第21話 ミイちゃんのうた





 ミイちゃんは雨が好き 水玉のカサをさせるから


 黄色の長ぐつをはいて お外に出かけられるから


 公園までさんぽして 花だんにとまったカエルがいっぴき


 口をあけて お空からふってくる雨を食べてる


 じどうしゃ通った水たまり 水をはねて走っていく


 ミイちゃんやっぱり雨が好き おうちの中からお外をながめる



 これが「ミイちゃんのうた」という童謡である。

 四十年以上前に流行はやって、全国の幼稚園や保育園で歌われたこの歌にはとある逸話が付いている。

 この歌が全国的に流行したことにより、ミイちゃんというあだ名の女の子が迷惑を被ったというモノだ。

 出逢った人たちから、「雨が好きなんだろう?」とか、「子供のころ、黄色い長ぐつを履いていたの?」と必ず一回はからかわれたりしたようだ。

 だから、ミイちゃんというあだ名だった女性は、この「ミイちゃんのうた」という名称を聞いただけでも嫌悪感が湧く。

 まして、「ミイちゃんのうた」の陽気なメロディーが流れてくると、その場から逃げ出したくなり、ミイちゃんという名の猫も機嫌が悪くなるという。

 だが、ほとんどの人々は、これらの要因を単なる幼少期に受けた些細な嫌悪感が尾を引いているとだけだと思うだろう。しかし、この歌に関わる様々なうわさ、作者の謎の死、時代背景を知ることでまた違った見方が出てくる。

 それではなぜ、この歌に曰くがあり、現代ではまったく歌われなくなってしまったのか、その秘密を解き明かしていこう。

 197……


 そこまでキーボードで打ち終わると、手が止まった。

 金川真かながわまことはフリーのライターであり、彼は現在、令和の怪談というホラー雑誌に記事を書いている。

 彼が今、手掛けている記事「ミイちゃんのうた」は、昭和四十年代後期から五十年代かけて流行した童謡である。

「ミイちゃんのうた」が作られたれのは、それより少し前、昭和四十年代前半で、作者は樋山重樹とうやましげきという作曲家であった。主に歌謡曲などの作っていた作家で、童謡はこの一曲である。東京都の出身で、三十年以上前に、四十歳の若さで、この世を去っている。

 彼がこの世を去る前に、とある噂がインターネットを中心に流れた。

 ――三十年以上前に関東一円で起きた連続少女誘拐殺人事件、その犯人が童謡「ミイちゃんのうた」を作った作者ではないか?

 ネット黎明期で、今ほどうわさが流れるスピードが遅い時代にあっても、かなり根強い都市伝説として広く語り継がれた。

 噂の根拠となったものがいくつかある。

 1・犯人の目撃情報にあげられた男と樋山が、年齢的、身体的特徴がよく似ていた。

 2・三人目の被害者が誘拐されたとき目撃された不審車両が、当時の樋山が乗っていた車と一致した。

 3・被害者が出た都市の近くに、樋山が長年暮らしていたり、地理に詳しかった。

 4・樋山が小学校の音楽教師をしていた時、女生徒に体罰と称して性的暴行を行ったという訴えがあった。(ただし、証拠がなく当時は不問となった)

 5・樋山が暮らしていた別の地域でも、少なくとも二件の未解決の幼女の不審死事件が過去に起きていた。

 6・樋山は、警察に重要参考人として事情聴取を受けていた。

 7・事件のアリバイを証言していた人物が、後にその証言を金で偽証したとマスコミにリークしていた。(後にその証言者は事故死している)

 三十年前、警察で幼女殺人事件の事情聴取を受けた翌日、樋山は快速電車に飛び込み、命を落とした。

 樋山の書斎に遺書が残されていた。そこには無実の罪で長年苦しんできたが、いつまでたっても疑いが晴れない心情が書かれてあったという。

 彼の自死により報道は、樋山への事情聴取が適切に行われていたかに焦点が当てられ、警察の捜査の行き過ぎを指摘する動きになっていった。そのせいかどうか判らないが、事件は未解決のまま、四十年以上が経過する。

 その後、時間とともに事件は風化していったが、四十年が経った現在、連続幼女誘拐殺人事件の犯人を知っているという犯人が名乗り出て、もう一度事件に注目が集まった。

 そこで注目されたのが、三十年以上前にネットで流れた都市伝説であり、その中で指摘された「ミイちゃんのうた」の歌詞である。

 この歌の歌詞が、特に2番、3番と行くにしたがって、幼女殺人事件とリンクして気持ちが悪いものになっていくということが三十年前から言われており、現代において、YouTubeなどで取り上げられ、再び注目されている。

