第5話

 三毛崎家は大きく、さながら大名屋敷のような造りだった。

 大河曰く、この家は三毛崎家初代当主である八千代の夫がまだ猫だった頃に住んでいた人間の家を真似て造らせたという。

 透真たちと桐子はやたらと広い客間に通された。八千代は持ってくる物があるというので、何処かに行ってしまった。

 八千代を待つ最中、猫三匹が器用に二足歩行で客間に入ってきた。前足部分には茶器ののったお盆を乗せている。色は先頭から順に茶トラ白、サビ、白となっている。

「こいつらは俺の弟や妹なんだ。三つ子でさ、先頭から虎鉄、琥珀、雪乃っていうんだ。来年の今頃には猫又になっているんじゃないかな」

「来年じゃなくて、あと半年ですよ。お兄さまったら、ちゃんと覚えておいてくださいまし!」

 最後尾にいた雪乃という名の白猫が、怒って大河に詰め寄った。

「ごめんごめん、そうカッカするなよ。ほら、お客様の前だぞ。大人しくしてな」

「あらやだ……すいません。私ったらはしたない……」

「気にしなくてもいいのよ、雪乃ちゃん。間違いを言った大河の方が悪いんだから」

 桐子は大河を睨みつける。大河はわざとらしく肩をすくめて怖がるふりをしてみせた。

 こいつ――と桐子が大河に向かって拳を振り上げようとした、ちょうどその時。八千代が本のようなものを抱えて客間に入ってきた。桐子は慌てて居すまいを正す。

「待たせてすまないね。これ、かなり奥にしまい込んでいて、引っ張り出すのに苦労したよ」

 そう言って八千代が卓に置いたのは、擦り切れの目立つ赤茶の表紙の本。題名もつけられていたが、見慣れない文字で書かれているため、三人には判読不能だった。

「この本は……一体何なんですか?」

「この本が一体何なのか話す前に、大河……あんた、言わなきゃいけないことがあるんじゃないのかい?」

「あー……はい。どうしてわざわざ負担の大きい方を選んでここに来させたかというと、奴らの力を削ぐためだったんだ。ちゃんと言っておけば良かったな。悪かった」

 深々と頭を下げる大河を見て、姉妹はこれ以上怒る気にはなれないようだった。

「そんなことしなくてもいいよ。頭を上げて?」

「私たちのこと考えてくれてのことだって分かったから、私たちからは何も言いません。でしょ、透真?」

「うん。理由が分かったから、俺からは何も言うつもりはないよ」

 頭を上げた大河は、心底安心したように息を吐いた。

「良かったですね、お兄さま!」

「ああ、本当にな。虎鉄、琥珀、雪乃」

 喜ぶ孫たちを尻目に八千代は本を開くと、それを透真たちに見せてくれた。

 判読不能な表紙の文字とはうって変わって、中身は全て日本語で書かれている。かなり昔からあるものだろうに、現在使われている日本語とほとんど変わらない。

 その内容のほぼ全てがこの町に伝わる宝物についてだった。一ページにひとつずつ、写真と見紛うような挿絵とともに記されている。

「この本は読んでのとおり、この町に伝わる宝物を記されたものさ。そのほとんどが、人間がおいそれと扱えるようなものではない。ただひとつだけ、封邪の宝珠を除いてはね」

「封邪の宝珠……とはなんですか?」

 八千代はページを半分ほどめくって出てきたページの、透真たちから見て右側のページを指さす。

 そこにはピンポン玉のような大きさの青い球体が三つ描かれていた。挿絵のすぐ下には名称と説明が書かれている。八千代がその部分を読み上げる。

「……この宝珠は複数体のマヨイを封印するために使われるものである。これを持つのは犬神の一族、猫又の一族、そして狐の一族であり、宝珠はそれぞれの長が厳重に管理している……まぁ、こんなところだね」

「ばあちゃん、そんな大事なことをどうして黙ってたんだよ! なんで昨日のうちに言ってくれないんだ?」

 大河は八千代の肩を掴んで強く揺さぶった。弟妹たちが慌ててそれを止める。

「言ったらお前、さっさと持って行っただろう? それじゃあ意味がないのさ」

「意味がない? どういうことだよ、それ」

「そのままの意味さ。これは人間自ら手に入れないといけない代物なんだ。それを私たちが助けたら意味がない。マヨイを封印することが不可能になってしまうんだよ。彼らがやらねばならんことだからね」

