第2話 作者に休息を与えるために

 「オリキャラの星……ってなに?!」

 「文字通りオリキャラの星だよ♡」



 理解が、追いつかない。

 なんなの。そもそもルイが現実にいるってだけで頭がパンクしそうなのにさらに『オリキャラの星』って、それって惑星なの?誰かがそんな名前を新星に付けたの?宇宙船に乗って来たの?宇宙人?それともなに概念なの?私がファンタジーな世界に片足突っ込んじゃったの?異世界に飛ばされたんですか?ここ日本?ってか待って、今日の私、過去の自作小説のオリキャラに、ルイに現在の私の同人誌、え、読まれた?……。びーえる……。


 ダメだ。頭の中ごちゃごちゃしてる。情報が多くて疲れた。頭も痛い。吐きそう。もうやめようこの話……。


 「……僕の言うこと、信じられない?」

沈黙の意味を察してルイがこちらを覗き込んでくる。


 う……。そんな悲しそうな顔しないでよ。


 「いや、その……」


 会話を重ねれば重ねるほどルイだ。現実にいないはずの彼がいるなんて。

 中学生当時の私だったら素直に信じたかも知れない。


 だが、もう大人になってしまった楓は一度冷静になると理解しがたい現実を容易に受け入れることができない。


 これは脳が栄養不足で幻覚を見ている恐れがある。それとも睡眠不足で夢を見ているのか。

 が、それ自体が現実逃避である。目の前には物理的に存在しているルイがいて、自分のことを知っていると言っていて、ついでに言えば同人誌を買われた事実も変わらない。


 「……ぬぁああっ。もう、今日は疲れたから考えるのやめる……」


 楓は考えることを放棄してその場にしゃがみこんだ。


 「いろいろあって、なにもかも嫌になっちゃった?」


 上からルイの心地よい声が降って来る。

 なんで知ってるの。怖いわ。


 「だったら逃げちゃおうよ。僕が君を守るから。その代わり楓ちゃんの命を、僕にちょっとだけちょうだい?」


 なにその悪魔のささやき。なんで命?怖いわ。


 ……でも。

 「逃げたい」


 自分の口から本音だけが零れた。


 「もう、なにもかもヤダ。いいよ。こんな私の命でいいなら、ちょっとだけルイにあげる」


 にこりと笑ってルイは手を差し出す。

 楓はその手を取った。悪魔でもいっか、と。

 金色の髪を垂らして優雅にお辞儀して、お姫様のように扱われる。

 まるで、昔書いた自作小説のようだった。







 ……トンネルを抜けるとそこはファンタジーの国でしたってことはなかったけど、起きたら知らない天井だったっていうのは実際にあるんだな。あ、いや私、今日全然眠ってないんだった。ずっと起きてたわ。起きてた天井だわ。


 楓は自宅より高くて広い天井をぼんやりと眺めていた。空調と加湿器が立てる低い稼働音しか聞こえない空間。カーテンの隙間からこぼれる朝日で部屋の中がうっすら見える。

 時刻は、時計がないのでわからないが、日の出が遅い11月で空がこれだけ明るいのならもうとっくに職場に着いていなければならない時間だ。月曜日の朝にまだ布団の中にいるというのはなんとも落ち着かない。しかもここはホテルのような調度品がそろえられた客間。そう、お客さんが使う用の部屋。他人の家だ。

 家主はもちろん昨夜の人物。


 なにも無防備にうかうか付いて行った訳ではない。その場の流れというか、体調不良のせいというか。

 というのも、楓は頭痛と吐き気とめまいがひどくなってオリキャラ云々どころではなくなってしまったのだった。お医者さんに行こうと言われ、ルイが乗って来たらしい車にそのまま乗せられた。これが誘拐だったらひどく間抜け過ぎる。


 青いセダンの後部座席に乗せられて、ルイは運転手に病院に行くよう伝えた後、楓の隣で背中をさすってくれた。嘔吐用のビニール袋は手渡されたが、人様の車で、今日会ったばかりの人の前で吐くわけにはいかない。楓は意地でも吐かないように必死で耐えていた。車内でルイと運転手の会話を聞く余裕はなかった。


 休日の夜間外来診療をしている大きな病院に着くと、受付も付き添いも、最終的にはお会計までも全部ルイがしていた。楓は丁重にお断りしたが、ルイはのらりくらりと、やんわりした雰囲気のままなのに、楓は強引に押し切られてしまった。


