誘拐される

何かいつもと違う。

バランスの不一致。違和感。

奇妙な町だからではない。

このことを如何様に誰に話そうか。

桜は胸に秘める。

話しても何がどうって問題でない。

もし、あのとき。

周りに伝えていたのなら桜は誘拐されなかったか。

わからない。

過去を振り返っても無駄である。

現状を避ける為の理由づけだ。

痛いんだ、今が。


大概、桜は行き帰りを父親に送ってもらっている。

その日は晴天。

桜が咲く春。

桜道。

車の窓越しから見る。

心なしか桜が薄い。

瘴気の影響か。

「ちょっと、見ていこうか」

口数の少ない父が提案する。

桜が返事する間もなく車は止まる。

父親は黙り込む。

母との思い出の場所。

父親にとって生きている人間は母親ぐらいしか存在しない。母親が死んでから、彼に誰もいない。桜も。

周りは人形である。カタカタ、コトコト。奇妙に動いている。

父親はまずしい。

嘲笑する人間は多い。彼と人形を取引する人間でさえも。嘲笑することで自分を肯定しているなら貧しいことに変わりない。同じ穴の狢。

父親は缶コーヒーを買いに出る。浅ましい欲望は忠実に実行する父である。

走りながら見える桜と止まって見える桜は違う。感慨を何度も繰り返すわけにはいかない。

暇だ。

扉が開く。

謎の男。

桜の頭に疑問符が浮かぶ前に、ぴりりと電気が走る。

誘拐されるの。

全身に電気が走る。

桜は意識を失う。

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