「なんだよ、それ……」

 不敵な笑みを浮かべる八千代に、大河はそれ以上何も言えずに座り込む。

「……で、私たちはそれをどうやって取りに行けばいいんですか? その本の通りだと、八千代さんが管理なさっていることになると思うのですが」

 いじける大河をよそに、今度は朝美が尋ねる。

 八千代は不敵な笑みを浮かべたまま立ち上がり、手招きをする。すると、透真たちの身体がふわりと浮き上がり、足が勝手に動き出す。

 三人はどうにかしようともがくものの、うまくいかない。結局三人は為すすべもなく、八千代の前までやってきた。

「えっと、あの、これは一体どういうことなんですか?」

「説明は後だよ。とにかく、私についておいで」

 それだけ言うと、八千代は大河の弟妹たちには自分の部屋に帰るよう指示を出す。三匹は蜘蛛の子を散らしたように客間から出ていった。

「大河、桐子ちゃん。あんたたち二人もついておいで」

 呼ばれた二人は慌てて立ち上がり、透真たちの後ろに立つ。

 六人は客間を出て飴色をした長い廊下を進んでいく。


 幅広い廊下を、八千代を先頭に歩いていく。彼女は老婆とは思えないほどしっかりとした足取りで歩いている。

「……お前さんたち、九条 奈保子と関わりがあるね。似たような匂いがするよ」

 八千代は前を見据えたまま、振り返ることなくそう言った。

 九条 奈保子。

 数年前に亡くなった透真たち三人の祖母の名前。実家の九条家は伊川町一帯ではかなりの有力者だと透真は聞いたことがある。詳しいことは知らないが、絶縁状態にあるらしいということも。

「……はい、俺たちの祖母です」

「子どものころ、私たちに話してくれたんです。この町のこと。ずっと、おとぎ話か何かだと思ってました」

「そうかい、やはり奈保子と関りがあったのかい。孫か――どおりで似たような匂いがすると思ったよ。そういえば、あの子のマヨイもかなり厄介だったね。血は争えんとはこのことよ」

 八千代はぽつりぽつりと当時のことを話して聞かせてくれた。

 奈保子――祖母がこの町にやって来たのは、初秋の頃だったという。ひどく取り乱した様子で、彼女を案内してきた根津はなだめるのにかなり苦労したらしい。

 彼女がマヨイを生み出してしまった理由、それは結婚についてだった。親が勝手に決めた相手と、どうしても結婚したくなかったという。ほかに好いた相手がいるから。

「好いた相手? それってもしかして……?」

「名前、言ってませんでしたか? もしかして、上条 高明って名前じゃないですか?」

「さぁて、そんな名前だったような気もするがねぇ……どうだったかな」

「なにすっとぼけたこと言ってるんだよ。上条 高明、その名前で合ってるじゃないか」

 大河がすかさず助け舟を出してくれた。

「おお、そうだった、そうだった。思い出したぞ」

 八千代は話を続ける。

 奈保子は幼馴染の高明と好きあっており、どうしても一緒になりたかった。しかし、彼女の両親――つまり透真たちの曽祖父母たちは家柄が釣り合わないからと、結婚を許してくれなかったという。それどころか、奈保子に何の相談もなく勝手に結婚を決めてしまった。相手は十五も年上の資産家の息子。

 一度も顔を見たこともない、好きでもない相手と結婚なんてしたくないと訴えても、両親は取り合ってくれなかったらしい。それどころか、お前に選択する権利などない、女は男の言うことに従えなどといわれたという。

 そんな両親に嫌気がさした奈保子は、高明と駆け落ちすることにした。常世稲荷神社で待ち合わせをして、遥か遠くの土地に行くつもりだったらしい。

「相手がなかなか来ないのを心配しているとき、馬鹿でかい鼠が目の前を通ったから気になって後をつけてみたら、知らない場所に来ていたと言っていたわね。約束を破っ多と思われて嫌われるかもしれないと、大騒ぎだったわ。落ち着かせるのが本当に大変だったの」