 金川真はこれらの真偽を取材して記事にしようと、樋山が暮らしていた八王子市までいって、彼の家の住所を探す。東京といってもまだ自然も多く残された牧歌的雰囲気の町に、樋山が暮らしていた住所があった。しかし、家はすでに取り壊され、現在は立派なマンションに変わっていた。

 家族もどこにいるかも不明で、消息が途絶えてしまっている。

 それでも、事件のことを知っているわずかな人間とコンタクトを取ることに成功した。その人物は、樋山の小学校の同級生で宮本といった。すでに七十の老人で、現在は仕事を引退して、自宅で悠々自適の生活をしているという。

 訪ねた自宅は一軒家で、コの字のブロック塀に囲まれた四、五十年前に建てられた平屋であった。

「……シゲちゃん(樋山茂樹)は頭がよくて、勉強もできて、学級委員をしていたな。家も裕福で、大昔はこの辺の村を収めていた地主の家系だったそうだ。……大人たちは、そりゃあみんな、シゲちゃんの家をお殿様のようにもてはやしていたよ」

 宮本老人はよく喋った。

「当時、ピアノなんて習えるのは裕福の家庭じゃなきゃできないものな。うちなんて、その日に食べるものにも困っていたよ。兄弟も多かったしな、それに時代ってのもあった……」

「事件のことなんですが、樋山さんが疑われたときはどんな風だったんですか?」

 話が長くなりそうなので、金川は遮るように訊いた。

「シゲちゃんは次男で、家を出ていたもんで若い頃の話は知らないな。けど、あとで聞くと、方々を回っていたみたいだね、学校の先生として。……兄貴が亡くなって、四十前だったかな。奥さんと子供と戻ってきて、再びここに暮らしだして。母校で音楽教師をしながら、作曲家としても活躍していて、ワシらの自慢だったよ。それからどれくらい経ったかな?……数年後か、小さな女の子が殺される事件が立て続けに起こって、警察が何でか知らないが、シゲちゃんを疑って、それであんなことになってしまって……」

 最後は尻すぼみのように言葉を切った。

「それでは、樋山さんが疑われていたというのは、みなさん寝耳に水だったんですか?」

「当たり前だ」

 宮本老人は金川を睨んだ。

「みんな集まって、警察に抗議をしに行ったもんだ。それであんなことになったもんだから、俺は今でも警察を許してない」

「では、過去に樋山さんが問題行動を起こしたとか、そういうことはなかったんですね?」

「ないな」

「聞いた話では、教師をしていた頃、生徒に体罰を加えていたようですが……」

「そりゃあ、あの頃は今と違って、体に教え込むということを教育としていたんだろう。わしらの頃なんてもっと酷かった。毎日先生に拳骨をくらっていたよ。それでもわしらは先生を慕っていた。それに比べ今の若いもんがダメなのは……」

 老人は金川を今の若いもの代表といった風に見た。

 樋山がやったことは、それらの体罰とは質が違うモノだと言おうとしたが、この老人に何を言っても無駄だと、金川は口を噤んだ。

 金川はその後、樋山が通った中学校へと行ってみた。

「八王子市立〇✕中学校」は、小高い山の中腹に建っていた。

 坂を登っていくと目の前を動物が横切った。猫かと思って目で追うと、道路わきの電柱の影に隠れたのは猫にしては毛並みがふさふさとしており、口が尖っていた。

 狸である。

「フッ」

 金川は思わず、笑みがこぼれた。

 樋山は中学のころ、ミイちゃんのうたを作詞作曲したという。

 ミイちゃんとは彼の初恋の相手で、あの歌は初恋をうたったものあるということを、彼は取材されたときに答えている。

 中学の校庭の片隅に「ミイちゃんのうた」の記念碑がひっそりと建っていた。

 金川はそれらを撮影して、取材を終えた。

 

 それでは「ミイちゃんのうた」の2番、3番の歌詞を見てもらおう。

 


 2番


 ミイちゃんはアメが好き お口の中でコロコロと


 あまいアメ玉おいしいな たくさんのあじをたのしめて


 青色 水色 みどりいろ 甘いあまい夢のくに


 お口をあけて お空からふってくるアメ玉たべらたら


 じどうしゃはねた水だまり 水をあびてはしってく


 ミイちゃんやっぱりアメがすき ねころがってお空をながめて



 3番


 ミイちゃんは虫がすき にじいろのはね はえるから


 黄色の虫かご あみもって ちょうちょうにバッタにカブトムシ


 いっしょに歩いてさんぽした 花だんにとまったトンボ見て


 お口をあけて お空をとんでいく虫を食べたら


 じどうしゃはねた水たまり 水をあびてはしってく


 ミイちゃんやっぱり虫がすき 口の中からお外をながめる


                                     🈡

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