第11話 呪いの言葉を知っているかい?




 とあるマンションの一室。

 四つのデスクの上にパソコンが各一台。四人の男たちがスマホを片手に電話をしている。

「……ですからぁ、延滞料金がたまって三十万円になっているんです」

「はあ?あんたねえ、そんな言い分が通ると思っているの?実際、使用履歴がこっちにあるんだ」

「ええ、構いませんよ。警察でも弁護士にでも相談してください。しかし、放っておいたら、金額が嵩むだけですから」

「母さん、会社に損失を出してしまって……うん、今日中に損失を補填しないと首になるどころか、警察に逮捕されちゃうんだ」

 四人の様子をひときわ厳つい男がゆっくりと監視しながら、部屋の中を歩く。

 一人の若者が受話器を置いて、後ろに立つ男の方を見て苦笑いをした。

「切られまし……」

 その瞬間、男は若者の頭を思い切り手のひらではたいた。

「ちゃんとしろ、佐藤っ」

 彼の名は浜中健健吾はまなかけんご。振り込め詐欺グループの幹部の一人だ。

 健吾のグループはこういう事務所を他に十ヵ所以上もっていて、そこで日夜、様々なところから仕入れた名簿を駆使して詐欺行為を繰り返している。

「……はあ、責任者ですか?……少々お待ちを」

 戸田という若者が健吾に受話器を差し出した。「責任者」と言われた場合、健吾に代わることになっている。

「お電話代わりました、責任者の鈴木です」

 受話器を受け取り、健吾が偽名を告げると、

「ああ、あんたが責任者かぁ?」

 電話の向こうは、しわがれた声の老人であった。

 戸田の担当は違法アダルトサイトから仕入れた名簿で、この老人は、アダルトサイトへワンクリックしたことで登録が完了し、会費が発生していることになっている。

「そうですが、どうしました?」

「わしがなんだか知らんが、アダルト、サイト?……なんて、そんなこと言われたって、してないんだよ。……間違いじゃないか?」

 間の伸びたような話し方で、老人は困ったように話す。

「間違いではございません。こちらにキチンと登録した記録がございますし、そこには日時の記録もございます。お客様には登録料金と使用料、年会費を支払ってもらわなくてはなりません」

 健吾は大きな声でゆっくりと説明する。

「それが二十万円もかかっているなんて……わしはやってないし、おかしいんじゃないか?」

「一か月以内にアダルトサイトを見た覚えもありませんか?」

「それはぁ……」

「先ほども申した通り、こちらに記録がちゃんと残っていますから。支払ってもらわなくてはならないんですよ。それにもし、これを払わなければ、延滞料金が発生して、金額がどんどんと膨れ上がりますよ」

「……」

「もしもし?聞こえてますか?」

「ああ……聞いてる」

「支払方法ですが、近くのコンビニに行ってもらって……」

「あんたら、こりゃ犯罪だろ、なあぁ?……」

「犯罪ではございません、完全に合法です。我々は法に基づいてやってますので、なんなら、弁護士や警察に行ってもらっても構いませんよ。しかし、その時はさらに延滞料がかかって、とんでもない金額になりますよ」

「……」

 長いこと、無言が続いた。

「……もしもし?聞こえてますか?」

 浜中は心配そうに見つめている戸田と目が合った。

「あんた、呪いの言葉を知ってるかい?」

 突然、老人がいった。

「はあ?」

「人を呪う言葉があるんだ。それを聞けば、こんな電話口でも人を呪い殺すことができるんだよ」

 先ほどまでとは違う声の調子で、妙に芯を食っている。

「ふ、ふざけんな」

 浜中の怒号が響き、部屋にいた若い衆はみな、息を飲んだ。

「なにが呪いの言葉だ、そんなことでビビると思っているのか、ええ?ナメんのも大概にしとけよ、おい、コラ、ジジイ……」

「……たら、悪い人間だ。死んだほうがいいだろう。その方が世のためになる」

「おお、やってみろ。呪い殺せるなら、やってみろよ」

 すると、受話器の向こうから、今まで聞いたことのない、声のような、叫びのような音が響いてきた。まるで、耳の中で直接発せられるような音に、浜中は全身に一気に悪寒が走った。

 すぐに受話器を耳から放し、電話に叩きつけるように置いた。

「……どうしました?」

 戸田が驚いて聞いた。

「……何でもない、切れた」

 四人が見つめる中、浜中は鼻を鳴らして平静を装った。


「ケンちゃん、どうした?機嫌悪いの?」

 一緒に並んで歩く彼女がそう言って、浜中の顔を下から覗き込んだ。

 水商売をしていそうな長い髪に厚めのメイクをした彼女は、名前を早紀といった。

 二人はデートでショッピングモールに来ていた。

「……別に。ちょっと疲れた、メシにしようぜ」

「ええ?まだ五時だよ、早くない?」

「うるせー、行くぞ」

 エレベーターに向かう途中に、通路の脇の狭いスペースに占い師が営業していた。

「占ってもらおうか?」

 早紀がそれに気づき、腕を絡めてきた。

「フッ、バカバカしい」

「えー、占いたいの。二人のこと」

 早紀が甘えた声を出して、引っ張っていく。浜中は仕方なしといった感じで歩いていき、占い師の仕切りの中に入った。「一回三千円」と書かれてあるプレートがテーブルの上にある。

