第25話 3枚ポーカー




 体を襲う衝撃で目が覚めた。

 甲高い二つ悲鳴が耳元で響いたかと思うと、足元が急に冷たくなった。

 体が激しく揺れ、自分がどこにいるのか、どんな状況なのかもわからない。

「許してくれ、許してくれ、許してくれ……」

 念仏のような父の声がどこからか聞こえる。

 まもなく……周りが水であふれ、頭を強く押さえつけられるように水の中に押し込められていく。

 無我夢中でもがいたそのとき、ふとした瞬間に体が自由になり、苦しみから逃れるよう、必死に海面へと浮かび上がった。


 ――ハッと我に返る九条。

 間接照明に照らされた洒落た室内に、洒落たテーブル。

 テーブルの上にはトランプが置かれ、テーブルを挟んで男と対峙していた。

 六十代くらいの白髪交じりの髪をした紳士であった。対する九条は、金髪の長髪で、タキシードを着た如何にも売れているホストといった雰囲気の若者だ。

「ドロー(出したカード枚数と同枚数をストックから取る)、一枚」

 九条が宣言して、手札の中から一枚を抜き取りテーブルに置き、ストック(トランプの山)から一枚を持ってきて、手札に加えた。

 九条は額に汗を流し、手の中にある三枚のカードを見つめた。

(♥の5、6、7……ストレートフラッシュ)

「レイズ(掛け金の上乗せ)、オールイン(チップ全部)……それと、左腕を賭ける」

 老人はニヤリと微笑んだ。

「コール(受ける)」

 老人は後ろを振り返ると、壁際に立っていた屈強な男たちに合図を送った。男たちは老人の脇を抜け、九条の後ろに立った。

 九条は一瞬、男たちを気にしたが、テーブルの上に手札を広げた。

「ストレートフラッシュだ」

 老人は眉一つ動かさず、手札をテーブルの上に置いた。

「おめでとう」

 老人の手札は♧のフルハウスであった。

 九条は「フーッ」と息をつき、ワゴンに乗せられたチップを老人側から受け取った。彼は九条日剣くじょうひつるぎという源氏名で、東京でホストクラブを何店舗も経営している実業家である。

 目の前にいる老人、古藤邦夫こどうくにおという資産家と、法外な金額をかけてポーカーをしているのには理由わけがあった。

 この古藤老人は、一兆円を超す資産を保有していると言われており、道楽で法外な金額のギャンブルを主宰して挑戦者を餌食にしていることで知られている。

「今のでいくらになったか?ストレートのボーナスが20倍、それに君の利き腕は右だったな。では、左腕は20倍か。掛け金が200万で、4000万、×20で、8億か。今までの負けがチャラになって、おつりが来たな」

 古藤はつまらなそうにいった。

「あと一回戦。どうやら逃げ切ったようだな」

 九条はさっきの勝負までに5億を溶かしており、残った200万円で勝負して、どうにか最後の勝負までたどり着くことができた。

 ラストの勝負を、参加料の1000万払えば降りられる。

「フン、金などどうでもいい。あと一歩であんたを破滅できるんだ。行くところまで行くさ」

 九条は鼻息荒くいった。

「ほうっ……どうやら、その感じでは個人的な恨みでもあるようだな」

 古藤老人は黒水晶のような目で、九条を見つめた。

「今更、隠しても仕方がない。俺は小田和彦の息子だ」

「……小田和彦?さて、たくさんの恨みを買ってきたんでな、覚えてないな」

「小田産業と言えば、分かるだろう?バイオテクノロジーの」

「ああっ」

 古藤は小さくうなずいた。

「では、君はあの一家心中の……」

「ああ、あんたらによって汚名を着せられ、一家心中の末路を辿った小田家の生き残りだ」

「……そうか。それは気の毒だった。しかし、親の復讐のために命を懸けるのか?その為に君は生きてきたというのか?」

「そうだ、今日ここでお前を破滅させる」

 古藤は大きく息をついて、九条を見た。

「見ての通り、ワシは年寄りで君は若い。時が裁きを与えてくれると考えないのか?悪いことは言わん、止めておけ」

「黙れ。誰でも、お前に従うと思うな。それとも俺が怖いか?」

 獰猛な殺気を向け、九条は言い放った。その目を見つめ、古藤は口元を緩めた。

「フッ、柄にもなく慈悲をかけたことを詫びよう。いいだろう、勝負をつづけよう」


 ここで、古藤流3枚ポーカーのルールを説明しよう。

 最初にカードを両者がシャッフルして、テーブルの上にストックする。そこから、カードを順番に三枚ずつとってゲーム開始となる。

 手札を見て、一回だけカードがドローでき、その場合、三枚すべての手札の交換もできる。

 役は、

 ・ロイヤルストレートフラッシュ♠A♠K♠Q     ボーナスポイント50倍   

 ・ストレートフラッシュ♦4♦5♦6         ボーナスポイント40倍

 ・スリーカード♧7♧7♧7             ボーナスポイント30倍

 ・ストレート♥8♦9♧10             ボーナスポイント20倍

 ・フラッシュ♠2♠4♠6              ボーナスポイント10倍

 ・ペア♦J♧J♠3

 ・ハイカード♧A♦5♥3 (役はないが、手札の中にある一番強いカードで勝負ができる。A、K、Q……2の順に強いカード)

