第23話 「恐ハラ」の見本
「……で、ドーンと、いきなり後ろから黒い影が私を突き飛ばしまして、その変なお爺さんに向かって行ったんですね。一瞬でした。グサッと、首元にドスをですね、ドスって解りますか?いわゆる短い刀です。それを突き刺したんですよ。カメラの真ん前で」
スタジオのセットは暗く照明が落とされ、中央に大きな和ロウソクが一本立っていて、ロウソクを取り囲むようにタレントたちが
そして、いま怖い話を披露しているのは、最近は人気が下降気味で、テレビの出演がめっきり減った「ズレてまっせ」でおなじみの、ピントずれ男であった。
(第4話 八王子在住宮本武蔵さんの話 参照)
「私はビックリして、腰を抜かしてしまったんですよ。そしたら、その変なお爺さんを刺した男がなんと言ったと思います?『武蔵、破れたり~っ』って叫んだんですよぉ」
出演者たちの頭に「?」が浮かぶ。
「あとで警察に聞いたところによると、その変な格好のお爺さんが宮本武蔵さんという本名で、犯人が佐々木小次郎っていう本名だったんです。その辺りでは有名な変わった二人で、自分たちを『武蔵と小次郎』だと思い込んでいたらしいんです。二人は本気で決闘をしていて、何度も警察沙汰になっていたと言うんですね。もしかしたら、僕が刺されていたかもしれないと思うと、今でもゾぉ~っとしますよね」
ピントずれ男は周りの反応を確かめるようにいった。
「いや、体験したら怖いけど、なんか名前がいかんわ。宮本武蔵と佐々木小次郎って。コントやないんやし。それに本名なら放送できんわ。ごめんなさい、カットです」
司会者がいうとピントずれ男がうろたえる。
「いや、しまった、本名はダメですね。放送できませんか?……あと、この話には後日談が御座いまして。あとで霊媒師の方に会ったとき、この話して言われたんですけど、そのお爺さんたち、狸にとり憑かれていたんじゃないかって。と言いますのが、八王子のあの辺と申しますのは……」
「アハハハハ……狸って。もお、ええわ」
「はい。ここでいったん止めま~す」
スタッフの声で、演者たちが緊張を解いてそれぞれに行動する。
「ねえ、ねえっ」
隣のグラビアアイドル
深雪は無視するが、佐田は構わずつづける。
「すごくビビっていたよね?顔色悪いよ、大丈夫?」
「……平気です」
「ホントに?席を立たないのは、あまりにビビって漏らしてるからじゃないの?」
「そんなわけないでしょ」
「じゃあ、我慢してる?」
佐田は暑苦しいとよく言われる濃い顔を深雪に近づけた。
「……」
近年、『最強のGカップ・グラビア界のリーサルウェポン』というフレーズで、雑誌やテレビに露出度が増した深雪である。
この日も人気司会者バリマッチョ
「トイレ行ってきた方がいいんじゃない?俺の話は怖いよ。お漏らしちゃうよ」
「大丈夫です。さっき行ってきましたから」
深雪は満面の作り笑顔を見せていった。
「ホントに?でも、次は俺の番だから、もう一回、行ってきた方がいいんじゃないの?」
「はーい、それでは本番行きまーす」
スタッフの声がスタジオに響き渡り、演者が席に戻る。
「じゃあ、佐田」
カメラが周りはじめ、梅岡が佐田を指名する。
「……はい、では」
佐田は腰を浮かせて座りなおすときに、わざと隣の深雪の腕に肘を当てた。
「これは僕が小学校四年生の頃に体験した話です」
佐田は現在二十八歳。二十年近く昔の話だ。
「同級生に都会から引っ越してきたケンちゃんという男の子がいました。身長が高くてガリガリなものだから、爪楊枝とか、
深雪の表情がわずかに変化した。
「なんでも、ケンちゃんのお父さんが貿易の仕事をしているとかで、学校に寄付をするって持ってきたんです。……結構たくさんありました。百個くらいですかね。で、早速、その球根をみんなで花壇に植えて、育てることにしたんです。それから季節が春から夏になるころ、その球根は花を咲かせて、花壇はその花で埋め尽くされました」
「ほう」
演者たちが合いの手を入れる。
「それがとてもきれいな花で、鮮やかな青と白の小さな花を咲かせて、それにとてもいい匂いがするんです。本当に幸福の花だって、みんな喜んで。そしたら、ケンちゃんが球根を新たに持ってきて、クラスのみんなにもくれるって言ったんです。みんな大喜びして、他のクラスの子たちとかに羨ましがられて、優越感に浸っていたんです。でも、それが後でとんでもないものだと分かったんです」
深雪はカメラを意識して平常心を装う。
「……花が咲いている間は本当によかったんです。クラス中が明るくなって、ケンちゃんも人気者になって、平和な時間が過ぎました。ところが花が枯れ、夏休み間近になったある朝、学校へ行くと花壇が荒らされていて、ケンちゃんの持ってきた花の球根がすべて抜きとれてしまっていたんです」