 早紀が席に座り、たいした占い師は、四、五十代の普通のおばさんといった感じであった。

「私たちの相性について占ってもらえますか?」

「わかりました……」

 占い師が顔を上げ、早紀を見て、次に浜中を見た瞬間、目を見開いて一瞬止まった。それに浜中は目ざとく気づく。

「……」

 浜中の表情が険しいものに変わる。

 占いは平静を装い、テーブルの隅に置いてあったタロットカードを掴むと、テーブルの中央に置いて、シャッフルしてから、六角形に並べたカードを一枚ずつ開いてリーディングしていく。

 カードをめくる占い師の手が震えている。

「……関係はまもなく破綻することになるでしょう」

 占い師が口を開いた。

「ええ?」

 早紀が悲鳴に似た声をあげる。

「大きな力が働き、非常に困難な状況をむかえるので、それに備えた方がいい……」

 占い師が浜中を見つめた。

「んだよ?その先は?」

「元凶はあなたにあります」

「ああ~ん?」

 浜中がテーブルに太ももを付けて、占い師に向けて押す。テーブルの上の値段のプレートが床に落ちて割れる。

「止めて」

 早紀が止めに入る。

「あ、あなた、呪われていっ」

 占い師がヒステリックに叫んで立ち上った。そこを浜中は躊躇なく踏み込み、顔面を殴る。

「ギャッ」

 占い師は悲鳴を上げ、後ろに倒れこみ、動かなくなった。

「……ケンちゃん」

「クソッ、ババァが変なこと言うから。おい、行くぞ」

 倒れた占い師を尻目に、その場を立ち去った。


 数日後、浜中は後輩たちを誘って、キャバクラへ来ていた。

「浜中さぁん、今日は荒れた飲み方しているね、何かあったの?」

 なじみのキャバ嬢、凛花りんかが甘えた声で体をつけてきて、浜中の顔を覗き込む。

 浜中は完全に目が座っており、不遜な態度でソファーの背もたれに両腕を広げ、腹を突き出して座っていた。

「……なんでもねえって」

「凛花にはわかるんだ。何があったか、話してみ?」

 大きな目で見つめて、凛花は小首をかしげた。その目を見つめていた浜中はぼそりとつぶやく。

「……われたんだ、俺」

「はぁ、なんて?」

「呪われたんだよ」

 やけ気味に叫んだので、そこにいた全員が浜中に注目した。

「呪われた?……そぉう、タイヘン」

「くそ、変なジジイが俺を呪ったんだ。呪いの言葉を知っているか?とか何とか言ってよお。それから、どうも調子が悪いんだよ。何やっても上手くいかねえし……」

 ムキになって話し続ける。

「それって、気のせいじゃない?」

 凛花がポツリといった。

「俺がビビっているっていうのか?」

 浜中が凛花に向けて、手を払うように振った。

「キャッ」

 凛花が悲鳴を上げ、立ち上がりテーブルの飲み物がこぼれた。騒ぎを聞きつけ、ボーイがすぐにやってきた。

「お客様、どうかされましたか?」

「ああん?」

「浜中さん。……平気だから、ごめんね、もう平気」

 後輩の佐藤が巨漢を活かし、浜中の肩を抑えて、ボーイとの間に入った。

 凛花がボーイに連れられ席を離れ、他の女の子が取り繕うようにテーブルを拭いて、水割りを作りなおす。

「……ナメやがって」

 浜中はブツブツと文句を言いながら、腰かける。

「浜中さん、聞こえちゃったんですけど、呪われているって本当ですか?」

 隣に腰かけた佐藤が小声で聞いた。

「お前まで、俺を……」

「違うっす。……真面目っす」

 佐藤は浜中の目をまっすぐ見つめた。

「実はうちの田舎に伝わる呪いを解く方法があるんですけど、試してみたらどうかなって思って……」

「はああん?」

「ホントかどうか、俺もわからないけど、物は試しということで……」

「……どうするんだ?」

 浜中がぼそりと聞いた。

「木の棒を嚙むんです」

「木の棒を噛む?ふざけてんのか?」

「いえ、俺が浜中さんにふざけたことがありますか?」

 佐藤は真剣な眼差しで浜中を見つめた。

「……木の棒?」

 つぶやいて、テーブルの上の箸に目がいった。先の鋭い高級そうな竹の箸であった。

「竹の箸でもいいのか?」

「多分」

 浜中は酔った手つきで、テーブルの上の箸を手に取り、それを口の中に持っていった。

「これで、どうするんだ?ただ噛めばいいの……」

 いい終わらないうちに、佐藤は手のひらで、箸を持った浜中の手を思い切り叩いた。

 箸は浜中の咽頭いんとうを貫き、頚椎けいついを突き抜け、外に飛び出していた。

 呼吸を荒くした佐藤の口から、老人が受話器越しに発していた不気味な音が響いていた。

                                     🈡

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る