第三章 新たなる被害者

1-15 「あっ、覚えててくれてたんだ、嬉しい!」


第三章 新たなる被害者



 連れ去り事件の目撃者として警察で話をしてから、一晩が経った。

 今日は学校を休んでもいいとヴァージニアが言ってくれたので、ノア・クリストフは喜んでその提案を受け、バイトに明け暮れようと決めた。きちっとアイロンのかけられたギャルソンエプロンを着て、喫茶店のゴミを指定の場所に置きに行っていた。

 昨日は夜の暗さをどうしても意識してしまっただけに、今みたいに天気のいい街並みは気分がいい。晴れた日のエルキルスと霧の出たエルキルスは、スプーンの裏と表に映した顔くらい違う。


「エルキルスも毎日こうだったらいいのになー……」


 ゴミ捨て場から戻る時、そんな言葉が口をついた。ピンクや黄色のコスモス、紫色のリンドウが各ハンギングバスケットから咲いている中、白塗りの短い階段を上がっていく。

 遠くから少女に名前を呼ばれたのはその時。


「ノアさん!」


 たまたま通りかかった同級生に名前を呼ばれる時間でもない。一体誰だ、と不思議に思い視線を向け、目を見張った。

 栗色のボブヘアーの少女と、灰色の作業服を着た焦げ茶色の髪をした青年がこちらに歩いていたのだ。


「イヴェット!?」

「あっ、覚えててくれてたんだ、嬉しい!」

「昨日話したばっかなのに忘れるかよ」


 自分の言葉にイヴェットは笑い、子犬のように表情を明るくさせこちらに駆け寄ってくる。


「それもそっか~。早速紅茶、飲みに来ましたっ。ノアさんその服似合うねー、お店もう開いてるよね?」

「今開いたとこ。僕は休みだけどお前学校良いのか? つかこの人誰?」


 ヴァージニアが椅子の配置を戻しているのがガラス越しに見える店内を指差した後、イヴェットの隣に立っている青年を指差した。昨日教会前でぶつかりかけた人と特徴が同じなのでその人だと思うが、イヴェットとの関係が分からない。指を差された青年が目を細める。


「どーも。俺はアンリって言って、エルキルス教会の事務員をやってます。イヴェットちゃんの送りついでにここで珈琲を飲むつもりの財布かなぁ」

「……はぁ。事務員っつーことはあの牧師、ユスティンの部下か」

「違う違う。ユスティンが俺の部下だよ。どこの組織もナンバーツーのが偉いもんでしょ? 昔から言うじゃん、ナンバーツー理論って」

「…………はぁ」


 昔から有名な絵本に出てくるチェシャ猫よろしく、人を食った笑みを浮かべて話す青年への反応が分からない。助けを求めるようにイヴェットに視線を送ってみたが、制服を着た少女は出入口のハンギングバスケットを眺めていて気付くことは無さそうだった。

 ユスティンと言い、このアンリと言い、あの教会で働いている人間はどうも自分と性格が合わないようだ。露骨に顔をしかめてしまいそうだった。


「あーまぁ、僕はノア、ここのバイトで学生だ。まー立ち話も何だし、中に入れよ!」


 とにかく自己紹介で乗り切って話を終わらせ、花を眺めているイヴェットにも店内に入るよう促す。


「あ、そうだね、お邪魔しますー」

「お邪魔します」

「おー、入ったら好きなとこ座っといてくれ」


 二人が扉を開けて中に入っていく後ろをついていき、自分も店内に入る。イヴェットが田舎から首都に出てきた少女のように目を輝かせて店内を見渡している横を通る。「いらっしゃいませ」と二人に声を掛けるカウンター内に居るヴァージニアに近付き、耳打ちした。


「この二人、僕の友達なんだ。サービスしてやってよ」


 ひそひそと話している間、アンリとイヴェットが店内で一番日の当たる窓際の席に座ったのが見えた。

 アイスボックスクッキー生地を切っていたヴァージニアが顔を上げ、二人を見た。窓際ではしゃぐイヴェットをじっと見た後、ふふと目を細めて悪戯な笑みを浮かべる。嫌な予感がした。


「……ふぅん、お友達? あの可愛い女の子も? 彼女じゃなくて?」

「友達だよ! 昨日言ったろ、あれが牧師の姪だよ。男の方は教会の事務みたいで初対面だけど、まー友達にしといてくれ」


 視線から逃れるように顔を僅かに背けて返す。カウンターの中からもう一度、ふぅん? と疑うような声が聞こえてきた。


「ノアさん~! メニュー貰えない?」

「おー、今行くー」


 イヴェットの声に頷き、カウンターに常に常備してあるメニュー表を手に取る。


「メニューあの席にもあるけど、あの子ノア君から欲しいのね。……やだ、可愛いじゃない~」


 からかう意思しか感じられないヴァージニアの声に無視を決め込み、メニューとポットとグラスを持って窓際の席に向かった。


「どーぞ」


 席に到着したはいいが、ヴァージニアのせいか変に意識してしまってイヴェットに渡したくなかった。アンリ寄りの位置にメニューを置く。


「ノア君、見たがってるのはイヴェットちゃんだよ?」

「…………すみません、でした」


 が、アンリからもしれっと突っ込まれてしまい、メニューを持ち直す指に力を入れながら、イヴェットの前にメニューを置き直した。


「有り難うー。お店の中も素敵だね、ここ! 学校行く前にこんな楽しいことしちゃって授業中寝ちゃいそうっ」

「嬉しそうに言うことじゃねぇー。つか、今日はユスティンと一緒じゃねぇのか?」


 グラスに水を注ぎながら尋ねる。少女がうん、と首を縦に振って頷いた。


「叔父さんは今礼拝の準備してるよー。だからアンリさんが今日は送ってくれるの。最近エルキルスで連れ去り事件が話題でしょ? そのせいで今学校の行き来は基本叔父さんが着いてきてくれてるのー叔父さん過保護だと思わないー?」

「んーまーあの人らしくね? あの人お前のこと大好きなんだろうなーって感じしたぞ」


 メニューを見ているイヴェットの横にグラスを置き、次にアンリの分を注ぐ。今は他に客も入っていないのでこうして会話も出来る。


「なのかな~でもたまに、ちょっと過保護すぎてビックリするって言うか。あたし何で叔父さんがあんなにあたしに過保護か知らないんだよねーアンリさん知ってる?」

「んー、あいつは昔イヴェットちゃんに救われてたから」

「えっ、なにそれ、聞いたことない!」

「そりゃぁイヴェットちゃんが物心付く前のことだからね。これ以上は秘密」

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