 桐子は懐かしむように言った。

「あいつのマヨイはずーっとあいつの身体を乗っ取ることだけを考えていた。乗っ取ってしまえばあっちのもんだからな。さっさと両親を殺してしまいたかったんだろうな。娘を一人の人間として扱わない父親を特に憎んでいるようだった」

 そんなこと、祖母はひと言も話してくれなかった。当時はまだ子どもだったので、教える必要がないと思ったのだろうか、と透真は思った。

「着いたよ」

 八千代が足を止めて右を向いた。五人もそれに倣って右を向く。

 六人の目の前に広がっているのは、広大な庭だった。しかも単なる庭ではなく、腰の辺りの高さに切り揃えられた生け垣が、まるで迷路のように複雑に入り組んでいる。

「この迷路を通って、反対側にある建物まで行きな。そこに例の物が安置されている。取ったらまた戻っておいで」

 八千代の指さす建物は、かなり遠くに建っている。

「ちゃんと目的地まで辿り着けるのかな、これ……」

「でも、行かなきゃ始まらないわ」

「行きましょう!」

 一抹の不安を抱えながらも、透真たちは縁側から庭に降りて迷路を進んでいく。

「桐子は一旦本家に戻って珠のことを話してほしい。こっちが終わり次第、すぐにそっちに向かうから」

「うん、それもそうね。それがいいかもしれない。私は一旦本家に戻るから、後はよろしくお願いします」

 桐子は狐の姿に戻ると、目にも止まらぬ速さで駆けていき、高い塀を軽々飛び越えていく。あっという間の出来事だった。


 生け垣の迷路は思った以上に複雑だった。すぐに行き止まりになり、引き返さないといけなくなってしまう。三人が迷路に入ってからというもの、少しも目的地に近づいているような気がしない。進んでは戻り、戻っては進むの繰り返しである。

「どうしてなの? どうしてあそこまで辿り着けないの? おかしいわよ、こんなの」

 朝美はかなり苛立っていた。夕美も口にこそ出さないが、かなり苛立っている。それは傍から見てもよく分かる。

 苛立っているのは透真とて同じだった。

「本当にどうしたらいいんだよ……無理だってこんなの。辿り着けるわけがないって。もう泣きそう」

 迷路のあまりの複雑さに、透真はついつい弱音を吐いてしまう。

 〝苛立ったり弱音を吐いたりするんじゃないよ、あんたたち。それこそマヨイの思うつぼだからね〟

 突然、透真たちの脳内に八千代の声が響いた。

 三人は弾かれたように八千代のいる方を振り返る。

 八千代は縁側に腰かけて、背中を丸めて目を閉じていた。どうやら、うたた寝をしているらしい。大河は必死になって彼女を起こしていた。

 彼女はそんな孫の必死の呼びかけに一切応じず、透真たちに言葉を投げかけてくる。

 〝――何かひとつ、ひとつでいい。憎んでいる者との良い想い出を思い浮かべるんだ。そうすれば、自ずと道はひらけるだろうさ。それに、マヨイに対抗する力にもなる〟

 何かひとつだけ、いい想い出? そんなもの、あるはずがない、と三人は否定した。

 〝いいや、あるはずさ。あんたたちが思い出せないってだけで。何もないってこと、あるはずはないよ。どんな些細なことでも構わないからね〟

 八千代はカラカラと乾いた声で笑う。まるで何もかも見透かしているような、そんな口ぶりだった。

「良い想い出……そんなのあったっけ?」

「さぁ……思い出せないわ」

「私も思い出せないのよ。そんなもの、あったかしら?」

 三人は思い出そうと必死に記憶を辿る。どんな些細なことでもいい。良い想い出を探さないといけない。それなのに、悪いことばかりが思い浮かぶ。貶されたり、罵倒されたり、暴力を振るわれたり。

 〝大丈夫、あんたたちは単に見落としているだけさ。もっとよく考えてごらん。きっと何かあるはずだよ〟

 見落としているだけと言われても――透真は不満の声を上げそうになった。しかし、それと同時に思い出した。父親との良い想い出を。

 それは小学生の時のこと。

 当時、透真は二年生だった。

 夏休みの図工の宿題で、家族の絵を描いてくるように言われたことがある。透真は何を描こうか悩んだ結果、父親を描くことにした。理由は特になかった。ただ、何となく。他に描けそうな人がいなかったから。

