第16話 コドク
ウィキペディア(Wikipedia)参照
入れ物の中に百匹の毒虫(蛙、蜥蜴、蛇も可)を入れ、それを何日も放っておくと、入れ物の虫たちは互いを食べて、やがて最後に一匹が残る。
その一匹が最強の呪術道具となり、呪術者は呪う相手に使用して殺害する。あまりの呪力ゆえ、古代中国では造ることを禁止され、処罰の対象とされたという。
* * *
「矢代さん」
そんな彼女を部屋の隅から呼んだのは、上司の
弓子は御手洗の元へ向かう。すると、いきなり書類を弓子の前に突きつけいった。
「あなた、これはどういうこと?計算が違っているじゃない?こんなこともまともにできないの?」
「……」
弓子は防塵メガネの奥から、御手洗を見つめる。
「返事は?」
「……すみませんでした」
消え入りそうな声でいう。
「ああっ?聞こえない。すぐにやり直して持ってきなさい」
と書類を突き返した。
「また矢代が課長にダメ出し食らっているよ」
ヒソヒソと隣の女子社員に囁くのは、
三村の隣で、弓子が猫背を丸めてデスクに戻っていく様をジッと見つめるのは、
わざとワンサイズ小さな制服を着ているのか、はち切れんばかりに体のラインを強調していて、厚い唇に真っ赤な口紅がテカテカと光っている。
「あの人、何でこんなに人をイライラさせるのかしら?」
と薫子は鼻を鳴らした。
御手洗のデスクの上の電話が鳴って、受話器をとる。
「……はい。……はい……ええっ、わかりました」
電話を切ると、御手洗は立ち上がり総務課内に響き渡る声でいった。
「みんな聞いて。竜崎さんが遺体で見つかったみたい。今日、これから警察の人間が事情を聴きにくるから、午前中は会社にいるように」
課内の数十人の人間は仕事の手を止め、静まり返る。
「あの、警察が来るってことは殺されたんですか?」
三村が訊いた。
「それを調べに来るのよ」
御手洗は諭すようにいった。
身元を示すものは持っていなかったが、彼女の身体的特徴が身元特定に大いに役立った。竜崎虎子は身長二メートルを超す体格の持ち主で、元女子ボクシングのヘビー級日本チャンピンで知られていた。しかし、数年前に様々な問題を起こし引退し、コネで現在の会社に就職したという。
会社に刑事二人がやってきたのは正午ごろであった。
「竜崎さんは先週から無断欠勤していて、連絡もつかなくて心配していたんですけど……まさか、こんな結果になるとは……」
応接室で二人の刑事に事情聴取を受けた御手洗はいった。
「誰か恨みを持っている人など、居ませんでしたか?」
「さあ?うちの課はアットホームでやっているので、まったく分かりません」
「竜崎さんのことはあまり知りませんね、歳も離れていますし。彼女が入ってきたのが私より後なので一応、私の方が先輩なんです。もっとも彼女、そんなことまったく気にしてませんでしたけど」
薫子が腕を組んで、胸を強調しながら質問に答える。
「誰か恨みを持っている人など、居ませんでしたか?」
「わかりませんが、矢代さんがもしかしたら、根に持っていたかもしれません」
「というと?」
「よく仕事を丸投げされてましたから……」
「知りません」
弓子は俯いたまま答える。
刑事たちは目の前に座る細身で小さな弓子を見て、互いに顔を見合わせた。
「先月の二十九日の晩はどこで何をしていましたか?」
「家にいました」
「それを証明する人は?」
「いません」
その日、弓子は一人残業のため遅くなり、終電間際に帰路についていた。
住宅街の人気のない歩道を歩いていると、後ろから足音が付いてくるのに気づいた。
歩調を速める弓子。すると、相手も同じようについてきた。
弓子は角を曲がり、右手にある公園へと入っていった。樹木が生い茂る都会の中の公園に二つの足音が響き渡る。追跡者は途中で目出し帽を被り、ナイフを取り出した。
振り返った弓子に、いきなりナイフを振り払った。
弓子は首を
目出し帽を被った不審者は、なおも容赦のない攻撃を続け、弓子に襲い掛かる。弓子は必死に逃げまどっていただけだが、すると突然、不審者が苦しみだしてその場に卒倒した。
弓子は地面に倒れ、泡を吹いている不審者の目出し帽をとって顔を見た。それは同僚の三村五郎であった。
翌日、三村五郎と隣の滝川薫子の席が空席になっていた。
「矢代さん、ちょっと」
御手洗が弓子を呼ぶ。
「三村君と滝川さんが欠勤だから、あなた今日も残業して二人の穴を埋めてね」
とだけいって、返事も待たずに手を翻した。
その日は終業時間が過ぎて、深夜零時になっても総務課には弓子ひとりが残っていた。
すると、暗闇の廊下に足音が響き渡る。
「あ、まだ居りましたか?そろそろ、閉めますんで」
年配の警備員が顔を出し、弓子にいった。
「……はい」
警備員の足音が遠ざかっていくのを聞いていた弓子であったが、突然、空気を切り裂く音を聞いて、椅子から飛び出した。
細い金属が部屋の明かりに反射してきらりと光って飛んでいく。
「やっぱりね、只者じゃない」
暗闇から声が響く。
「……」
弓子はデスクに身を屈め、針が飛んできた方向を見つめる。
「あんたかい?あの
「……」
「滝川の
「……」
弓子はデスクの下を移動しながら、声の位置を判断していく。デスクが規則正しく並んだ室内の奥は消灯していて、薄暗い。
「……なあ?モノは相談だが、殺しあうのは止めにしないか?大体、何で殺し合わなくてはいけない?お前はあの殺人狂たちとは違うだろ?」
「あんただろう?一番の殺人狂は」
「……なあ、聴いているのか?」
弓子の表情がわずかに動いた。
「どうやって
弓子は暗闇に向かって声を掛ける。
「仲良くやろうじゃないか、平和に暮らしたくないかい?」
弓子の言葉を無視するように御手洗の声が響く。
天井をヤモリのようにゆっくりと移動している御手洗。白いタイツを着て天井の色と同化している。
それが弓子の頭上に到達した瞬間、剥がれ落ちるように落下してきた。
弓子は手袋を外し、御手洗が落ちてくるのに合わせて手刀を真上に突き上げた。
御手洗のナイフが弓子の肩口に刺さり、弓子の手刀が御手洗の頬を切り裂いた。
御手洗は弓子から離れて、切られた頬に手をやった。
「古い手だ。テープレコーダーでも仕込んであるのか?」
弓子が肩口を抑えながら、部屋の隅に視線を送る。
「き、貴様、その手は、まさか……」
御手洗は弓子の手を見つめて驚愕していた。弓子の手は爪の先までどす黒く染まっていた。
「気づくべきだった……毒手とはな」
御手洗はその場に突っ伏し、体を痙攣させた。続いて、弓子が膝をつき、倒れこんだ。
その様子を複数の監視カメラのモニターで、人差し指を噛みながら男が見つめる。
警備員の格好をしたその男こそ、「株式会社KODOKU」の社長、
「チッ、失敗か」
古藤は
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