続 「恐ハラ」の見本 恐ハラ返し
月も出ていないまっ暗な山道をロケバスが上っていく。
「なんか、この道も怖い雰囲気が出てますね」
お笑いコンビ、コオリミズの
「なにか感じますか?」
佐田の相方、
「あたしねえ、さっきからず~と気になっているたんだけど、ついて来てるのよ。バイクの音がさ」
窓から後ろを振り返り、女がいった。
彼女は
「ええっ?本当ですか?」
出演者が周囲を見回す。
「恐らく、この山道で事故をした人じゃないかと思うですけどね。ず~と、ついて来てますよ」
「聞こえる?」
佐田が前の席に座る女性タレントたちに聞く。
「え?なに?」
井貝がカメラの奥のスタッフの話しかける。
「ロケハンをしていたとき、前日にバイク事故で亡くなった人がいたという情報が入ってきました」
スタッフの一人が小声でいった。
「エエッ?」
タレント、
その前の席のグラビアアイドル、
この日、ネット番組『ぶらりと最恐スポット』で、コオリミズと女性タレント二人に霊媒師を加えて、肝試しに行くという企画で北関東にある、とある心霊スポットに向かっていた。
山道を進んでいくと、バスがハザードランプを付けて停車した。フロントからヘッドライトに浮かびあがったトンネルが見える。
「うわっ、これはヤバいやつだ」
佐田が思わず声を上げた。
全員が固唾をのんで、トンネルを見つめた……。
「はい、カットぉ」
ディレクターの
「それでは、これから男女ペアでトンネルに入って、出口まで行ってもらいます。肝試しの前にこのトンネルの
「どうします?トンネルの中に霊がいるとか、最初から言った方がいいですか?」
輪宝は先ほどまでの雰囲気とは違い、丁寧な言葉づかいで台本を確認しながらスタッフと打ち合わせをしている。
「虫が多いだろうから、スプレーをたくさんつけておいた方がいいよ」
佐田が虫よけスプレーを女子たちに吹きかける。
「ちょっと、止めてください。これ、臭いキツイですって」
ふみ奈が笑って嫌がる。
「深雪ちゃんも、ほらっ」
「もおっ、止めて。エイッ」
深雪が仕返しに持っていたスプレーを佐田の顔に掛ける。
「ヤバッ、目に入った。いた、アイタタタッ……」
井貝は一人、離れて本を読んでいる。
「それでは、外での撮影に入りまーす」
カメラのセッティングが終わったスタッフに呼ばれ、演者たちが外へ出る。
細い山道は頭上まで木々の枝が生い茂り、その先に照明に照らされたトンネルが見える。スタッフたちがすでにトンネルの周囲にスタンバイしていて、映像の確認や照明の位置などを調整している。
「それでは、二人一組になってもらいます。井貝さんと小南さん、佐田さんと角田さんというペアで行きますんで」
佐田が深雪と目が合い、にっこりと微笑んだ。深雪も可愛らしく小首をかしげて微笑んで返す。
「このトンネルは全長三百メートルと思ったより長い距離になってるんで。しかも、下が未舗装で石もあるので危険です。ですので、急がずにゆっくりと歩いてください」
長峰が説明する。
「そんな、ゆっくりなんて無理ですぅ」
ふみ奈が唇を突き出していった。
「だから、井貝君とペアにしたんだ。彼の歩幅なら、小南ちゃんが走ってちょうどいいんじゃない?」
「あたし、そんなチビじゃありませよぉ」
身長百八十越えの井貝を、百五十ちょっとのふみ奈が見上げていったので、周りから笑いが起こる。
「こっちは、身長は問題ないけど、深雪ちゃんのビビりが出ちゃうとね」
佐田が深雪を見ていった。
「冗談じゃなくて、ここ本気でヤバいですって。ごめんなさいね、気絶してお漏らししちゃったら」
深雪はお道化ていって、スタッフたちを笑わせた。
深雪がテレビ番組の収録中、気を失って卒倒したのが三か月前。それが話題となり、テレビ以外にも各方面から呼ばれるようになった。
佐田にはそれが面白くない。
それから、バスを降りてトンネルを前にした一同、輪宝が周囲に霊の存在を感じて、トンネルの曰くを説明するシーンの撮影がされた。
そして、タレントがトンネル内部に入って行く撮影が始まる。
「……いやあ、このトンネルのずいぶん古いよね」
井貝、小南ペアが懐中電灯を持ってトンネルの中へ足を踏み入れる。
「入口狭いしさ、大丈夫かな?」
「井貝さん、そんなに急がないでくださいぃ」
ふみ奈の甲高い声が闇の中に響いている。
「この周囲にも、たくさんの霊たちが浮遊しているね。ここは霊の通り道だ、間違いないよ」
モニターを見ながら、輪宝がコメントする。
輪宝とその後ろに立つ佐田、深雪のリアクションを撮るために一台のカメラがついている。
ジッとモニターの中の二人を見つめていた佐田が、肘の辺りに柔らかくて暖かい感触を感じて、思わずハッとした。気が付くと、くっつくように深雪が横に立っていた。最強Gカップと言われる深雪の胸が肘に当たっている。