 体調の方は、結論から言えば脳に以上なし。ただの貧血だそうだ。


 思い当たる節は大いにある。医者からは「ちゃんと寝て食べて水分ぜったい摂ってね。その生活じゃ免疫落ちてるから風邪ひくよ」と言われ、その後てきぱき点滴をしてもらい、頭痛やめまいは度々あることを伝えると頓服薬も3種類ほど出された。

 そして病院に付き添われた結果。ルイに『一昨日食べたカロリー〇イト以来、固形物を口にしてない』ということがバレた。


 水分は取ってたもんね。ドーナツ屋さんでカフェオレ飲んだし。


 病院に何時間いたのか、時計を見そびれて分からなかったがかなり長い時間掛かった。ルイと楓が外に出ると青のセダンが病院のロータリーに入って来るところだった。


 「じゃ、僕ん家行こうか」

 「……え?」

 「まさか楓ちゃん……もしかして僕のこと、隙あらば女の子を襲おうとする狼だと思ってる?」

 「う……」


 狼だと……思っている。目の前にいる人物が本当にオリキャラのルイならば。自分がそうキャラクター設定を作った。しかしここまで親切にしてもらった相手に対しあからさまに顔に出すのは失礼だったか。

 ルイは突然楓の手を握って目を輝かせた。


 「さすがは作者!僕のこと解ってる!大好きだよ!」

 「はぁっ?!」


 ……なんでそうなる。再び意識が遠のきそうだった。

 勢いそのままに、ルイは楓を車に乗せようとドアを開ける。


 「と、いうことで。寒いしほら早く車乗って」

 何が『と、いうことで』なのか。


 「楓ちゃん放っておくとご飯食べないし、睡眠も水分も摂らないし、いま君に必要なのは十分な休息なわけ。一人暮らしのアパートに帰って一人で全部できる?ゆっくり休める環境整ってる?」

 「うっ……」


 まさかあの荒れ果てたアパートの惨状を見透かされているのだろうか。

 口ごもっているとルイが顔を覗き込んできた。


 「……楓ちゃんさ……。僕にグミくれたのに何で自分は食べてないの?」


 あれ?なんか……もしかして怒ってる?


 「あれって、聖櫃のゲーム内に出てくる回復の木の実のことだよね?『グニグニした木の実』って説明文だったけど、グラフィックどうみてもグミだったし」

 「そうそう。ゲームやってる人はあれがグミにしか見えないって……」

 「なんで僕にグミくれたのに自分はなんにも食べてないの?」

 顔は笑っているのに声に凄みがある。


 あれ?やっぱり怒ってる?なんで?


 「いや……お腹空いたら、私も自分の分食べようと思ってはいたんだけど、意外とお腹空かなくて……」

 「お腹空いてなくても栄養は摂らないといけないの。このまま君を一人で家に帰しても、お腹が空かないからって何も食べないんだったら自己管理できないってことだよね?」


 図星を刺されてぐうの音も出ない。カロリー〇イトの前科もある。


 さっきからずっと紳士的に車のドアを開けて待ってくれるが、車内の暖気が逃げてしまうことの方が気になる。運転手さんが寒むそうで申し訳ない。

 そういえば、病院内でも手動で開ける扉は全部ルイが開け閉めしていた。レディーファーストとか、フェミニストとか、そういうことだと思う。そういうキャラ設定にした覚えがある。


 「……仕事でなんかあったんでしょ?」

 「え、怖い。なんで知ってるの?!」

 「少しでもいいから僕に話してみない?人に話せば楽になることもあるでしょ」

 「……」

 こちらに手を差し伸べて。またあの笑ってるのに悲しい顔だ。『……僕の言うこと、やっぱり信じられない?』って言った時の。


 だから……というわけでもないが、またしても楓は自らルイの手を取った。





 そして今に至る。


 コンコンコン。

 礼儀正しくノックされるドア。


 うっ……。恥ずかしい……。昨日は結局車の中で仕事の愚痴を吐き出しまくってボロボロに泣いてしまったから、今日どんな顔して会えばいいの……。


 コンコンコン。

 ノックの主はまだ諦めないようだ。

 どう返事をすればいいものか戸惑っているとドアの向こうから声がかけられる。


 「楓ちゃん起きてる?」

 「……起きて……ます」


 昨日は泣きっぱなしでうつむいたまま家に招き入れられた。客間に通されて「もう遅い時間だから疲れたでしょう。ゆっくり休んでね」とルイはすんなり退出していった。

 しかし、今朝は打って変わって。起きているという返事だけで入室を許されたわけではないのに、するりと中へ入って来た。


 「グッモーニン楓ちゃーん!よく眠れた?朝ごはん食べれる?お風呂にする?そ・れ・と・も、僕?」

 「寝言は寝て言え」


 あ、またやってしまった。相手がルイだと思うと、どうしても……扱いが雑になる。


 当のルイは、冷たくあしらわれたことを気にせず生き生きとした笑顔のままだった。楽しそうに窓辺へ行くと「カーテン開けようね」と爽快な音を立ててドレープカーテンを開ける。

