第18話 Ei8ht




(注) この作品は映画「se7en」をオマージュしたものです。ネタバレを連想させる内容を含みますので、ご注意ください。




 廊下を歩く靴音が近づいてくる。

「……もともと八つだった大罪が、年月が経ち、七つの大罪に変化した。現在の七つの大罪と言われているのは傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰……でも、人間には本来っ」

「……喋るな。取調べだ」

 廊下から聞こえてきた会話が止んで、ドアが開く。

 刑務官に付き添われて入室してきた男は、一見どこにでも居そうな中年男性に見えた。坊主頭で、華奢な体にベージュのワイシャツに紺のズボン、頭一つ大きな刑務官に付き添われて椅子に座る様子は、さながら病人のようであった。

 ただテーブルの上に置いた指の節々は太く、浅黒く、何人もの人間の首を絞めた陰惨さがしみ込んでいるかのようである。

 安藤次郎あんどうじろう三十五歳は、関東近郊で七人を殺害したとして東京拘置所に収監されている連続殺人犯だ。彼は七人の被害者をキリスト教の七つの大罪になぞらえて殺害して、死体を損壊した。

 現在、被害者で遺体が完全に見つかっているのは五人で、残り二人の遺体は一部しか見つかっていない。一部というのは被害者の頭部であり、彼は被害者を頭部を関係者に送り付けていた。

 残り二人の胴体をどこに隠したのか?

 その在り処を話させることが、被害者とその家族を慰めるためには不可欠であった。検察は取調べの度に、供述を促してはあの手この手を労していた。

「久しぶりだな、元気そうだ」

 アクリル板越しの男を見て、安藤は微笑んだ。

 この日、検事取り調べ室で彼と対したのは井出戸充いでとみつるという刑事であった。彼は安藤次郎の事件を捜査した刑事であり、安藤を逮捕した張本人だ。

 それがなぜ、公判中の男の元に現れたのか?それは、安藤が井出戸になら遺体の在り処を話すと指名したからである。

「なぜ俺を呼んだんだ?」

 目の前に座った安藤を見て、井出戸はアクリル板に顔を近づけた。アクリル板には小さな穴が幾つも開けられており、会話がそこからできるようになっている。

 安藤の後ろには、先ほど一緒に入ってきた刑務官がひとりついている。

「検事は来ているんだろ?あの頭の悪い検事……?」

 安藤はそれには答えず、井出戸の後ろを伺った。

「ああ。ここでは内容が録音されている。いつでも始めていいんだ」

「……そう慌てなくてもいいだろう、久しぶりに会ったんだ。あんたを呼んだのは、最後に話がしたかったからで、あんただってそうだろう?」

 井出戸の動揺を感じ取り、安藤はニヤリと微笑んだ。

「なにを企んでいる?どういうつもりだ?」

 安藤は知能が高く、被害者はみな騙され、翻弄され、殺害された。

「話す気になっただけだ。だが、話すならあんたがいいと思ったまでさ」

「俺は……仕事で来ているだけだ。誰が好んでお前なんかと話がしたいと思う?」

「フフッ、そうか。では、始めよう。六番目の被害者、藤井多恵子ふじいたえこの話をしようか……」

 安藤は目線を天井に向け、考える振りをする。

「あんたの元相棒、女刑事……憤怒の罪の被害者だったかな?」

 井出戸は険しい顔を崩さない。

「フフフッ、すまない。あんたには特別な思いれがあったものな」

「……」

「あれは彼女の実家に埋めてある」

「バカな、藤井の実家はすでに取り壊されてない。両親も他界しているし、近い親戚もいないはずだ」

「フッ、調べが足りんな。本当に刑事か?多恵子は幼い時、両親が離婚して実の父親はまだ健在だ。その父親が家を新築することを知ったんで、多恵子と一緒に暮らしたいと思って、家の土台の下に埋めておいてやったよ」

 安藤は手で掘削機の真似をした。

「お前、適当なことを言っているんじゃないだろうな?」

 井出戸は睨みつけるが、安藤は鼻で笑った。

「信じるか、信じないかはあんたら次第だよ」

「……チッ」

 井出戸は舌打ちをして、安藤を睨んだ。安藤は口元に笑みを湛えたまま続けた。

「ずいぶん、イラついているみたいだな。……それじゃあ、あんたが待っているだろう七番目の被害者、井出戸美和いでとみわの話をしようか。あんたの奥さんの」

 井出戸の表情が変わった。

「綺麗な女性だったな、今でも思い出すんだ。夢の中に出てきてさ、俺に話しかけてくるんだ。一糸まとわぬ姿で……」

「止せ」

 井出戸はテーブルを叩いて、立ち上がる。

「さっさと話せ、美和をどこにいる?」

「それは、あんたの方が詳しいじゃないか?」

「……なにを?」

「殺したんだろ?奥さんを」

 刑務官が初めて反応して、井出戸を見た。

「バカな……」

「あんたは若い女刑事と浮気をしていて、それが奥さんにバレて、逆ギレして殺害を決意した。しかし、そのまま殺害しては自分の犯行だとばれてしまうので、捜査中であった私の事件に真似て奥さんを殺害し、首を切り離して、それを自分の自宅へと送り付けた」

「なにを言っている?なぜそんなウソをつく?何を企んでいる?お前、どういうつもりだ?」

 井出戸は矢継ぎ早に訊いた。

「ウソかどうか……どうぜ私は死刑になる身。しかし、ウソをついてあんたを陥れようとしているように受け取られるのも癪だ。証拠がある」

「……」

 井出戸の表情が変わった。

「警察の発表では、六番目の被害者、藤井多恵子が取調べの時、私を叱った『憤怒の罪』で、そして、七番目の井出戸美和を、浮気をしていた『色欲の罪』で、私が殺害したとなっていたが、本当は、藤井多恵子は君との浮気していた『色欲の罪』で私が殺し、井出戸美和を浮気で叱責された『憤怒の罪』であんたが殺したとしたら、話は全く違ってくるんじゃないか?」

「井出戸君っ」

 取調室に初老の検事が入ってくる。

「それは本当かね?」

 苦しそうに何も答えられない井出戸。

「そして、それを証拠立てて示したのが、井出戸さん、あんたですよね?……それともう一つ、奥さんの死体をあらためてみればそれを裏付ける証拠が……」

 すると、井出戸は懐に手を入れ、徐に拳銃を取り出した。

「け、拳銃を持っているぞ」

 検事が取調室から飛び出し、廊下へ向かって叫ぶ。

「貴様ぁ……」

 銃口を安藤に向ける。

「今更、撃つのかい?」

「お前さえいなくなれば……」

「……何も変わらん」

 井出戸はアクリル越しに安藤に照準を合わせ、手を震わせる。

 安藤はゆっくりと目を閉じた。

 銃を持つ手が震え、苦しそうに顔を歪める井出戸。すると、徐に自分のコメカミに銃口を突きつけ、躊躇なく引き金を引いた。

 銃声が轟き、倒れた井出戸の頭から血が床へと溢れていく。

 それをアクリル板越し見つめながら、安藤は口から息を漏らした。

                                     🈡

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