 でき上がった絵を見て、父親はよく描けていると褒めてくれた。盆に親戚が集まった時などは、自慢して回るくらいには気に入ってくれた。

 それが、透真が本格的に絵を描くようになったきっかけだった。素晴らしい出来だと褒められて、とても嬉しかったことを覚えている。

 以降、絵画コンクールに応募した絵はほとんど全て上位入賞している。賞を取れば取るほど、父親は褒めてくれた。絵を描くことを仕事にしたいと打ち明けるまでは。

 今の自分を形づくる大事な出来事なはずなのに、どうして忘れていたのだろう? 思い出せなかったのだろう? 透真は情けなくなってしまった。

 一方、朝美と夕美はまだ思い悩んでいた。子どもの頃から存在を否定されながら育ってきたので、祖父という存在自体にあまり良い想い出がない。

「やっぱり無理よ。良い想い出なんて、あるはずがないもの」

「そうよね……良い想い出といわれても、そんなもの、そもそもあるはずがないわ」

 〝おや、思い出せないのかい? あるだろう? お前さんたち姉妹なら、ちゃんと覚えていると思ったんだけどねぇ、おかしいねぇ〟

 八千代は本当に何もかもお見通しらしい。

 覚えているわけがないのに――姉妹は苛立った。その時、二人の脳裏に、ある記憶が蘇ってくる。

 それは姉妹が十歳になるかならないかの頃だった。季節は確か晩夏、うだるように暑い日の正午すぎのこと。九条 清彦と名乗る薄灰色の着物を着た老人が家にやって来た。

 その時対応したのは朝美と夕美。厳めしい表情をした老人に、二人は恐怖を覚えた。あれほど怖い表情を見たのは後にも先にもこの時だけである。

 老人は名を名乗り、大人を呼んできて欲しいと二人に頼んだ。その際に老人が二人を品定めするような視線を向けてきた。その絡みつくような視線が二人は恐ろしくてたまらず、呼んでくると言い残して逃げるようにその場を立ち去ると、慌てて祖父を呼びに向かう。

 この時、二人以外に家には祖父一人しかいなかった。平日なので父親は仕事に行っていて家にいなかったし、母親と祖母は十五分ほど前に夕飯の材料を買いに出かけたばかり。

 二人から来客の名前を聞いた祖父は、血相を変えて玄関に飛んで行く。

 怖くてその場から動けないでいる二人の耳に飛び込んできたのは、儂の大事な孫娘たちは絶対にやらんぞ! という叫び声。普段からあまり喋らないような祖父からは想像もつかないような大声に、二人とも驚かされたことを覚えている。

 しばらく押し問答した後、老人は帰っていった。戻ってきた祖父の顔は真っ赤になっていた。

 あとになって聞いた話では、あの厳めしい老人は祖母の実の兄で、跡継ぎである息子夫婦と孫を交通事故で一気に亡くしてしまったという。他に子どもはおらず、跡継ぎに困っていたらしい。だがある時、駆け落ち同然結婚した妹に双子の孫がいることを知ったらしい。二人のうちの一人を養子として引き取りたいと直談判するために、上条家にやって来たのだという。