 朝日が寝不足の目に染みる。金髪もキラキラきらめいて眩しい。今日は昨日と雰囲気の違うラフな服装だ。Gパンに白いシャツ。寒くないのか?とも思うが、首元のボタンを外してちらっと見える鎖骨が実にルイっぽいと楓は思って眺めていた。


 ジャガードのカーテンとアンティークな家具を背景にして朝日に照らされるルイはそれだけでとても絵になる光景だった。


 イケメンが爽やか過ぎて、目が潰れる……。


 「わ、ごめん。眩しかった?でも朝の光を浴びることは大切だよ。起きられる?」


 眩しいのはあんたの存在そのものだ。

とは口にせず。目をしかめたまま黙って上体を起こすとルイがこちらを見てふふっと笑った。


 「楓ちゃんって目を細めるとチベットスナギツネみたいだね。かわいい」

 「チベットスナギツネって何?!」


 知らない動物の名前を出されてツッコミを入れてしまった。いやしかしそのキツネ、目を細めた私に似てるってことは絶対かわいくないだろと確信する。


 「あとで図鑑見せてあげる。良かった。ちょっと元気になったみたいで。でもまだちゃんと眠れてはないみたいだね」


 ルイの優しい声が近づいてくる。ベッドを少し揺らして腰かけると、楓の頬にかかる髪をそっと整える。自然な流れで触れられた。距離を縮めるのが上手い。


 「やっぱりおやすみのキスがないと寝れなかったかな?それとも僕が添い寝し」

 「寝言は寝て言えって言ったでしょ!」


 スパンッとルイの手をはたく。うっかり見とれていた。危うく少女漫画のようにあごをクイッと持ち上げられるところだった。相手のペースに流されないように身構える。


 「あ、僕としたことが。おはようのキスがまだだったね♡」

 「まだ言うか」

 「楓ちゃんが眠っていたら目覚めのキスをしてあげるところだったのに」

 「お前ちょっと黙れ」


 ……はっ!つい『お前』って言ってしまった。あまりにもルイっぽくて……。


 「楓ちゃん本調子戻ってきたね!小説の時みたいにもっともっと僕をぞんざいに扱って♡」


 あ、こいつルイだったわ……。

 余計なことをしゃべらなければ見た目はすこぶる良いのに。残念な中身……。誰だこんな残念なキャラデザしたの。私か。


 「おかゆなら食べられるかな。用意してくるから15分くらい待っててね」


 そう言って、謎の15分宣言をしてルイは部屋を出た。

 たぶん最低限の身支度をする時間をくれたのだろう。だったらまず、朝一で部屋に入ってくれるなと言いたい。


 さてどうしようか。楓は今のうちに、せめて顔くらいは洗っておこうとベッドから降りる。少しふらつくが昨日より足元がしっかりしている。


 洗面台の鏡の前に立つと、昨夜も見た自分の姿が映る。

 あー……酷い。これは酷い。自分で見ても本当にヒドイ。


 寝不足がここまで顔に出ているとは。昨夜は泣いて化粧がボロボロになったことも相まって余計に酷かった。何より楓がショックを受けたのは気付かない間に白髪が増えていたことだった。まだ三十路前だというのに、探せば探すほどザクザク出てきた。自宅アパートの洗面台はバストイレ一体型で、鏡にはウロコのような水垢だらけな上に、化粧をするときは小さなスタンドミラーを使っていたのでここまで進行していることに気づかなかった。