 勝負はストックが無くなるまで続けられるが、最後の勝負の時、ストックに十二枚残っていなければ、勝負ができないことになっている。つまり、41枚のカードを使った時点でその回の勝負は終わりというわけだ。

 ストックが無くなったところで勝負を終えるか、持ち金が尽きるか、どちらかがギブアップするまで勝負は続けれる。

 それともう一つ、古藤ポーカーには特別ルールがある。

 体の一部を賭けることで、勝った金額をさらに倍額にすることができるのだ。

 ・末端(指や耳)       5倍

 ・手首、足首        10倍

 ・腕、脚(利きでない方)  20倍

 ・利き腕、利き脚      30倍

 ・その他の部位は、交渉により決まる。


 さて、現在四回が終了して、カードが39枚消費されている。

「現在、君は8億円という金を手にしている。さっきのような手が来ても、わたしに止めを刺せないぞ、さあどうする?」

 手札をストックから取って、古藤は余裕の笑みを浮かべた。

 この古藤流三枚ポーカーの最大の特徴として、勝負が続けば、それだけカードが晒され、勝敗が左右されることになる。それはコール後に開示された手札6枚と自分が持ってきたカードを記憶していれば、残りのカードがおおよそ予想できるからだ。

(ドローされたカードは伏せられているので、自分以外わからない)

 つまり、記憶力が良い人間なら、このポーカーで負けることはほとんどない。

 現在の四回戦までの勝負が以下のとおりである。

   九条     古藤       九条交換   古藤交換   

 1 ♠8♥2♦5✕ ♦K♧K♠10〇 ♦4♧6♥J  ♠A♧5

 2 ♥8♧2♦3✕ ♦Q♦8♦9〇  ♠2♦6    —―

 3 ♧Q♧9♦2〇 ♥3♠J♦10✕ ♧7♦J♠3  ♠4♠6

 4 ♥5♥6♥7〇 ♧4♧J♧10✕  ♧3     ♥4


 現在、九条は24枚+交換した9枚、計33枚。古藤は24枚+交換した5枚、計29枚のカードをわかっているということになる。

 これを踏まえて、五回戦、九条の最初のカードは以下のとおりだ。

 ♦A♥Q♥9

 一方、古藤の手札は以下の通りだ。

 ♠Q♠K♠5

 そして、残りのカードは、

 ♠7♠9♦7♧A♧8♥A♥10♥K


「2枚、ドロー」

 九条がカードを二枚テーブルに置いて、ストックから二枚取り、カードを見て震えた。

「……レイズ。ちなみにこの首を賭けるといったら、何倍になる?」

 九条は自分の首を擦って見せた。

「どうやら、死ぬ覚悟ができたようなだ」

 古藤は微動だにせず、九条を見つめる。

「その逆だ。お前を殺す手札が入った。さあ、いくらなんだ?」

「フッ、100倍でいいだろう。コール」

「後悔しろ、古藤」

 九条が震える手で、カードを置いた。

 AAA

「フフッ、ふはっははハハハハハ。見ろ、スリーカードだ、Aのスリーカード。掛け金の8億にボーナスが30倍で240億、首の100倍を加えれば、2兆4000億。俺の勝ちだ、お前は破滅だ」

 九条は立ち上がり、古藤を見下ろし指さした。

 ボディーガードが近づこうとするのを古藤が制する。そして、古藤はゆっくりとテーブルの上にカードを置いた。

 KQA

「バカな……インチキだ。イカさまだぁ」

 九条はひきつった顔で後ずさりする。

 古藤は男たちに合図を送り、九条を取り押さえる。

「首だったな。私は約束は守る男だ」

「あり得ない、そんな馬鹿な……こんなことあるわけがない……放せッ」

 九条は腕を解こうとするが、まるで歯がたたない。

 古藤は日本刀を用意させ、男たちに九条の両腕を押さえつけさせた。

「しっかり押さえて居ろよ」

 古藤は刀を構え、九条の首に刃先を当てた。だが、金髪が邪魔になっていたので、束にして掴むとバッサリと切り落とした。

「遺髪として、とっておこう」

 そのとき、九条が顔を上げ古藤を見つめた。その表情は、先ほどまでとは一転して、笑みを浮かべていた。

「フッ、古藤。あんた、呪いの言葉を知っているかい?」

 古藤の表情が変わった。

「死後、強まる呪いってのもあるんだぜ」

 古藤は動揺することなく、刀を構え、刃先を九条の頚椎の上に乗せた。

 九条は喉笛を鳴らし、その音が室内に不気味に響き渡る。

「キエイッ」

 気合を込めた一撃で、古藤は九条の首を切り落とした。

 血が室内に激しく飛び散り、首が絨毯の上をわずかに転がった。屈強な男たちが九条の腕を掴んだまま固まっていた。

 すると、突然、九条の体から黒い霧のようなものが噴き出した。

「ひ、ひいい」

 男たちは驚き、九条の体から離れるように立ち上がる。霧は古藤めがけ襲い掛かり、瞬く間に取り囲んだ。

「しゃ、社長?」

「心配いらん」

 すると、霧は古藤の体に染み込んでいき、襟元から首筋が黒くなっていくのがわかる。

 古藤は部屋の鏡の前に行き、ワイシャツの襟のボダンを外し、前をはだけさせた。そこには、刺青のような文様がくっきりと浮かび上がっており、それを見つめ、古藤はニヤリと微笑んだ。

                                     🈡

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