「えらいこっちゃあ」
演者一人、お笑いコンビ、バンダダンダのキイトがいった。
「クラス中、大泣きですよ。警察も来てました。それから、みんなで話し合って、ケンちゃんにもらった花の球根を持ってきて、もう一度、花壇に植えるってなったんです。ケンちゃんもとても喜んでいました。それから夏休みに入り、ケンちゃん一家は突然、引っ越して学校から姿を消してしまいした。みんなから返してもらった球根とともに……」
「ええ?どういうこと?」
梅岡が訊く。
「これは後になってわかったんですが、実はその球根の根っこっていうのが、麻薬の一種でして、ケンちゃん一家が学校で増やしていたんです」
「ええっ?」
一同が驚く。深雪は言葉を失った。
「それじゃあ、花壇の球根を抜いたのも?」
「恐らく、ケンちゃんのお父さんなんじゃないかと……」
「なんでわかったの?」
キイトが訊いた。
「球根を学校に持ってこなかったクラスメートがいまして、それを警察が押収して判明したんです。それで大騒ぎになって……」
「マジか」
ピントずれ男も驚く。
「でも、なんでクラスメートにも球根をやったのよ?」
梅岡が訊いた。
「花が咲き終わると、球根は冬眠期間に入るんですが、その状態まで育てないと球根が大きくならないらしくて、球根を増やせないみたいなんです。そして、これは後に分かったのですが、なぜケンちゃんのお父さんが球根をクラスメートにくれたのかと言うと、球根を増やすためだけでなく、その植物は、花も麻薬の一種で、それを嗅ぐと幻覚症状や禁断症状に苦しむようになるからなんです。事実、球根をもらったクラスメート全員に、ひどい後遺症が現れたんです」
「うわー、マジか」
キイトが声を上げる。
「いやぁ、いつお化けが出てくるかって思って聞いてたけど、そう来るかぁってオチやったな」
梅岡が感心する。
「その親子ってどうなったの?」
「それが、まだ捕まったって聞いてないんですよね?」
「じゃあ、まだ日本のどこかでその違法な球根を作っているってわけ?コワッ」
「大人になって知ったんですがその植物、ハッピーフラワーって言って、その筋では有名みたいです。家で栽培できるし、違法で栽培している人が結構いるみたいなんですよ。けど、警察に見つかれば、即逮捕、実刑を免れられないみたいですけどね」
「ふーん。彼女はどう、感想?」
梅岡が深雪に話をふる。
「え?」
「いや、話、聞いてなかったのかな?」
「え、いや、聞いてました。もうビックリしちゃって。そんな植物だったなんて、知らなくて。ほんと怖いです」
深雪はしどろもどろになり、目が泳いでいる。
「え?君、なに言ってるの?」
「なに言ってるんでしょね、わたし?へへっ。とっても怖いお話でパニクってます」
「まさか、知らなくて栽培してるんじゃないの?」
キイトがブラックジョークのつもりでいった。
「してませんって、止めてください。変に思われるじゃないですか」
ムキになって否定する深雪。
「そう言えば、思い出しましたけど、花の香りを嗅いでたクラスメートはみんな鼻の頭が赤くなっていたんですよね」
佐田がいうと、深雪はとっさに鼻の頭に指をあてた。
「!」
そこにいた全員の視線が深雪に注がれる。
「あっ、……ああああっ」
深雪は体を震わせて、頭をフラッとさせたかと思った途端、後ろへと卒倒した。
* * *
玄関のドアを閉めると、体を引きずるように部屋に上がり込む深雪。
「はあ~っ」
大きなため息をついて、部屋の明かりをつけると、青と白色の小さな可愛らしい花の鉢が部屋全体に埋め尽くされていた。
それはファンから事務所に送られてきた花。とてもいい香りがして、心を落ち着かせたので、部屋に飾り、勉強して球根を分球をしてここまで増やした。
「捨てないと、今すぐに……」
するとLINEの告知音がなる。
深雪が鞄からスマホを取り出すと、ディスプレイで佐田からだとわかった。
――おつかれ、収録よかったよ
険しい顔で画面を見つめる深雪。
――で、番組の中で話した球根の話、あれ、ウソだから
「え?」
――まったくのデタラメ。そんな麻薬、存在しないから。じゃあ、(つ∀-)オヤスミー
「なんだ、よかったぁ……」
心から安堵する深雪。だが、ふとあることに気づく。
「えっ?ちょっと待って。なんで、知ってんのよ。あたしが栽培してるの?え?偶然?……どういうこと?」
花の香りが部屋中に充満している中、深雪の荒い息遣いだけが響いていた。
つづく
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