 そういえば職場で「若いのに苦労してるんじゃない?」と優しいベテランパートさんに言われたことがある。そうかだからかと楓は思わず納得した。


 こんな姿で現役高校生のもけみみみさんの隣にいたなんて。居た堪らない。


 一晩中、悔いる時間はたっぷりあったので夜の間にしっかり落ち込んだ。今はとりあえず過ぎたことは仕方ないと思うところまで精神を浮上させた。


 ぱしゃぱしゃと水だけで洗顔を済ませ、洗面台に用意してあったタオルでゴシゴシと拭く。昨夜部屋に通された際に中の物は自由に使っていいと言われている。

一息つくと改めて部屋の中を見回した。


 「……すご」


 自分のアパートの部屋とは大違いだ。白を基調としたアンティーク家具。楓が使っていたベッドも一人で寝るには無駄にでかい。寝室スペースから洗面台、トイレ、バスルームもあり、大きな掃き出しの窓の向こうはバルコニーになっている。楓は洗面台に鏡があるのに室内にドレッサーも置いてあるのはなぜだろうと不思議に思った。


 鏡があるなら洗面台で化粧をすればいいのでは?お姫様チックなドレッサーの隣には自分の荷物が置かれている。本来旅行用のキャリーバッグだが、中身はイベント仕様なので着替えの類が入っているわけではない。楓が今着ているのはこの部屋に用意されていた肌触りの良いパジャマだ。


 この部屋の中で自分と自分の荷物だけが浮いている。

 住む世界が違うとは、まさしく。

 「いや、二次元と三次元ってそれだけでだいぶ違うんだけどね」

 一人ツッコミをつぶやいて疲れたため息をつく。


 テーブルの上のガラスの水差しからグラスに水をそそいで一口、二口飲む。水分はこまめに摂るよう医者に言われたのでマメに飲むようにした。


 おかゆと言っていたのでこのまま朝食を用意してくれるらしい。食欲はないが食べないときっと心配されるだろう。

 ソファーとテーブルがあるのでそこで食事もできそうだ。昨日着ていた服しかないが、着替えて待っておこう。

 畳んでおいた自分の服に手を伸ばしかけて、手が止まる。


 いや待てよ。まさかこれは着替えてると急にドア開いて「きゃーっ!バカーっ!」ってなるパターンじゃない?

 水を飲んで頭が冴えたのか、そんな場面が過去小説の中にあった気がする。


 いやでも、ルイはノックはしてたし、まさかそんな漫画みたいなこと……。

 いやいやまさかね……。


 楓は今自分が置かれている状況を思い出す。


 漫画みたいなことめっちゃ起きてたわ……。


 着替えはやめておこう。危険な気がする。

 体のだるさもまだ抜けていない。無難に元のポジションに戻ることを選んだ。ベッドへのそのそと上がる。そこでようやく、楓はスリッパを履かずに歩いていたことに気づいた。夜中もトイレに行った際にスリッパを履き忘れていた。楓には室内でスリッパを履いて過ごす習慣がなかった。


 いやでもさ。ベッド降りて部屋の中でスリッパ履いてトイレに行って、今度はトイレのスリッパに履き替えてってなるわけでしょ……?二度手間じゃない?




 ベッドの中でしばらくゆっくりしているとまたノックが鳴った。今度は「どうぞ」と言う。ルイが小さなワゴンを押して入って来た。


 「食事をお持ち致しました。お嬢様♡」

 「……」

 「んー?どしたの楓ちゃん。執事風はお気に召さなかった?」


 楓はまるで執事のような服装に着替えたルイを見た瞬間、顔面から布団にのめり込んだ。

 さっきの「15分待っててね」は、ルイのお色直しのための時間だったようだ。


 「……ワゴンで金髪イケメンが朝食を運んでくるって、本当にここ、この状況、なんなの……」

 「言ったでしょ?僕ん家だよ」

 「ルイってもしかして、金持ち?」

 「そこまでもないけど。どーんと玉の輿狙ってくれていいよ!」

 「仕事何してるの?」

 「秘密組織のエージェント♡」


 ぐはっ。

 不意打ちで過去小説の設定をくらった。


 そうだった。ルイというキャラクターは主人公(女)の相棒役で、ある日突然特殊能力に目覚めてしまった主人公の前に現れた謎の組織に属する金髪の男(年齢/国籍/経歴/一切不明)っていう設定……ぐはっ。


 「どうしたの?胸が苦しいの?」

 「……アッタネソンナセッテイ……なんでもない」

 「でも、とても苦しそうだよ?もう一度お医者さん行こうか?」

 「ダイジョウブ……これは、過去に患った病気の後遺症だから病院で治るものじゃないの……」


 中二病という名の病。


 「そうなの?じゃ、ご飯食べて元気になってね。さぁどうぞ召し上がれ♡」


 目の前にはスプーンですくったおかゆがひとさじ。そのスプーンを握っているのはルイだ。

 これは、つまり。


 「はい、あーん♡」


 やっぱり。予想はできていた。ルイなら間違いなく「あーん」してくる、と。


 「……病人じゃないんだから、自分で食べられます!」

 「えー。でも顔赤いよ?」

 「……」

 「照れてるの?かわいい♡」

 「……」

 大人にもなって、こんな、恥ずかしいんだよっ!!