佐田はスッと身を引いて深雪と距離をとった。
「キャッ」
トンネルの中からふみ奈の悲鳴が、直接耳に届いた。
「なんかいた、なんか触ってきた」
「っちょ、ちょっと、待って。そんな掴まないで」
「いや、いや、いや、なんかいる。きゃ、きゃっ……うああっ」
「うぁ、人、人、人、人、人、人がいる。あ"あ"っ~」
「ちょっ、待って。ヤッ……もおやだー、置いてかなで~ぉ」
どうやら、井貝がふみ奈を置いて逃げてしまったようだ。
音声では、ふみ奈の泣き声が聞こえている。
「どうなっている?井貝はどうした?」
長峰がインカムでスタッフに確認をとっている。
「……そうか。じゃあ、井貝に引き返してもらって……いや、待て。そのまま行こうか。スタッフとカメラマンが入っていって、井貝には引き返すことを促すが、怖がって、断固拒否という絵にしよう」
長峰と他のスタッフがトンネルの方へいき、佐田と深雪は待機となった。輪宝は勝手にバスに戻っていってしまい、モニターのあるテントに佐田と深雪だけが残された。
「本当にいるみたいだね、霊が」
パイプ椅子に座り、佐田がいった。
「ですね」
深雪もパイプ椅子に腰を掛けた。
「あれ以来だね、深雪ちゃんが気絶した」
「ええっ」
「よかったね、深雪ちゃんはねてさ。僕も貢献できたみたいでうれしいよ」
深雪は微笑んで返した。
「でも、世の中、何が起こるかわからないよね。あんなんで人気になるんだからさ。俺もお漏らししようかな?」
「佐田さん、まだ根に持っているんですか?」
深雪の言葉に佐田の表情が変わった。
「私がフッたこと」
「フッ、まさか」
「ですよね、大昔の話だもんね」
トンネルの中からスタッフが出てきたのが見えた。
「じゃあ、君たち、スタンバイして」
戻ってきながら、長峰が二人に合図した。
「あの花、全部捨てましたから」
トンネルに向かいながら、深雪がいった。
「なんのこと?」
佐田がとぼける。
「せっかくプレゼントしてくれたので、一応、報告しておきます」
トンネル内部は、いいようのない圧迫感が迫ってくるようであった。
「なんか、ホント雰囲気があるよね。レンガ造りの壁とかさ」
佐田が懐中電灯で照らしていった。
「あ、あんまり先に行かないでください。一緒に行きましょ」
深雪がぴったりとくっついていく。
「天井から、水滴が絶えず落ちてきてる」
天井を照らし、佐田がいった。
「キャッ」
深雪が悲鳴を上げ、佐田にしがみつく。
「水滴が頭に……」
二人は寄り添いながら歩き、トンネルの中間あたりまで行った。
「ここらへんだよね?前の二人が何か見たって言ったのは?」
佐田が懐中電灯を壁に照らした。
「フッ……シミ?」
壁に人の形に似た大きさのシミができていた。
「まさか、これで驚いたんじゃないよね?」
深雪の返事がない。
「どうかした?」
懐中電灯で照らすと深雪の姿がない。
「あれ?どうした?深雪ちゃん?」
周囲を照らしてみても入口の方にも、出口の方にも深雪の姿がない。
「なにこれ?もしかしてドッキリ……?ええ、どっち?……どっちのリアクションが正しいの?」
背後に気配がして、後ろに懐中電灯を向けると深雪が立っていた。
「なにこれ?ドッキリ?」
怪訝な顔をする佐田。
「どうかしました?」
深雪はキョトンとしている。
「どうもこうもないよ、いま、深雪ちゃんが消え……」
そのとき、視界がぼやけ、頭がぼんやりとしていることを自覚した佐田はハッと気がついた。
「もしかして、あの球根……」
「なに言ってるんですか?」
「そうか、いや、そうとしか考えられん。これは幻覚だ。今、幻覚を見てるんだ。……なら、出口だ」
深雪を残し、出口に向かう佐田。ふらつく足取りで、ほうほうのていで出口へとたどり着くことができた。
出口にはスタッフと、先の二人が待っているはずであった。
「ふざけんな」
それは井貝の怒号であった。
「やめろ、井貝」
井貝を取り囲むスタッフ。
「るっせー、なんで俺がビビった風に演出されなくちゃなんねーんだ。俺はビビッてねー」
井貝はスタッフ数名と大乱闘を演じていた。長身の井貝は一人のスタッフを持ち上げて、地面へと投げ飛ばした。
「わかった、お、落ち着け」
「落ち着いてるわ」
道の隅では
茫然と立ち尽くす佐田。
「確かに返したから」
背後から声がして、振り返ると見たことのない女が立っていて、不気味に微笑んでいた。
「ギャー」
佐田はその場で卒倒して、地面におしっこを垂れ流した。
🈡
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