 跡継ぎ問題がどうなったのか、朝美も夕美も知らない。大人たちに聞いても知らなくてもいいと言われた。

 だから、いつの間にか忘れていた。祖父が自分たちの事を大切に思っていてくれたこと。二人の目から、自然と涙がこぼれ落ちる。

「良い想い出なんてないと思ってたのに、あったんだね。すっかり忘れてた」

「私たち、ちゃんと大切にされてたんだね。どうして忘れてたのかな? 本当に情けないね、私たちって」

「二人とも、ちゃんと思い出せたんだね」

「うん、何とかね。透真も思い出せた?」

 透真は何も言わず、静かに頷いた。その両目からは、涙が滝のように流れている。

 三人が涙を拭ったのとほぼ同時。目の前の迷路が消え失せた。まるで彼らが思い出すのを待ちわびていたかのように。

「め、迷路が消えた……? そんな、どうして消えちゃったの?」

「もしかして、そういう仕掛けなのかしら? この迷路」

「話し合っている暇はないよ。今はとにかく、先に進んで珠を貰わないと」

「そうだよね、早く行きましょう!」

 三人は急いで反対側の部屋に向かって走っていく。


 縁側から再び家の中に入った。逸る気持ちを抑えながら、透真は障子を開ける。

 広さ四畳半ほどの部屋の中央には、ピンポン玉ほどの大きさの青い珠が小さな台座に乗った状態で安置されていた。大きさといい色といい、本で見たものと全く同じだった。

「これが、あの……」

 透真は珠を手に取ってみる。珠は静かに淡い光を放っているだけで、特に変化は見られなかった。これがあのマヨイを封じ込めるための宝重とは、三人は俄かには信じられない。

「……綺麗だね。これがマヨイを封じ込めるんだよね」

「あと二つあるんだよね。きっと、簡単には手に入らないかも。今みたいに、何か課されるかもしれないわ」

 夕美の言うことは最もだった。そうやすやすとは渡してもらえないだろう。

「もう行こう。大河さんたちが待ってるから」

 珠を携え、透真たちは部屋を後にする。


 三人が八千代と大河のもとに戻ったと同時に、八千代は目を覚ました。

「……あんたたち、無事に思い出せたようだね。良い想い出を」

「はい、お陰様で」

「どうにか思い出せました。ありがとうございます」

 大河は何のことだかさっぱり分からないようで、祖母と透真たちの顔を交互に見ている。

「え? なになに、どういうことなの、ばあちゃん」

「大河、お前の気にすることじゃないよ。さっさと三人を連れて伏見のところに行ってきな」

 大河はどこか釈然としない様子だったが、三人について来るように目で促す。

 三人は虎鉄、琥珀、雪乃に見送られながら三毛崎邸を後にする。目指す先は町の北部にあるという伏見家の本邸。

 門が近くになるにつれて、またあの長い階段を使わなくてはならないのかと、三人は憂鬱になる。三人ともこれ以上体力を消耗したくなかった。

「よし、それじゃあ近道するか!」

 大河はそんな三人の思考を読み取ったのか。門を出ると正面にある階段の方には向かわず、左の塀に沿って進んでいく。

「ちょっと、どこに行くんですか?」

「だから近道だよ、近道! 来た方向から伏見家の方に行こうとすると、少し遠回りになるんだ。こっちから行った方が早く着くから。三人とも、そっちの方がいいだろ? あんな長い階段、もう使いたくないだろうし」

「まぁ、それはそうですけど……」

 長い塀を曲がると、四人の目の前に人ひとりがやっと通れるくらいの坂道が現れた。大河を先頭に、四人はその坂道を下っていく。

「ばあちゃん、凄かっただろ? 色んな意味で」

「ええ、まぁ。凄かったですね」

「掴みどころがないというか、なんというか」

「何だか底が知れないというか……とにかく、不思議な方でした」

 そうなんだよなぁ、と大河は力なくそう言った。肉親の彼でさえそう感じるのだから、他人なら余計にそう感じるだろう。

 三毛崎邸を訪れた時はまだ朝だったというのに、今はもう昼を回っている。これでは今日のうちに宝珠を全部貰うのは不可能かもしれない。

 そう気づいて、三人はがっくりと肩を落とす。先ほどまで軽かった身体が、今は鉛を詰め込まれたかのように重く感じる。


 四人が下り坂を下り終えた時、どこからともなく青白い小さな火の玉が四つ、ふらふらとこちらにやって来た。その不気味な様相に透真たちは身構え、大河の背後に隠れる。

「三人とも大丈夫だって。こいつらは伏見のところから来た遣いの鬼火だから。怖がる必要はないさ。単なる道案内みたいなもんだよ」

 鬼火たちは四人の周囲をぐるりと一周すると、まるでついて来いと言わんばかりに上下に大きく揺れる。

「ここから先は森の中だ。日中でも薄暗いから、足もとに気をつけな。まぁ、鬼火たちが助けてくれるだろうし、そこまで心配しなくてもいいけどさ」

 鬼火たちを先頭にして、四人は一路、伏見邸を目指す。

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