 おかゆはほどんど液状で、体を労わった味付けも薄いシンプルなものだった。しかし半分も入らなかった。

 味や食感どうこうではなく体が受けつけないようだ。

 ルイは少しでも食べることができて偉いと言ってくれたが楓は自分の体がどうしてこんなに不調なのか分からなかった。


 胸につっかえている重石のせいかもしれない。

 楓はずっと気になっていたことを口にした。


 「あの、昨日話した私の仕事のこと……」

 「ん。それはもう大丈夫」


 なにが大丈夫なのだろうか?


 「それはもう然るべき人を立ててやってもらってるから、楓ちゃんは何も心配することはないよ。有給までしっかり消化して辞めさせてあげるからね♡」

 「え?辞め……えっ?!」

 「昨日言ってたよね。楓ちゃん仕事辞めたいって。退職届受け取ってもらえないって」

 「言った……けども……って然るべき?それって第三者的な……でもこういうのって本人不在で出来るものだっけ?」

 「大丈夫。大丈夫。楓ちゃんは何も心配しなくていいから。ちょこっと書類関係は書いてもらわないといけないけど、例え争っても勝つし楓ちゃんを傷つける人は僕が許さないし」

 目が据わっている。


 なんか、昨日もそうだったけど、この人ってよくわかんないところで突然怒りだすなぁ……。


 「とりあえず、一ヶ月ぐらいここでゆっくり過ごすと良いよ」

 「一ヶ月?!いやいやいやいや、何言ってるの。そんなに長居できないよ?!本気で言ってるの?!」

 「僕は構わないし、本気で言ってるよ。今の君に必要なのは療養!ゆっくり休める環境!休息が大事なの。そのために僕がおはようからおやすみまで。衣・食・住!朝・昼・晩!お世話してあげるからね♡」


 おはようからおやすみまでと、朝昼晩は意味が重複している気がする。


 「僕は君に会うために来たんだから。一ヶ月と言わず、末永くよろしくして欲しいな♡」


 ……あぁ。言ってたな。オリキャラの星とかどうとか。


 「や、頑張れ私。ふんばれ。頑張れ」

 思考を手放しかける自分を鼓舞して、なんとか自分の考えを言葉にひねり出す。


 「冷静に考えて。私たち、昨日会ったばかりだよ。赤の他人だよ?普通自宅に招いて長期間泊って、なんてかなり変じゃない?」

 「ん~?僕たちの関係で言うなら、『作者』と『創作キャラクター』だよね」

 「……」


 ルイの指が、楓とルイを順番に指す。

 『作者(楓)』と『創作キャラクター(ルイ)』。


 十分変だった。


 「だめだ……やっぱり今は考えるのやめよ……」

 「楓ちゃん。さっきから目逸らしてる。ちゃんとこっち見て」


 ぐいっと両頬を挟まれて、強制的に視界にルイが入る。


 「僕は楓ちゃんのこと知ってるし、楓ちゃんだって僕のこと隅から隅まで知ってるよね。なんてったって、君が僕をこうしたんだから」

 「誤解を招くような言い方しないで!」


 いたずらっぽく笑う顔すら無駄に整っている。

 ダメだ。顔が良すぎて見惚れてしまう。

 だってしょうがないじゃない。自分の好みを詰め込んで作ったのが『ルイ』なんだから。そんな人間が現実に存在したら、存在したら……。


 まさか本当に目の前に現れる日が来るとは思わないじゃないっ!!


 「だからさぁ。お互い深ーい関係の者同士、そんなに遠慮しないで」

 「深い関係ってなによ?!」


 一瞬考える。そして思い出す。


 「イベント会場で同人誌買われて頭が痛すぎてゲロ吐きそうになって病院連れて行ってもらった上に退職のサポートまでするっていう、違う意味で確かに深いわ!っていうかカオスだわ混沌だわ!ありえないから!それで出会って早々居候みたいなことって、そりゃ遠慮するわ!御免被るわ!!」

 「そうそういそうろうって、ラップっぽいね」

 「韻踏んでるつもりはない!」

 「居候じゃなくて。僕としてはぜひ君をお嫁さんとしてお迎えしたいな♡」

 「……」

 「楓ちゃん、耳真っ赤だよ~?」

 「……」

 「家族と一緒に住んでいればすぐ『僕のお嫁さんです』って紹介できるのにな~」

 「……」


 ……家族?


