そら

容原静

安楽死したい

夢の中だ。

現実はほど遠い。

冬眠をしたい。

夢の中でも、夢は見られない。

痛い。

背中がむずむずと疼く。

眠れない。

眠気を邪魔する鈍痛が酷くなる。

羽毛が掛かる全身が震える。

何かが産まれるような狂気。

私から逃れたい。

逃れられない。

何もしていない。

ずっと此処にいる。

繭に覆われる空間。

孤独を愛している。

孤独以外を知らない。

産まれる前から運命を崩せないなら、産まれる前にタイムスリップして私の母を殺す。

タイムトラベラーに私はなれない。

嗚呼、鈍痛。

ママ。

いもしない母親を求める。

産まれる。

嫌だ。

無理。

内臓を口から吐き出すような感触が背中を撫でる。

嗚呼、こんにちは。

挨拶の余裕もなく、私は叫ぶ。

キラキラとモザイク、錯綜する。

翼を支える骨が産まれる。

私は人の子と自分を信じているが、想いは裏切られる。

私は鳥である。

陸地で空に憧れを持つことはできない。

空に飛んでいかなければならない。

運命を享受しよ。

寂しさと辛さが胸を襲う。

殺してくれ。

いずれ死ぬ身に贅沢な娯楽を要求する。

私の夢は続く。

しかし、今日はここまでだ。


目が覚める。

ここは現実。

昨日と今日が繋がっている。そのことを否応なくこれから教えられていく。慣れすぎて、違和感も覚えない。

私が見る夢はいつも同じ。ごくたまにしか夢を見ないが、どれも似た情景。

大概の眠りは虚無。

夢はありますか。いつも自分に問いかける。

左脚は動かない。

右目は白濁している。

呪われていると遠い親戚は私のいない場で話す。私は遠くからそれを耳にする。

母親の家系は代々神社を管理する。事故、病気で母や祖父母は死に今は血を引き継がない父が管理する。

父親は人形劇を生業とする。自分でも人形を造る。その合間に神社に関わるが、正直いって神社事業に対する心意気は薄い。

舞妓町。私が育つ町。

常に灰色の瘴気が漂う。

学校の先生は話す。

「神社がうまくいかなくなってからさ。このような空気になったのは」

舞妓町は人形の町と呼ばれる。日本から西洋まで数多くの人形が造られる。父親は外の人間だが、人形の縁でやってきて、母親と出会う。

母親は私を産んで、役目を終える。

生誕する私は厄病もちだ。身体の至る所はぼろぼろ。病気で二十歳の角を曲がることもわからない。

舞妓町は至る所に墓場がある。人形が多い所以は死者が集まりやすいところから。戦争や飢饉や災害が集中する町。

神の力を軽視するほど現代社会の幻に委ねられる町ではないが、神社を支えられる人間はいない。

本来なら正当な血を引き継ぐ私が少しでも神に身を捧げなければならないところだが、身がボロボロの私に力はない。

舞妓町はカラスが多い。野良猫は見ない。

いつ頃私は死ぬのか。

どのように死ねば一番楽か考えている。

私の夢は安楽死。

神崎桜。それが私の名前。

父親と二人で朝ごはんを食べる。

テレビからアナウンサーの声が届く。

『現在日本各地で起こっている若者の失踪について、大臣は』

私が気にしている報道だ。

ネットによると失踪ではなく誘拐。其れも神職の血を引き継ぐモノに限り。

神崎桜も例外でない。

一体どうして事件が頻発するか。理由はわからないが、きみ悪い。共通点から察するに根拠は絶対的に存在するから。

友人の益田悠は私のことを気にかけている。

『攫われないように気をつけないと』

そうは言っても如何様に対策するのか。

それに攫うにしても桜のような不健康な人間、邪魔だろう。

『でも、ネットじゃあ神の純潔な血を集める過激派の仕業って噂もあるし。今じゃあれだけど、桜のところの家系ってかなり強めの血なわけじゃん』

今じゃ落ちぶれて、正統な血はここまでな状況だが(私は兄弟がいない)、舞妓町は並の神主では支えられないほど地方の瘴気が舞い込む駆け込み寺の様相で大多数の神の力を感じる人間は避ける土地だ。神崎家の祖先はやめとけばいいのに自分から大任を背負いこむ。その甲斐あってか今まで舞妓町は大きくバランスを崩すことなくやってきたが、ここまでである。

私は攫われない。私は不健康だから。

桜は自分に言い聞かす。何が起こるか分からない。いつ死んでもおかしくない。しかし夢の安楽死が語るように、苦しみたくはない。

たかを括っていたのだ、この時は。まさか自分も同じように攫われるなんて夢にも思っていない。

現実に起こる話だ。

神崎桜のここまで特別不幸ではない。これからもだ。

総て、当然のこと。この世の中のルールからははみ出ない。

其れにしては苦しい。辛すぎる。

誰がこのような世界にしたのか。

誰でもない。

私たちだ。

私だ。

そのことを忘れてはいけない。

忘れないで。

お願いします。

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