少年も完全にドン引きしたらしく、口を一文字にして黙った。


「ほぉ? そのカワイイ我が子の為にぃ、家ん中全部トラップしかけたりぃ? 致死量ギリギリの毒をもったりぃ? そーゆー事が愛情表現なんだ? 初めて知ったよ」

 

 あたしは早歩きで近づきながら親父殿をけん制する。


「そ、それは……」


 真正面に立ち、上から見下ろして笑顔で言い放ってやった。親父殿の顔にうっすら汗がみえるのは気のせいではないだろう。


 思い当たる節しかないもんな!


「はっはっは」


 親父殿は笑って誤魔化した。


 

「ったく……」


「はっはっは! 怒るな、ミロノ」


「話を戻すわ、用って何?」


「うむ。そうだな。いつまでも立ってないでそこへ座りなさい」


「誰のせいだ!」


 やっと本題に入れる。あたしは呼吸を整えて、最初座っていた位置に腰を下ろすと、親父殿は少年を示した。


「この子はリヒト。リヒト=ルーフジール。お前と同い年だ。東大陸最北端の辺境の村ユバズナイツネシスから一人で来たんじゃ」


「ほぉ? 一人で…………あの、親父殿。気のせいかもしれないが……家名が同じ名だよな?」


 「そうだ」と少年が鼻で笑いながら付け加える。なんかムカつく。


「その東大陸最北端のド田舎の村から、わざわざ、この最南端のド田舎村ヴィバイドフに来た理由は?」


「凶悪なる魔王。そう呼ばれる災いを倒すためだよ。ミロノ」


 親父殿が重々しく真面目な口調で答えた。


「……………はぁ?」


 親父殿の返答に思わず疑問の声をあげる。


「災いを倒す?」


 呆気にとられたあたしを視界に入れながら、親父殿は剣山の上で立ち上がる。


「時は来た!」


 バックに爆弾が爆発したようなドーンという擬音が見えた気がする。


「突然立ち上がるな! びっくりした!」


「双子の勇者の末裔であるルーフジール一族からついに! 800年という時をかけて! 今この時代にミロノとリヒトが誕生した! この二人は間違いなく双子の勇者、彼らの生まれ変わり!」


「あたしとこいつは双子じゃないじゃん! っていうか、ルーフジール一族が勇者の末裔って今聞いたんですけど!? どんな与太話……」


「思い起こせば十四年と八ヶ月、同じ日の同じ時間、全く同じ名前の夫と同じ名前の女性から誕生した! これが、まさに生まれ変わり以外になんと言う!? 当時、ルゥファス殿と喜び合ったなぁ」


「聞け! あたしの話! てか、連絡取れるのかよ!?」


「そして、相談して勇者の名をお前に与えた。そう、双子の勇者の名前は『ミロノ』『リヒト』……」


「ツッコムところ満載じゃないかぁぁぁぁぁ!」


 さっきの岩を広い少し距離を開けてから親父殿へ投げつける。

 今度は豪速球だ。

 

「うぐあ!」

 

 見事に頭にヒットした親父殿は血を流してのた打ち回ったが、すぐに回復してあたしを指さしする。

 

「うぐぐ、そうゆうわけだ、ミロノ。さぁ! 旅立て! 準備して明日出発するんじゃ!」


「知るか!」

 

 あたしは叫びつつ、隠し持っていたナイフで天井のスイッチを押す。落ちてきた縄をグイッと引っ張って、親父殿を落とし穴へ落とす。

 

 親父殿が落とし穴の上に剣山を敷いてわざわざ座っていたのは、オチとして、こうして欲しいからに決まっている。

 

 だからやる。

 

「落ちろ!」

 

「どああああああああ!」

 

 興奮して隙だらけな親父殿は剣山ごと、あっさりと穴の中へ真っ逆さま。

 

 ほらな。やっぱり落としてほしいじゃん。

 嫌なら剣山を足場にして落とし穴を回避するはずだ。


 ドンガラガッシャーン!


 一階の作業室の炭の中へ落ちて、派手な音をさせる落とし穴を見つめながら、あたしはゆっくり息を吐く。


「はぁ。なんなんだ一体」


「それはこっちのセリフだ」


 あたしは少年、リヒトに視線を向ける。


 興奮して突然立ち上がる巨体を見ても、巨体が落とし穴に落ちても、彼は驚くことも慌てることもなく淡々と座っていた。


 なるほど、こいつも変人だ。


「はぁ……そのうち親父殿戻ってくるから適当にし」


「リヒト殿。しばらくはこの家に泊まりなさい」


 穴から声が響いたと思ったら、物音一つさせず、親父殿が落とし穴の縁に指をかけ、頭部と目だけ覗かせて喋っていた。


 うわ。もう上がってきやがった。


 リヒトは若干眉を潜めて、不気味な物を見るような目つきをしていたが、「そうする」と頷いた。


「ミロノは説得するのに時間が少々かかるが問題あるまい。運命の歯車は回りだした、回避する手立てはな」


「落ちろ」


「どあああああああ!」


 あたしは親父殿の頭を踏みつけてもう一度落とすと、踵を返してドアを開けた。

 後ろから細かくて硬い物にぶつかった派手な音が響いてくる。


「ミロノ! 運命からは! 逃れられぬ!」


 穴の中から親父殿の声が聞こえるが無視して部屋から出ていった。

 何も聞かなかったことにしたい。そう思いながら家から抜け出した。





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