 「あ、でも僕の『親』って作者である君だよね。僕は作られた側だから『子ども』一人二役で『息子さんを私にください!』って……やる?」


 ルイが期待に満ちた目でこちらを見ている。


 「やらん!!!!」

 「そんな『娘は君にやらん!』みたいに即答するなんて」

 「そっちの意味のやらんじゃなくてっ!っていうか、なんで私があんたをもらう側になってるの?!」

 「やーん。僕は初めから身も心も君のものだよ」

 「だまれ!っというか、どさくさに紛れて抱きつこうとするな!」


 ぜーはーぜーはーと、息も絶え絶えに布団を構えて防御していると、ルイが急に表情をしかめて手を止める。


 「ねぇ楓ちゃん。もしかして、お熱ない?」

 「そんな手に引っかかるとおもっ……言われてみれば、若干暑い気がするし、やたら喉が渇く……」

 「お熱計ろ~。お熱おねっつ~」

 「自分で計るから、顔近づけないでっ!!」




 おでこごっつんの顔面至近距離は回避したが、熱はしっかり出ていた。

 体温計は37,8℃を示している。

 「ちょうど昨日もらった解熱鎮痛剤があるね。さっきおかゆ食べたしこれ飲んで様子見よう」

 「解熱……鎮痛剤……?」

 「頭痛薬って言われたでしょ」

 「あぁ……あれか……」

 熱があると分かった途端、体のだるさを自覚する。頭もぼーっとするようだ。


 「あーんされるのと口移しされるのと、どっちがいい?」

 「自分で飲むから」

 ルイの手元から薬の袋を奪い取る元気はまだあった。



 「僕買い物に行ってくるけど、なんか欲しいものある?」

 「いや……」

 「じゃ適当に見繕ってくるね。2時間くらいで帰ってくるから。ちゃんと寝てなきゃだめだよ?水分摂ってね?」

 「……」

 「目閉じて横になってるだけでもいいから寝ててね?」

 「うん……」


 あ、そうか。私ここ数日間ほとんど寝てないんだった。だから体調が悪いし熱もあるのか。お医者さんも風邪ひくよって言ってたし、納得。うん。


 カーテンは少し閉めておくねと部屋を暗くしてもらった。

 パタン。ドアが閉められると一気に部屋が静かになる。


 ガチャ。ドアがまた開いた。


 「楓ちゃんやっぱり寂しい?僕のブロマイド置いていこうか?」

 「いらないから。さっさと行って」

 「じゃ、いってきますのキスだけ……」

 「バッ……、行くならさっさと行って!!」

 「はーい、いってきまーす♡」


 パタン。今度こそ静かになった。


 楓は一息ついて枕に頭を預ける。

 「家族」……さっきルイは家族と口にしていた。この世に生を受けたなら、それすなわち母親から生まれてきたはずだ。


 日本に国籍があるかはさておき。普通の人と同じように子ども時代を過ごし人と関わり合いながら人生を歩んできたはずだ。

 でないと本当に『オリキャラの星』なる所から来た宇宙人なんてことになってしまう。


 なんかこう、前世の記憶が蘇るみたいに『僕はキャラクターとして作られたルイだ』なんてアイデンティティーがある日ポコッと生まれたなんてことはないだろう。なにせ個人がノートに手書きしていた小説だ。ルイが触れる機会はないはず。


 まさかとは思うが、人づてに聞いた?こんなキャラクターがいたよって、過去小説を読んだことのある昔の友達がたまたま外見のそっくりなあの人に出会って、それであの人……ルイは話を聞いてキャラを模倣してるとか……。いやでもルイは小説のセリフを言っていた。確実に小説の中身を知ってる。人から表面上の話を聞いただけで、あんなにキャラを演じられるわけがない。


 内容だって作者の私よりよっぽど知ってる。秘密組織のエージェントなんて設定すっぽり忘れてたよ。


 ……思い出さなきゃ。過去小説の内容。タイトルだって、まだ思い出せない……。



 「思い……だすのかぁ……」


 軽く苦行である。


 過去の自分へ言いたいことがあるとすれば、中二病もほどほどにしてくれ。ほんっとうに頼むから……!


 楓は切実に願った。







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